第101話 男同士
自宅に帰ると、すでに父さんと母さんが待ってくれていた。
鋼牙さんは、俺の両親に丁寧に挨拶していた。特に仁子さんがお世話になっていることに特に感謝していた。最近は特に仁子さんが俺の家に入り浸っているので、俺の両親の話を鋼牙さんにしているのだろう。
鋼牙さんは手配した車に乗ってもらうように言うが、両親はかなり遠慮している感じだった。それもみた仁子さんが、すでに用意したものなので、乗ってほしいと言う。それを聞いた俺の両親は、すんなりと乗車してしまう。
それほど、仁子さんは信頼されているのだろう。鋼牙さんはその姿を見て、すごく嬉しそうだった。
「じゃあ、私の家に行こう! パパは運動として走ってきてもいいわよ」
「食事の前の運動か? 八雲くんも一緒にどうかな? 今日はダンジョンで暴れていないから、溜まっているんじゃないかい」
「そうですね。俺も走ります」
「おっ、いいね! 仲良く走ろうか!」
鋼牙さんは上機嫌だ。仁子さんは呆れていたが、彼に誘われては断れない。
前を走る車を追いかけ、軽いランニングだ。
懇親会で結構食べたので、ここでお腹を空かせておきたかった。
俺と並走しながら鋼牙さんがにっこりと微笑んだ。
「さすがは八雲くんだ。仁子と対等に探索できるだけはあるな」
「仁子さんには、いつも助けられてばかりですよ」
「はははっ、そんなことはないさ。仁子の探索スピードについてこれる者は、うちのギルドにはいないからな。あの子を退屈されずにいられることは、とてもすごいよ」
「命懸けの探索ですけどね」
「いつどうなるか、わからないからこそ、探索なのだ。ギルドが大きくなればなるほど、それができなくなっていくジレンマに陥ってしまう。探索者が集まれば、今まで一人ではできなかったことを達成できるようになる。それでも集団となれば、個々の意思は尊重しにくくなってしまう。命すらも顧みないという極端さとは、とても相性が悪いんだよ」
知床ダンジョンで鋼牙さんに出会ったとき、ギルドメンバーが消息不明となっていた。捜索のために、鋼牙さんが行こうとしたが立場上、叶わなかった。ギルドに所属したら、高ランクの探索者であっても、組織内の地位によっては思うように動けない。
仁子さんだって、ギルド内の地位はとても高いと思う。次期ギルド長なのだ。
鋼牙さんほどではないだろうが、危ない行為は止められる恐れがある。
そんな俺の心を読むように彼は言う
「知床ダンジョンで、仁子を深部へ行かせたのは、八雲くんが付いてくれるからだ」
「買い被りすぎですよ」
「君はダンジョン神だ。君以上に安心できる人間を他に知らないよ。動画配信を拝見させてもらっているよ」
「えっ、そうなんですか!?」
タルタロスのギルド長に観てもらえるなんてうれしい。それと同時に、初心者丸出しの配信なので、恥ずかしくもある。
「照れることはないさ。すでに、君の攻略はとても参考にしてもらっているよ。知床ダンジョンの最深部では肝が冷えたがね」
「仁子さんは俺に付きっきりでいいんですか? タルタロスギルドでの役割がありますよね」
「心配無用だ。今日だって、ちゃんと儂の代わりを務めていたろ?」
「会場ではまだまだと言っていたのに」
「ああ言わなければ、仁子はすぐに調子に乗る。君だってよくわかるだろ」
「確かに……」
そう言うと、鋼牙さんが大きく笑った。
「仁子の母親は物心ついく前に亡くなった。儂がこの通り忙しい身で、あの子は普通の家庭というものを知らずに育った。八雲くんの家に入り浸ってしまうのもよくわかる」
「父さんも母さんも仁子さんのことを気に入っているし。こちらこそ、家の中が賑やかで楽しいですよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。儂は娘と離れて暮らしすぎて、気がつけばあの歳だ。距離感がよくわからなくなってしまった」
「大丈夫ですよ。今日だって会合での仁子さんの様子を見にきていたじゃないですか。きっと喜んでいたはずです」
「そうだな。八雲くんの配信する仁子を観て、儂の知らない姿ばかりだった。きっかけをくれたのは君だよ。ありがとう!」
配信によって、仁子さんの親子関係が良くなれば、嬉しい限りだ。
鋼牙さんは改まった顔をして俺に聞いてきた。
「仁子から聞いたぞ。会社を立ち上げるんだって」
「そうなんです。活動を進めていくと、どうしても一人だと難しいことがあって、主に事務なんですけど」
「はははっ、わかるわかるよ。儂もそうだったからな。どうしてギルドにしなかったんだい?」
「クラフトアイテムを探索者に供給することを考えると、ギルドだといずれ難しくなるかもしれないと思ったからです。俺と仁子さんだけが探索者として活動していれば、問題は出ないでしょうけど、ギルドメンバーが増えたら今のようなアイテム供給に異議を唱える者が出てくるかもしれません」
「なら、初めから供給することをメインにする会社を立ち上げようと?」
「はい。あとはアイテムやドロップ品を政府や研究機関にに買い取ってもらうためには、俺個人よりjも会社としての体裁の方がよかったんです」
「そうならば、君の会社とギルドとの直接取引も考えているかね?」
「今は販売ゴーレムで運用していますが、会社の規模が大きくなれてば、そのうちですね」
「それは楽しみだ。一番の大口発注はタルタロスがさせてもらうよ」
「仁子さんに頭が上がらなくなってしまいそうですね」
俺がそんな自分の姿を思い浮かべて、困っていると前を走っている車が止まった。
仁子さんの家に着いたのだ。
「八雲くん、話に付き合ってもらってすまなかったね」
「いえいえ、そんなことはないです。俺も楽しかったです」
「二人だけで話せて嬉しかったよ。優しい君のことだ。わかっていて、儂の誘いに乗ってくれたのだろう」
「鋼牙さんと走りたかっただけですよ」
「君らしいね」
俺たちも走る速度を緩めて、次第に歩き出していた。見慣れた大きな旧家の門には、使用人たちが出迎えてくれていた。
車から降りた仁子さんは俺たちのところへ駆け寄ってきた。
「二人とも走りながら、ずっと喋っていたようだけど、何を話していたの?」
「世間話だよ、仁子」
「本当? パパ、私のことをあれこれと話していないでしょうね」
「そんなことはないさ。そうだよね、八雲くん?」
「はい、世間話だよ。探索者同士の情報交換だよ」
「八雲くんがそういうのなら、信じるわ」
「おや、儂は信じてもらいないのか?」
「当たり前でしょ」
がっくしと肩を落とす鋼牙さん。娘との親子関係はまだ遠いみたいだった。
「パパは置いていきましょ。八雲くんのご両親が待ってるわ」
「ちょ、ちょっと」
無理やり手を引いて、俺は連れていかれる。その様子を見た鋼牙さんは、やれやれという感じで後をついてくる。
俺の両親は、使用人の人たちに挨拶をしていた。そんな中、母さんが連絡先を素早く交換していた。一体、何をやろうとしているのだろうか……気になる。
最近、中級ポーションによって若返った母さんはいつにも増して行動的になっている。
さらに、昔からダンジョンや探索者にあまり良い顔をしてこなかった。でも俺や仁子さんが探索者ということで、段々と考え方を改めているようだった。最近は、自らダンジョンのニュースを俺に話してくれるほどだ。
突然の片桐家への招待を一番楽しみにしているのは、案外母さんかもしれない。
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