第95話 待ち合わせ

 ポータルから出ると、新宿ダンジョンは相変わらず探索者で混み合っていた。

 彼らは必死になって、ブルースライムを狩っていた。お目当ては、ドロップ品で初級ポーションを販売ゴーレムから購入することだろう。


 久しぶりに販売ゴーレムの働きぶりを見てみよう。

 離れたところから眺めてみると、大勢の探索者たちを次から次へと捌いていた。

 探索者たちは行儀良く列を作り、自分の番が来るのを大人しく待っていた。

 うん、うん! 良い感じだ!


 行儀の悪いことをしてしまうと、ブラックリスト入りで二度と買えなくなってしまう。

 また販売ゴーレムに狼藉を働こうものなら返り討ちだ。

 そのことがちゃんと探索者たちの間で広まった証拠だった。


 探索者からいただいたドロップ品は、自動クラフトによってすぐに販売ゴーレムに商品として供給されているし、筒がなく商売ができている。

 今や俺のアイテムボックスには使いきれないほどのクラフトアイテムが収まっていた。

 探索者たちがこれからも販売ゴーレムでドロップ品と引き換えに購入してくれる限り、この勢いは止まることはないだろう。


 俺がそっと見守っていると、仁子さんが割り込んできて言うのだ。


「なに、ニヤニヤしているの?」

「販売ゴーレムの働きぶりに感心していたところ」

「あれね。すごいよね、不眠不休で働いているもんね」

「人間には絶対にできないよね」

「たまには休ませてあげないの?」

「そんなことをしたら、アイテムを求めている探索者が困ってしまうよ。販売ゴーレムたちには、これからも頑張ってもらわないと!」

「八雲くんはゴーレムには厳しいのね」


 仁子さんにはそう言われても、とてつもない需要がある以上やめるわけにはいかない。

 もし、販売ゴーレムに意志があったら、この労働環境なら反乱を起こされそうだけど……そのようなことはないので安心だ。


 販売ゴーレムの扱い方について仁子さんと話しているうちに、いつの間にか探索者たちに囲まれていた。


 ダンジョンでは場違いな正装をしているだけあって、バッチリと目立っていたようだった。

 それに仁子さんは、探索者たちに顔が知られた有名人。なんとか彼女にコンタクトを取ろうとしている者までいる。


「仁子さんはどこに行っても人気者だね」

「そういう君もなかなかだと思うけど?」


 聞き耳を立ててみると、仁子さんに送る声に混じって、くもくもを名を口にする者が混ざっていた。彼女に対する熱烈な声援によって、ほとんど掻き消されているけど確かに聞こえた。

 動画配信でのチャンネル登録者数が、このところ更に鰻登りなので、その効果だろう。

 仁子さんは、集まった多くの探索者たちに手を振りながら俺に聞いてくる。


「最近のチャンネル登録者はすごいみたいね。近いうちに1000万人に届くんじゃない?」

「まだまだだよ。昨日で400万人を超えたところだから」

「この勢いなら年内には絶対に超えるわね」

「そうだと嬉しいけど、そうなると今よりも大変なことになるかな」

「間違いなくそうなるわね。その時は私が集まる人たちは誘導しないとね」

「ありがとう! 仁子さんにしてもらえるんだったら、怖いものなしだね」


 俺が前もって感謝を述べると、彼女は嬉しそうに頷いた。


「なら、練習としてここから脱出しましょっ」

「お願いします!」

「まかせなさい!!」


 仁子さんは胸を張って、集まった探索者たちに向けて大きな声を出した。

 

