第64話 ファフニール
「仁子さん! ちょっと待って!」
俺はもう一度、アプリからの通知を確かめながら言う。
「この大階段を下りたらすぐに、ボスモンスターみたいだ。そして、倒すまで脱出不可能らしい」
仁子さんはダンジョン神が言うならと納得してくれた。
「なら、沖縄ダンジョンのフェニックス戦と同じね」
「う~ん……どうだろう。ちょっと違う気がする」
フェニックス戦は、もしかしたら『帰還』が使えたのかもしれない。
今回の通知にはあえて『帰還』はできないと明記してあった。
それに、風の試練というのも気になる。
「普通のボスモンスター戦とは違うようなんだ」
「くもくもが言うことに今まで間違いは無かったから、信じるけど……どうするの?」
先に進むか、引き返すか。
仁子さんは俺に聞いてきた。
奥の手であるステータスのギア6もあるし、視聴者たちから知床ダンジョンを攻略してほしいという要望もある。
大丈夫だ……ダンジョン配信者としては進むべきだろう。
気を引き締めて、仁子さんに言う。
「先に進もう。中級ポーションを仁子さんに多めに渡すね」
「ありがとう。これで腕が飛んでも生えてくるわね」
「そうならないことを祈るよ」
俺はステータスをギア6に上げる。
今までの10倍くらいの力をこれで発揮できる。
これで、よしっ!
なんて思っていると、仁子さんから指摘が入った。
「くもくも! 背中を見て!」
「ん? なに……ええええっ! 生えてる!」
小さめの天使の翼が背中に生えていた。
マジかよ……これって動くのか?
パタパタ……パタパタッ。
「動く! そして飛べる!!」
「ずるい! 私も飛びたい!」
「そう言われても……」
困っていると、アプリから通知が届いていた。
おおおっ、これは!?
『アプリのパーティーに強化共有の機能が追加されました』
『有効にしますか?』
強化共有? 俺の力をパーティーを組んだ者へ共有できるようだった。
とりあえず、有効にしてみる。
そして仁子さんを見つめた。
「えっ、なに? 急にそんな見つめてきて」
「パーティーを組んだ人に俺の力が共有できるようだから、やってみたんだけど……何か変わった?」
「う~ん……どうだろう。あっ、ちょっと待って」
仁子さんが背中を俺に向けた。
なんてことだ! 竜の翼が生えている!
「飛べるの?」
「やってみる……やった! 飛べる!」
俺と同じくらいの大きさの翼をパタパタと羽ばたかせて、仁子さんが空中浮遊していた。
「これは便利ね。かなりのスピードで飛べるわね」
「仁子さんが5人いる……」
「4人が残像だよ」
もう使いこなしている。適応能力が高過ぎっ!
俺の天使の翼を動かして、しばし飛行に慣れるため、頑張った。
「とりあえず、私を捕まえてみて」
「了解」
翼を得たのは俺の方が先だ。負けてはいられない。
追いかけっこをしている間に、翼の扱い方もうまくなった。
なんだか手が二本増えたような不思議な感覚だ。
必死に翼を羽ばたかせて、やっと仁子さんを捕まえることに成功した。
「ふ~……なんとか捕まえた」
「私も良い練習になったわ。これでファフニールとの戦いはバッチリね」
風の試練というからには、おそらく空中戦になるのだろう。そのために、得た翼なのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
「おう!」
飛んだまま大階段へ下りていく。
宙に浮いていると、サクッと進めて楽だ。
緊張感も抱く間もなく、最下層へやってきた。
視聴者たちは「キター」という感じで喜んでいる。
「とうとう最下層へやってきました。見てください。すごく天井が高いです! それに広い! ここでファフニー戦となると思われます。飛べるようになりましたし、なんとか戦えると思います!」
「くもくも! あれを見て!」
「なんだ……これは」
よくわからないけど、周囲に滞留していた魔力が空中に集まり出した。魔力は普段目に見えるものではない。
しかし、それがはっきりと見えるほど膨大な魔力が一点に収束していく。
肌でピリピリと感じられるほどの魔力が集まったところで、それは顕現した。
ファフニールだ!
エメラルドグリーンの巨体。
重そうな体を6枚の大きな翼でなんなく飛んでいた。
仁子さんがいつもとは違って、少しだけ焦ったように言う。
「あの体……途轍もなく硬そう」
「仁子さんでも無理なの?」
「ちょっと傷をつけるのがやっとかもね」
「マジで!」
仁子さんがそんな事を言うのは初めてだった。
うん、さすがは風の試練というだけはある。
ファフニールは優雅に旋回しながら、俺たちを睨みつけた。
戦闘開始だ!
「行くよ、仁子さん」
「おう!」
俺たちが飛び立ったと同時に、ファフニールに攻撃が来た。大きな翼から繰り出される真空のかまいたちだ。
それは膨大な魔力を帯びていた。
俺たちがいた場所が、大きく抉られた。
少しでも飛び立つのが遅れていたら、二人とも細切れにされていたかもしれない。
「すごい攻撃力!」
「褒めている場合じゃないよ。次が来る!」
「うああ、危ないっ!」
「このまま距離を詰めて、攻撃しよう。張り付いてしまえば、かまいたちは使いないはず」
追いかけっこで予め練習しておいてよかった。
思った以上に、翼を使いこなせている。これも仁子さんのおかげである。
「ファフニールがあの大きさなのに動きが早いよ」
「それでも俺たちの方が上回っているから、回避しながら最短ルートで距離をつめよう」
紙一重でかまいたちが俺たちの間近を通り過ぎる。
ちょっと掠っただけで防具が切り飛ばされた。
それだけファフニールの攻撃力が高いのだ。
かまいたちが飛んでくるスピードも驚くべき速さで、ステータスがギア6でないと、絶対に躱せない。
それでも二人で力を合わせて、ファフニールに接近することに成功した。
「いける!」
「このっ」
これは左手にミスリルソード、右手にフランベルジュの二刀流で斬りかかる。
ガキッンと音を立てて、ミスリルソードが砕け散る。
ファフニールの体を覆う鱗が硬過ぎるのだ。
フランベルジュは折れなかったが、鱗に僅かな傷をつけるだけだった。
ステータス全開で攻撃して、かすり傷にも満たなかった。
仁子さんの見立ては当たっていたのだ。
彼女も俺と同じタイミングで攻撃していたが、似たようなダメージしか与えられていなかった。
「手が痺れる……」
「俺も斬るというよりも、叩いている感じがするよ」
見た所、弱点らしい弱点がない。
頼みの鑑定も機能していないし……。
目を狙ってみたが、瞑った瞼によって攻撃は弾き返される。空いた口を狙おうにも、その前に噛み殺されそうになるし……これってまずいかも!?
仁子さんが気を引き締めながら言う。
「これは長期戦になりそうね。こっちは中級ポーションで体力を確保しながら、いきましょう!」
「長期戦か……30分くらいで終わるかな?」
「難しいかもね」
まずいぞ。それは非常にまずい。
30分後には、母さんの夕食が出来上がってしまう。
もし、遅れてしまったら……これ以上は考えたくない!
「30分以内に倒すよ! 仁子さん、ファフニールに鱗一枚だけに攻撃を絞ろう」
「僅かには削れるから、二人で一枚ならいけるかも。その後はどうするの?」
「俺が必ず仕留めるよ。夕食に遅れないために!」
致命傷に近い場所――腹の鱗一枚を狙って、俺と仁子さんは一点集中で攻撃を開始した。
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