第112話 嘘

 ニュースで削除される前の映像を一部だけ切り取った形で放送されていた。

 コウノトリさんが日本政府からお願いを破って、天空ダンジョンへ乗り込んだ姿だ。

 彼が所属する大手ギルドも手伝っているようだった。


 彼は視聴者たちの声援に応える形で、ダンジョン配信者として復帰する経緯を能弁に話した。そして意気込みとして、未開の天空ダンジョンを制覇して、歴史に名を残すといっていた。


 ついでに、最近調子に乗っているくもくもというダンジョン配信者についても、根も葉もないことを並べて貶していた。


「酷すぎる……」

「まあまあ、落ちついて」


 それを見て怒っていたのは仁子さん。俺は宥めるのが大変だった。

 コウノトリさんは、俺との探索競争をしていると言って、絶対に勝つとまで言い切った。

 そしてギルドメンバーを従えて、意気揚々と天空ダンジョンのゲートへ入っていく。

 しばらく中を探索して、モンスターが見当たらないことに不思議がっていた。


 それでも先に進み、小さな空間に辿り着いたときには、彼の運命は決まっていたようだ。

 映像にはコウノトリさんたちを取り囲む小さくて可愛い竜が写っていた。



「あっ、フェアリードラゴン!」


 仁子さんがモンスターの名を言う同じタイミングで、コウノトリさんの映像が中断されてしまった。

 アナウンサーが言うには、これから先の映像はとてもショッキングなため、放送できないそうだ。

 つまり、コウノトリさんはフェアリードラゴンの群れに取り囲まれて逃げ場を失い、生きたまま食べられてしまったのだ。


 俺はため息をついて、リモコンの電源ボタンを押した。


「西園寺さんが予想していたことが起こってしまったね」

「タルタロスギルドにも通達があったのよ。国がダンジョン探索で制限をかけることは珍しいの。それほど危険視していたってことだけどね。あの配信者たちは制限を破ってのことだから、いろいろと叩かれるでしょうね」


 マスコミにあれこれと言われたところで、コウノトリさんはもうこの世にいない。


「死人に口無しだね」


 俺から言えることは、彼がもう少しでも謙虚だったなら、このような惨事は起こらなかっただろう。

 今は彼が残してくれた情報のことを考えるべきだ。


「仁子さん、フェアリードラゴンって、どんなモンスター?」

「上級ダンジョンなどで探索していると、たまに現れるモンスターね。端的にいうと、強いわ。タルタロスでは、出会ったら逃げろと教えているわね」

「そんなに!」

「ランクAの探索者では、全く歯が立たないの。お金をかけて装備を整えたくらいじゃ、無理ね。4本の腕の先に付いている爪が厄介なの。神経毒を持っていて、少しでも引っかかれたらアウトね」

「もしかして、その神経毒で動けなくなったら……」

「生きたまま、パクパクムシャムシャされちゃうの。とてもレアなモンスターだから、知っている探索者は限られているんだけどね」


 危険なフェアリードラゴンについて知っていたところで、あれだけの数に囲まれてしまうと、無傷ではいられないだろう。


「映像を見たところ、あの人たちの装備は良い物だった。本当に天空ダンジョンを攻略する気だったんだと思う。でも第一階層からハードだとは思っていなかったのかもね。油断って怖いわね」