「どいて、どいて、どいてください! くもくものお通りですよ!」

「ちょっと仁子さんっ!」


 俺の手を引っ張って、彼女は道を塞ぐものがいたら、自慢の角で貫かんばかりの勢いでぐいぐいと進んでいく。

 さすがはS級の探索者だ。まるで戦車のように探索者たちを押し退けていった。

 物見のついでに、俺たちの邪魔をしようとする浅はかな者がいたら、彼女は容赦しなかった。


 あっという間にダンジョンの出口まで一直線だった。

 俺の警護と誘導は完璧というほかない。


「はい、着いたわよ。最近、新宿ダンジョンの治安が悪くなったって報告を受けていたら心配していたけど、この程度なら問題なしかな」

「数人ほど粗相をしたみたいだけどね」

「それは誤差よ。どこのダンジョンにもいるし。お仕置きをしたから、大人しくなるでしょ」


 そいつらは気を失って、ダンジョンの床に転がっていた。時折、ブルースライムに突かれていたが、他の探索者が狩っているのでこのままにしておいても大丈夫だろう。

 仁子さんの少々荒くれたエスコートを見て、他の探索者たちは俺たちから距離を置いていた。この調子で仁子さんが警護してくれたら、今後は良い感じの距離感で探索者たちと接することができそうだ。


 俺たちは気を取り直して、新宿ダンジョンを出ることにした。


「ゲートを潜って出よう」

「了解!」


 ゲートを通って外に出ると、そこは賑やかな大通りだった。

 すぐそばに、ダンジョンに繋がるゲートがあるというのに、行き交う人たちは気にすることはない。それが当たり前のように都会の喧騒に溶け込んでいた。


「どこかな?」

「ここで待つように言われているのよね」

「そうだよ。西園寺さんが遅れるなんてないから、どこかにいるはずなんだけど……」


 西園寺さんと新宿ダンジョンのゲート付近で待ち合わせをしていた。

 いつも彼女が乗っている黒塗りの車を探してみるが、見つからない。


「遅刻かな?」

「珍しいね」


 いつも俺の先をいく西園寺さんだ。遅れるとしたら、何か理由があるのだろう。

 そんなことを思っていたら、黒服の男性に声をかけられた。

 夜なのに黒いサングラスをしていて、ちゃんと見えているのか気になってしまう。


「東雲さんと片桐さんですね」

「「はい」」

「申し訳ありません。迎えにくる予定の西園寺は所用のため、この場に来れなくなりました。会場でお待ちしていますから、代わりに私がお二人の案内をさせていただきます」

「よろしくお願いします。えっと……」


 初めて会う人だ。なんて呼べばいいのだろう。

 俺が困っていることに気がついた彼は言う。


「職務上、本名は言えないのでスミスと呼んでください」


 スミスさんは深々と頭を下げた。俺も同じようにしていると、仁子さんが思い付いたように言う。


「ジョン・スミスさんですね。わかりました! 私はジョンって呼んでいいですか?」

「仁子さん、勝手にジョンを付けたら迷惑だよ」

「どうせ偽名なんだし、ジョンくらい付けても問題ないでしょ」


 彼女の中ではスミスといえば、ジョンらしい。

 スミスさんは特に気にすることなく、了承していた。


「ではジョン! 行きましょうっ」

「仰せのままに」


 機械のように無表情なスミスさんだが、ノリは良かった。

 俺たちはジョン・スミスの案内でやってきた黒塗りの車に乗った。この車はいつ乗っても、座り心地は最高だ。

 家にある軽自動車とはわけが違う。

 スミスさんは気を利かせて、俺たちに飲み物を用意してくれていた。


「お好きなものをどうぞ」

「さすがはジョン! 気が利くわね」

「西園寺の下で働いていると、自然にこうなります」

「八雲くんも、西園寺さんの下で働いてみたら? アルバイトとかで。できる男になれるかもよ」

「今は探索者と勉学に忙しいから無理だよ」


 それを聞いたスミスさんは冗談混じりに言う。


「その気がありましたら、いつでも言ってください。西園寺が喜びます」

「ほらね。インターンシップってやつね」

「えええっ、俺は公安にならないよ」


 困り顔の俺に、笑い声が聞こえた。

 ギルドの会合前で緊張していたけど二人の気遣いによって、それがほぐれた感じがする。

 車は都会の街並みを進みながら、目的地の会場へ向けて進んでいった。

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