第65話 風の試練

 ファフニールの腹の中心にある鱗一枚に向けて、ひたすら攻撃を繰り返す。


 しかし、ファフニールに絶え間なく続く、かまいたちを掻い潜るのも大変だった。

 俺は左足を切り飛ばされて、仁子さんも右腕を持っていかれた。


 即座に中級ポーションを飲んだから事なきを得た。しかしそれが無かったら、失血死していただろう。


 まあ……死んでも蘇生のペンダントがあるから、生き返れるが……進んで死にたくはない。


「後もう少しよ!」


 仁子さんの声に合わせて、ひび割れた鱗へ向けてフランベルジュを振るう。


 その時、ファフニールが甲高い声を上げて、六枚の翼を大きく羽ばたかせた。


「やばいっ!」

「きゃああぁぁ」


 躱せないかまいたちの全方位の攻撃がやってきた。

 油断していた俺たちはまともに、その攻撃を食らってしまった。


 俺はフランベルジュで多少ガードしたが、左腕と両足を失い、腹部に深々と裂傷を負った。

 口から吐血するほどの大ダメージである。

 残った手ですぐに中級ポーションを無理やり飲む。


 ものすごい回復痛が襲ってくるが、今はそれどころではない。

 俺よりも前にいた仁子さんのダメージの方が甚大だった。


 落下して、大きな音を立てて地面にぶつかっていた。

 遠目に見ても、おそらく致命傷だ。彼女を中心に血が溢れ出している。


「仁子さん!」


 返事はない。

 すぐに助けに行きたいけど、ファフニールは待ってはくれない。


 大丈夫だ。もしものことがあっても、蘇生のペンダントを沢山渡してある。


 心配する俺をよそに、ファフニールがまた同じ攻撃を仕掛けてきた。


「このっ! 負けてたまるか!」


 躱せないのなら、躱さなければいい。

 攻撃は至って単純。

 突撃一択!


「くらえ! くもくも、ゾンビアタック!」


 かまいたちに切り刻まれても、蘇生のペンダントですぐに完全復活!

 そして前に進む。その繰り返し!

 突撃の勢いを殺すことなく、ファフニールのひび割れた鱗にフランベルジュを突き立てる。


「や、やった!」


 鱗が割れて、フランベルジュがファフニールの腹の肉に食い込んだ。

 しかし、鱗の下にある筋肉も想定していたよりも硬かった。


「差し込みが浅い……このおぉぉ」


 思いっきり突き上げるが、それに合わせてファフニールに上に飛んで力を逃してくる。

 巨体の割に器用なことをする。


 ファフニールが体を大きく揺らして、俺を振り払おうとしたとき、


「詰めが甘いわね! くもくも!」

「仁子さん!」


 復活した仁子さんがファフニールの背を思いっきり蹴り飛ばした。

 俺のフランベルジュと仁子さんの蹴りで、ファフニールに抑え込む。


「決めてしまいなさい! もう死ぬのはごめんよ」

「わかっているって!」


 仁子さんが上から押してファフニールの逃げ場を無くしてくれたことで、フランベルジュの剣先が深々と突き刺さった。


「いける! 仁子さん、できる限り離れて!」

「まさか……くもくも! あれをやる気!?」

「そのまさかだよ。しかも今回は手加減抜きの全力だ」


 仁子さんが退避したのを見送りながら、俺は炎魔法の名を唱えた。


「メルト!!」


 ステータスのギア6の魔力をすべて!

 それをフランベルジュに込める。この魔剣の効果である炎魔法の2倍によって、更にメルトは膨れ上がった。


 ファフニールの体内で、特大メルトが顕現した。


 エメラルドグリーンの巨体が、真っ赤になり……風船みたいに膨れ上がる。


 もがき苦しんでも、もう遅い。


「爆ぜろ!」


 俺と共に……。


 メルトを行使している俺は、離れることができずに至近距離のままだ。

 ファフニールがこれ以上は膨れないほどの大きさになって、手足をばたつかせる。


 それはすぐにやってきた。

 俺はファフニールと仲良く、爆散した。

 自分で言うのも何だけど……見事な自爆であった。



 仁子さんの声で、気が付いたときには、やっぱり俺は死んでいたようだ。

 蘇生のペンダントよ、ちゃんと生き返らせてくれて、ありがとうございます!


