第111話 特製カレー

「ただいま!」

「お邪魔します」


 元気よく家にはいる。中は静かでいつものように誰もいない。

 両親は仕事中なので、夜近くにならないと帰ってこないからだ。父さんは特に最近遅く帰ってくることが多い。中堅サラリーマンはいろいろと大変みたいだった。


 仁子さんはニヤニヤしながら聞いてくる。


「八雲くんは、何を作ってくれるのかな」

「それはもちろん、カレーだよ!」

「言うと思った」

「まずは準備だ。仁子さんはゲストだから、ゆっくりしておいて」


 パントリーで香辛料を選んでいると、仁子さんが顔を出してきた。


「氷室さんはログハウスかな?」

「そうだよ。事務仕事が山盛りになっているから。昨日も遅くまで残業をしたみたい」

「大変そうね。ここは社長として気遣いが必要かも」

「いつもそうしているよ」


 俺は氷室さんが働きやすい職場を提供しているつもりだ。

 報酬だって、父さんと母さんがびっくりして倒れるほど、渡している。


 仁子さんは指を左右に振って、わかっていないという顔をした。


「お金だけではなくて、心よ! 今日は日頃の感謝を込めて、社長の手料理をご馳走するべきよ」


 そういえば、氷室さんの歓迎会以来、食事を一緒に食べていなかった。


「そうだね! 氷室さんは夕食を遠慮して帰ってしまうから、ここは社長としてカレーを一緒に食べてもらえるようにお願いしよう」

「うん、善は急げね! ログハウスにいってくる」


 仁子さんはあっという間にリビングを飛び出していった。

 仕事中の氷室さんがびっくりしなければいいけど。


 よしっ、俺はカレーを作るのに専念しよう。

 まずはエプロンを装着。やはり基本となるカレーの香辛料として、クミン、コリアンダー、ターメリックは外せない。というか、外してしまうと母さんが拒否反応を起こすのだ。


 純度100%のダンジョン産の香辛料は、まだ母さんには早いのだ。


 市販のこの三つの香辛料を使えば、誰もが感じるカレーらしくなるので、母さんもにっこりである。

 しかし、問題はここからだ。クミン、コリアンダー、ターメリックでは、カレーらしいエスニック味と見た目になるけど、辛みは出せない!


 そこでこれだ!

 みんな大好き、マンドラゴラの足の粉末である。

 これは秘境の佐渡島ダンジョンでだけ取れる貴重な香辛料。


 淡く緑色に発光しており、見た感じは毒々しい。

 しかし、スカッとした辛味があり、さらに独特な力強い旨みを持っている。


 栄養価もとても高く、ダンジョンでの簡素な食事もこれを振りかけることで、手軽に濃厚な旨みを持ったものとなる。


 そんな大人気の香辛料は、マンドラゴラの足から加工するために煮たり干したり、他のドロップ品を混ぜ込んで、毒を中和する必要があった。

 鋼牙さんのレシピがなければ、絶対に作れなかった。まさに秘伝の香辛料だ。


 愛称はマンドラで、鋼牙さんは最近になって大体的に探索者に売り出していた。

 今、人気急上昇中のホットな香辛料でもあった。


 俺はフライパンに基本となる香辛料を入れた後、マンドラを入れて、油で炒めていく。

 焦がさないように丁寧にだ。


「あっ、そうだ。最近作ったのも、ちょっとだけ入れよう」


 ケルベロスの牙とオークの耳から作ったエキセントリックな神秘の香辛料を少々。

 やはりダンジョンカレーといえば、このくらいしないと楽しめない。母さんにはもちろん内緒である。


「いいぞ、いいぞ! 良い香りだ!」


 キッチンを飛び越えて、リビング中に広がるダンジョンカレーの香り。

 エスニックを超えた刺激的な香りに俺の心が高鳴った。


「来ている! これは間違いなく最高のカレーになる!」


 落ち着け俺! 興奮を抑えるんだ!

