第63話 プチッ

 タルタロスギルドの人たちは話し合いの結果、退却することになった。

 俺たちは彼らを上の階層に繋がる大階段まで、護衛をした。擬態したジオカメレオンは今の彼らにとって脅威だったからだ。


 大階段の前で、パーティーのリーダーからお礼を言われた。そして、知床ダンジョンの攻略制覇をお願いされてしまった。


 階段を上がっていく彼らを見送りながら、仁子さんに聞く。


「俺たちが、終わらせないとね」

「普通ならたった二人で攻略できるダンジョンではないけど、くもくもがいるから可能なことね」

「彼らはA級探索者だよね?」

「そうよ。この階層の難度はS級クラスかもね。それがはっきりとしただけでも、彼らの探索に意味はあったわ」


 俺の知る限り、A級探索者とS級探索者との力の差は天と地ほどあるらしい。

 更に最高位ランクであるS級探索者の中でも、同じように大きな差があるみたいだ。

 仁子さんが言うには、俺は既にS級探索者の領域に踏み込んでいる。ステータスのギア5からがそうだという。


 マジかよ……ギア5がS級探索者として駆け出しとは……。


「私はまだまだ成長中だから、もっと上を目指すつもり」

「仁子さんはモンスターを倒したら強くなる感じ?」


 強くなれるきっかけは、探索者ごとに違う。

 特定の条件を満たすことで力を付けたりする者もいるという。一般的にはモンスターを倒していく中で、強くなるみたいだ。


「私はドラゴンを倒すと強くなれるかな。だから、最下層のファフニールには興味あるね」

「そうなんだ」


 仁子さんの頭に生えている二本の竜の角が関係しているのだろうか。

 彼女は襲ってくるジオカメレオンを踏み潰しながら言う。


「ドラゴンを倒すと、たまにラーニングまでできるのよ」

「えっ、ドラゴンの特殊攻撃とかを!?」

「うん。私の体が丈夫なのも、そのおかげかな」


 ラーニングか……かっこいい!