「確かに……俺が経験してきたダンジョンの第一階層は、準備運動って感じだった」

「最近のダンジョンはおかしなことが多いから、私たちも気を引き締めていかないとね」


 二人で頷き合っていると、炊飯器から電子音が聞こえた。


「あっ、ご飯が炊けたよ」

「じゃあ、氷室さんを呼んでくるね」

「お願い!」


 カレーを温めなおしているうちに、母さんが帰宅してきた。


「ただいま、八雲! いい香りね。これはもしかしてカレーかしら?」

「そうだよ」

「ちょっと気になったことがあるから聞いてもいいかしら」

「どうぞ?」


 母さんは何を改まっているんだろう。


「家に帰る500m前くらいから、この匂いがしていたの? この尋常ではないカレーっともしかして」

「俺が作るんだよ。もちろんダンジョンカレーだよ」

「きゃああ! 八雲、正直に答えなさい。何を入れたの? 何を入れてしまったの?」

「ただの香辛料だよ」

「八雲が言うただは信用できません」


 母さんは俺の料理に対する信用度がとても低い。底と言ってもいいかもしれない。


「クミンとコリアンダーとターメリックと」

「と!?」

「えっと、安心してよ。マンドラだよ。この前に食べたでしょ」

「あれね。確かに、この香りは覚えがあるわ。他には入れていないでしょうね」

「う、うん」


 嘘である。

 ケルベロスの爪とオークの耳から作った香辛料を少々入れてあった。

 これはカレーに深みを増すために、大事な物だ。口を割ることはできない。


「大丈夫だよ。美味しいし、死にはしないよ」

「死!? なんて恐ろしい言葉を」


 安心させようと思ったら、恐れさせてしまった。


「でもさ。いい匂いでしょ。食べてみてよ、お願いだよ」

「うぅ……そうね。料理を全くしなかった八雲がしてくれるようになったんだし」

「やった!」


 東雲家の食の番人である母さんに認めてもらわなければ、ダンジョン配信でお披露目するわけにはいかなかった。


「カレーはわかったけど、サラダとか作っているの?」

「あっ、忘れていた」

「やっぱりね。一つのことに集中すると昔からこれなんだから」


 すぐに作ろうと思っていたら、母さんが腕まくりをしていた。


「ぱっと作ちゃうから、八雲はカレーの用意をして」

「ありがとう! わかったよ」


 母さんがサラダを作ってくれているうちに、俺は器にご飯をよそっていく。


「父さんは今日も帰りが遅いの?」

「そうみたい。帰りたいよスタンプが送られてきたから」

「残念」

「大丈夫よ。明日の朝にでも食べてもらいましょう。あの人はカレーが大好きだし、喜ぶわよ」


 多めに作ったので、おかわり大歓迎だ。

 カレーを炊き立てのご飯の上にかけて、出来上がりだ。


「すばらしい香りだ」

「何を自画自賛しているの? ほら、他の人の分も用意しないと」

「わかっているって」


 仁子さん、氷室さん、母さん、俺で四人分だ。

 テーブルに並べると、達成感もひとしおだった。


「さあ、こっちもできたわよ。八雲、テーブルに置いてくれる」

「オッケー!」


 ポン、ポン、ポン、ポンっと、人数分のサラダボールを置いていく。


「八雲って、本当に身のこなしは早くなったわね」

「そうかな」

「学校に行く時とか、たまに目で追えないくらいよ」

「それは早すぎでしょ!?」


 俺は日常生活では、探索者のステータスをセーブしている。

 母さんがいうことが本当なら、無意識で力が漏れ出てしまっていることになる。アプリのセーブ機能は、安心安全のはずだ。


 母さんの冗談だと信じたい。なんて思っていると、仁子さんが氷室さんを連れて、リビングに入ってきた。


「お邪魔しています!」

「失礼します。今日はお食事に誘っていただき、ありがとうございます」

「あら、仁子ちゃん! それに氷室さんも! よくきてくれたわ。八雲の怪しいカレーだけど、食べていってあげてね」

「母さん!?」


 みんなでテーブル席に付いて、ダンジョンカレーを頂いた。


「美味しいわね。やったわね、八雲」

「うん……八雲さん、このカレーはすごいです。味の深みが底なしです」


 底なしとは美味しいということだろうか……氷室さんの表現は独自だな。

 そんな中で仁子さんも満足そうに食べていた。


「これってパパが作るダンジョンカレーに似ているわね。もしかして隠し味に、ケルベロスの牙とオークの耳を使ったの?」

「えっ!?」


 カレーを食べていた母さんの手が止まった。

 そして母さんはスプーンをテーブルに置いて、俺の耳を摘んだ。


「嘘をついたのね! ケルベロス、オークってどういうこと!?」

「ご、ごめんなさい!」


 俺は母さんに平謝りだった。

 そんな中で仁子さんと氷室さんは平然とパクパク食べていた。

 さすがは、探索者と元探索者だ。面構えが違う。

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