 今はフライパンに集中しろ。そうしなければ、大切な香辛料が焦げてしまう。

 油にしっかりと成分を溶け込ませていく。


「良い感じだ。次はタマネギだ」


 別のフライパンに切った玉ねぎを入れて、黄金色になるまで炒める。

 そこへトマト缶の中身を入れる。


「よしっ、煮立ってきたぞ。スパイスと投下だ」


 炒めておいた特製のスパイスを合わせると、蒸気に乗ってより強い香りが立ち上った。


「さあ、ここからだ!」


 俺は切っておいた鶏肉と、隠し味としてヨーグルトを加える。

 あとは、水を入れて濃さを調整してと……塩で味を整えて、


「出来上がりだ!」


 なかなかの仕上がりだと思う。

 みんなが喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。


 自画自賛していると、後ろから視線を感じた。


「仁子さん! いるならいるって言ってよ」

「なんか、邪魔したらいけない雰囲気だったし。カレーを作っている姿がパパそっくりだったわ」

「そっか俺も鋼牙さんの領域へ少しは近づけたかも」


 喜んでいる俺に仁子さんの口から、驚きに言葉が!


「八雲くん、ちょっと聞きたいんだけどいい?」

「なにかな」

「ご飯は炊いているの?」

「はっ!?」


 俺は自分の顔が青くなっていくのを感じた。


「……忘れていた」

「やっぱりね。パパもカレーを作ることに集中しすぎて、よく忘れるの」

「くぅ……無念」


 時計を見た俺は、ご飯を普通に炊く時間がないことを悟った。

 仁子さんは炊飯器の窯を取り出して言う。


「ここは早炊きしかないわね」


 美味しく炊けたお米にカレーをかけたかった。それでは仁子さんや氷室さんの帰宅時間が遅くなってしまう。

 時には妥協も必要だ。

 俺は素早く米を水で洗った。そして窯の中に洗った米と水をいれて、炊飯器のスイッチを入れた。

 もちろん、早炊きである。


 次第に炊飯器の口から湯気が勢いよくで始めた。

 俺と仁子さんはテーブル席に座りながら、その様子を眺めていた。


「たまには、ゆっくりするのもいいわね」

「天空ダンジョンまで、まだ時間があるし。ちょっとした休息かな」

「私は知っているよ。一人でダンジョンに行っているでしょ。しかも配信無しで」

「ああ、あれは香辛料集めだよ。こういう機会がないと、なかなかできないから」

「そっか、ダンジョン産の香辛料は、パパの極秘レシピだものね。作り方を配信したら、パパ泣いちゃうかもね」


 あの豪傑な鋼牙さんが泣くところなんて想像できないけど、俺のために教えてくれたレシピだ。勝手に公開なんてできるわけない。


「さっきパントリーをみたら、この前見た時よりも増えていたわね」

「十分な備蓄をしているんだ。数年は持つよ」

「じゃあ、思う存分に天空ダンジョンで探索できるわね」


 仁子さんとの会話を楽しんでいると、テーブルの上にあったテレビのリモコンに手が当たってしまった。床に落ちたときに、電源ボタンが押されたようで、テレビにニュースが映し出された。


 俺はリモコンを拾い上げて、テレビの電源を消そうと思ったら、仁子さんに止められた。


「ちょっと待って、八雲くん」

「ん?」

「ニュースを聞いて、天空ダンジョンについてやっているわ」

「あれっ、この人って……」


 先日、ギルドの会合で出会ったダンジョン配信者のコウノトリさんだった。

 ニュースは、彼が天空ダンジョンでモンスターに襲われて食べられてしまったと言う恐ろしい内容だった。


 しかもLIVE配信中だったために、その凄惨な映像が世界中に流れてしまったことで騒ぎが大きくなったようだ。視聴者たちの中には、生きたまま食べられるコウノトリさんの姿に耐えきれず、気を失った人も多かったと言う。


「うああ……」

「嫌な人だったけど、亡くなってしまうと後味が悪いわね」


 俺は意を決して、天空ダンジョンへ挑戦したコウノトリさんの配信動画を見ようとした。しかし、動画配信会社がすでにセンシティブな内容として削除した後だった。

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