 仁子さんはファフニールのドロップ品を手に持っていた。


「一時はどうなるかと思ったけど、まさかまたメルト自爆とはね」


 彼女に呆られてしまった。それはそうだろう。

 俺は沖縄ダンジョンのフェニックス戦の反省点を活かせていなかったからだ。

 それでも少しは工夫した。


「今回はファフニールの体内でメルトしたから、前回よりも周囲の被害は少ないよ」

「それはそうかもだけど……術者が死ぬこと前提なのがね。視聴者もびっくりだよ」

「好き好んで死んでいるわけじゃないよ」

「当たり前よ! でも私も今回……初めて死んだわ。蘇生のペンダントが無かったら……恐ろしいわね」


 やっぱり、ファフニールの全方位かまいたちで、仁子さんは死んでいたのか……。

 そう思うと、パーティーのメンバーが死ぬことは嫌な気分だった。


 二人で地面にへたり込んでしばし休憩する。

 よしっ、気を取り直して、アイテムクラフトだ!


 ドロップ増加剤によって、ファフニールの輝石を2つゲットしていた。

 仁子さんと俺とで仲良く半個だ。

 視聴者たちに向けて、アイテムクラフトの始まりをお知らせする。


「では、魔剣グラムをクラフトしようと思います。まずは先程倒したファフニールの輝石を一つ、そしてミスリルソードを大量です」


 ミスリルソード1000本をアイテムボックスから取り出して、地面に置く。

 それを見て仁子さんが言う。


「地獄にあるっていう針の山ってこういうのじゃない?」

「そうかもね。あとはこの針の山に、ファフニールの輝石を添えて、クラフト開始!」


 大量のミスリルソードとファフニールの輝石が光の粒子となって、新たな魔剣へと姿を変えていく。


「おおおおっ、これは……」

「大きくない!?」


 俺の身長を超えるほどの漆黒の大剣が出来上がった。

 手にとって持ち上げてみる。


「ああ……これはちょっと扱いにくいかも」


 振り回せないことはない。だけど大き過ぎて、俺が振り回されている感じだ。

 俺にはフランベルジュくらいの剣が良いらしい。

 せっかく、苦労してクラフトしたのに……残念だ。


 がっかりしている俺に仁子さんが声を掛けた。


「ちょっと私にも触らせてくれない?」

「いいよ。でも大きすぎて扱いにくいかも」


 手に持った仁子さんの目がキラリと光ったような気がした。


「これは良い大剣ね。見て、私が全力で振るっても壊れないよ」

「壊れないけど、扱えそう?」

「問題ないかも、体の重心をコントロールすれば、この通りよ」


 俺よりも大剣を扱うセンスがあるかも!

 なら、決まりだな。


「仁子さん、良かったらファフニールの輝石と交換しない?」

「えっ? いいの?」

「ファフニールの輝石があればまた魔剣グラムは作れるし。それにこの魔剣をちゃんと扱える人が持っていたほうが良いと思う」


 俺が持っていたら、投擲武器くらいにしか使わないかもしれない。それよりも、仁子さんが扱うほうが良いだろう。


 彼女が魔剣グラムを持っている姿がよく似合っているしな。


 というわけで、魔剣グラムとファフニールの輝石を交換して、彼女に譲ることにした。


「ありがとう! これで殴り系から卒業ね。ああぁぁ、試し切りしたくなっちゃう。決めた、私はこれからパパが第一階層へ引き返すわ」

「一人で!? 大丈夫?」

「あっ、言っていなかったわね。実はファフニールの力をゲットしました!」

「マジで!?」


 ピースサインで仁子さんは俺に胸を張ってみせる。

 あのファフニールの力を得たというのか……つまりめっちゃ強くなったということだ。


「じゃあ、私は行くね。ボスモンスターには絶対に近づかないようにパパに忠告しておくね」

「うん。視聴者たちによって、危険性はすぐに広まると思うけど、そうしてもらえると助かるよ。あとここまでのマッピングはあとでギルド長へ送るって伝えておいて」

「了解! バイバイ!」


 仁子さんは脱兎のごとく去っていった。それほど魔剣グラムの試し切りをしたいのだろう。

 おそらくモンスターが狩り尽くされることだろう。

 今宵のグラムは血に飢えておるな!


 さてと、俺もLIVE配信の締めに入ろう。


「今日で、知床ダンジョンの探索は終わりです。このダンジョンではいろいろなアイテムを販売ゴーレムで売り出しています。探索の際は、ご利用ください。よかったらグットボタン、お気に入り登録をお願いします!」


 笑顔で手を振って、LIVE配信を停止した。

 ふ~、今日は大変だった。

 今までにないほど大変な戦いだった。

 仁子さんがいなかったら、どうなっていたやら……。


 彼女に感謝しながら、俺はアプリの「帰還」ボタンを押した。

 夕食には間に合いそうだ。

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