 仁子さんの尋常ならざる体の丈夫さの理由がわかった。


「じゃあ、先に進みましょう!」

「うん」


 仁子さんはジオカメレオンの擬態に難なく反応して倒していた。

 どうやって把握しているのかと聞くと、強化された五感をフル活用しているらしい。


 これもドラゴンからラーニングした力なのだろうか。


「さあ、沢山のドラゴンを倒してきたら、もうどれがどれだかわからないわ」


 もしかしたら、ラーニングした沢山の力が、良い感じに混じり合ってシナジー効果を発揮しているのかもしれない。


 俺は魔力探知、仁子さんは五感を活かして、立ち塞がるジオカメレオンの群れを突破して、下の階層への大階段を発見した。

 タルタロスギルドの人たちの救援をしたため、予定よりも少し遅れてしまった。

 視聴者たちも、次の階層を早く見たいようだった。


「次は第9階層になります。かなり深部にやってきました。気を引き締めて進んできます」

「レッツゴー!」


 階段を下りながら俺はアイテムボックスから水筒を取り出して、水分補給だ。


「あっ、くもくもだけずるい。私も頂戴」

「べ、別にいいけど……」


 俺の飲みかけだけど、仁子さんが気にしないのならいいか。


「全部は飲まないでよ」

「がぶ飲みはしないわよ」


 仁子さんの水分補給が済んだ頃には、第9階層にやってきた。


「ここからは、タルタロスギルドの情報はありません。この階層では、どのようなモンスターがいるのでしょうか!」

「ファフニール戦の前に、手応えがあるモンスターと戦いいたいわ」


 この言葉がフラグになったのだろう。

 かなり手応えのあるモンスターが俺たちの前に浮遊していた。

 見た目はぬいぐるみのように可愛い。


 鑑定で調べてみると、プチドラゴンだった。

 くりっとしたつぶらな瞳と短い手足。そして、小さな翼を必死に羽ばたかせて飛んでいた。


 仁子さんも視聴者たちも俺と同じ感想だった。


「可愛い! お持ち帰りしたい!」


 チャットの書き込みも、似たような言葉で埋め尽くされている。

 しかし、ステータスが実に可愛くない。

 第9階層になって一気に難度が上がった感じだ。

 俺のステータスのギア4からギア5の間くらいの強さがあるぞ。

 タルタロスギルドの人たちは、第8階層で引き返して正解だった。


「仁子さん、このプチドラゴンは強いよ!」

「うん、気配でわかるわ。これは腕が鳴るわね」


 先制攻撃はプチドラゴンだった。

 小さな口から、信じられないほどの火球を吐いた。


「デカッ!」


 狙いは俺だった。警戒していたので難なく躱せたけど、着弾したところは、ドロドロに融解していた。

 この威力は、炎魔法ボルケーノに匹敵しそうだ。


 俺は魔剣フランベルジュを鞘から抜いて、プチドラゴンに斬りかかる。


「思った以上に硬い」


 鑑定で硬度を事前にわかっていた。それでもフランベルジュで焼き斬って、両断できると思っていた。

 しかし、硬さと軽い体重が合わさって、斬る前にノックバックして後ろに飛んでいってしまう。


「壁に押し込んで斬るしかないかも」

「空を飛んで、軽いモンスターを斬るにはかなりの技量がいるからね」

「仁子さん、火球が飛んでくるよ!」


 観戦していた仁子さんは、火球を人差し指で跳ね飛ばす。

 嘘だろ……。

 指先一つで、そんなことができるなんて……。


 仁子さんが一気にプチドラゴンへ間合いを詰める。

 そして、倒し方を説明してくれる。


「こういったモンスターは、サンドイッチしたら倒せるよ」


 蚊を仕留めるように、仁子さんは両手でプチドラゴンを叩いた。


 プチッ!!


 なんてことだ。硬度の高いプチドラゴンが、ぺったんこになったぞ。


 なるほど……挟み込むことで、力の逃げ場を無くして倒すわけか。


 ピッコーン!! 閃いた!


 俺はアイテムボックスから、ミスリルソードを取り出して左手に持つ。右手にはフランベルジュを既に握っている。


 現れたプチドラゴンに向けて、2つの剣を振るう。

 右と左で挟み込むように、鋭く斬り込む。


「必殺、サンドイッチ斬り!」


 プチドラゴンの首を飛ばすことに成功した。

 高い硬度によって、ミスリルソードの強度が足りずに刃毀れしている。でも、ミスリルソードならいくらでも替えがあった。


「やった! プチドラゴンはこうやって倒してください!」


 視聴者たちに報告すると、それができるのはくもくもか、S級探索者だけという書き込みをいただいた。


「これも仁子さんのおかげだよ」

「うんうん。さすがはくもくもね。私の戦い方から学んで、すぐに応用できるなんて! ファフニール戦が楽しみだわ」


 俺たちはプチドラゴンをバッタバッタと倒して、先に進む。仁子さんにドラゴンを倒しているから、強くなっているのかを聞いてみる。


「それほど強くないドラゴンだから、微々たるものね」

「だから、ファフニール戦が楽しみなんだね」

「倒せたら、今以上に強くなれそう!」


 仁子さんはプチプチとプチドラゴンを潰しながら、微笑んだ。楽しそうで何よりだ。


 そして、大量のプチドラゴンを潰した先に、最下層への大階段が見えてきた。


「とうとう、この先が知床ダンジョンの最下層です! 長い攻略のLIVE配信でした。ここまで見ていただいた方、ありがとうございます!」

「くもくも、まだファフニールを倒していないからね。ここからが本番よ」


 その通りである。

 よしっ、気を引き締めて大階段を下りようとした時、アプリから通知が届いていた。

 このタイミングでなんだろうか?


『最下層は、風の試練となります』

『一度踏み込めば、達成するまで帰還はできません』

『それでも進みますか?』

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