第110話 期末テスト
期末テストの最終日、俺は最後の問題を解いていた。
よしよし、完璧だ!
「はい、そこまで」
先生の声と共に長い戦いに終わりが告げられた。
答案用紙は回収され、クラスメイトたちは安堵の声を漏らしていた。
俺もその一人だ。寝ずに頑張った日々は走馬灯のように過ぎ去っていく。
「くもくも、テストの出来はどうだった?」
「……」
なんだか、遠くから友人の声が聞こえてくる。その声がどんどん遠ざかるように感じた
。
「起きなさい! 八雲くん!」
「はっ!? ここはどこ?」
「何を寝ぼけているのよ。座ったまま、爆睡していたわよ」
「本当に?」
「そうだよね」
仁子さんが友人に聞くと、彼は盛大に頷いていた。
「くもくもはどれだけ寝ていないんだよ。テストが終わって電池が切れたように落ちていたぞ」
「あははは、大したことはないって、たったの二週間ほどかな」
「はっ!?」
ドン引きされてしまった。友人は呆れた顔をしながら言う。
「そんなことをして体は大丈夫なのか?」
「中級ポーションで全回復!」
「ドーピングだ!」
「なら、次のテストは一緒にいっとく?」
「嫌だよ! 普通に勉強しているのが僕に合っている。それにしても、二週間も寝ていなかったら、精神に支障をきたすって聞いたことがあるぞ。何か、おかしなことは……」
友人は俺を上から下まで見回しながら、それ以上言うのをやめてしまった。
「どういうこと? 何か問題でも」
「身長や顔や体格、すべての見た目が変わってしまったから、今更かなって思ってさ」
「だよね。私も思った!」
仁子さんと友人に最大に笑われてしまった。
友人はスマホで二ヶ月前の俺とうつった写真を表示させる。
それを俺の横に並べて、比べたのだ。
「やはり、違うな」
「えっ、ほんのりと名残はあるわ。ほら、目尻の辺り」
「確かにそう言われると、残っている。本当に変わってしまったよな」
友人はしみじみと言っていた。
「今じゃあ、国内問わず有名な探索者であり、ダンジョン配信者でもあるんだよな。遠い存在になってしまった」
「いやいや、すぐ目の前にいるから!」
「そうね、私も出会った頃の八雲くんが懐かしいわ」
「仁子さんまでやめてよ!」
仁子さんまで、しみじみとし出してしまった。
今と過去の俺の鑑賞会はしばらく続いていた。
過去の俺の写真を友人から、もらった仁子さんは思い出したように言う。
「八雲くん、テストはどうだった?」
「完璧だよ」
俺は魂を込めるように一問一問を回答した。
未だかつてこれほど命を削るように勉強したことはなかった。
その結果は、しっかりとした手応えだった。
「すごい自信に満ち溢れているわね」
「仁子さんはどうだったの?」
「満点だと思う」
「なっ、なんだって!?」
うそだろ……。仁子さんは至って平然な顔をしている。
彼女が嘘をついたことなど、俺が知る限り一度もない。
大丈夫、落ち着け俺。
俺だって、完璧だ。
よしっ、帰ったら自分で採点しておこう。
仁子さんの満点宣言に、友人は感心していた。
「片桐さん、すごいんだね。僕なんて、平均点がいいところだよ」
「パパの後を継がないといけないからね。いろいろとちゃんとしないといけないの」
「そうか、片桐さんのお父さんって、タルタロスのギルド長だものね。後継って大変なんだね」
「まあね。でも楽しいからいいの」
すでに将来を見据えている彼女は、いつもより大人びて見えた。
「八雲くんだって、会社を起こしたのよ」
「ええええっ、どうしちゃったんだよ。くもくも!」
友人は今日一番驚いていた。椅子から転げ落ちそうになっている。
「探索者として活動していくと、アイテムやドロップ品がたくさん集まったから、その管理をするために必要になったんだ」
「配信を見たけどさ。すごいアイテムをいっぱい作っているよな。やっぱり一番人気は中級ポーション?」
「当たり! 次は蘇生のペンダントだよ」
「ニュースで見たよ。ダンジョンの生存率を格段に上げた立役者くもくもって特集を組まれていたからさ」
「あれは……はずかしかった」
「僕の父さんも母さんも嬉しそうに見ていたな。くもくもは父さんの命の恩人だし」
友人から改めてお礼を言われてしまった。友人と父親は中級ポーションで元気になってからは、病気を一つもしていないみたいだった。
お役に立てて本当に良かった。もしあのときに助けられなかったらと思うと、胸が傷む。俺がそう感じるので、友人はもっと大変だっただろう。
友人はうんうんと頷きながら、感慨深く言う。
「くもくもはもう社会に出てしまったんだな。まったく早すぎるよ」
「成り行きでそうなっただけさ」
「それでもすごいことだよ。あのダンジョン配信に憧れていたくもくもが、本当に配信者になって、社長になってしまうとは……」
そして、友人は「よしっ」と言って席から立ち上がった。
「放課後に、くもくもの社長就任をお祝いしよう」
「どこでしてくれるの?」
よく行くファーストフード店だった。高校生の財力などたかが知れているのだ。
それを聞いた仁子さんは言う。
「社長さん、社長さん! ご支援をお願いします!」
「俺が自分のお祝いに支援をするのはおかしくない?」
「なら、こうしよう! 期末テストを頑張ったお祝いも兼ねてね」
仁子さんはそう言うけど、今回は友人の好意に甘えさせてもらう。
せっかく彼がお小遣いを出して、祝ってくれるのだ。そこに俺のお金を加えるなんてことはできない。
「仁子さんは実費だよ」
「えっ、私だけ? そんなことはないよね」
友人に聞くけど、仁子さんはたくさん食べるので、追加した場合は実費となった。
「まっ、いっかな。奢ってもらえるなんて、あんまりないし」
たまには、ダンジョン探索がない日もいいものだ。
放課後、俺たちはのんびりとファーストフード店で、会話を楽しんだ。
友人と別れた帰り道。日はすっかり暮れていた。
仁子さんと二人で歩きながら、夜空を見ていた。
「最近はとくに暑いわね。夜でも気温があまり下がらないし」
「これで雨が降らなくなったら、砂漠になってしまうかもね」
異常気象は止まることを知らず、どんどん人間が住みにくい状況になっていた。
来年にはどうなっているのだろうか。もしかしたら北極や南極の氷も溶け切ってしまうかもしれない。
暑すぎて虫の鳴く声も弱くなっていた。セミなんか暑さをさけるためか、夜に泣くようになっているし、人間以外にも影響はでているみたいだった。
「そういえば、八雲くん!」
「どうしたの? 改まって」
「これを進呈しよう! 期末テストが終わったら、パパから渡してほしいって頼まれていたの」
それはノートだった。
なんてことだ。これはダンジョン香辛料の中級編だった。
「八雲くんのお母さんから聞いたわよ。息子が得体の知れない香辛料を台所に大量に持ち込んでくるって」
「母さんの苦情が、なんで仁子さんに届いているの?」
「ほら、私って探索者として先輩じゃない。だから、八雲くんの相談をよくされるの」
家の台所は、確かに俺の持ち込んだ香辛料が並んでいる。いやそれどころか、パントリーも占領しつつあった。
「君のお母さんが言っていたわよ。料理に目覚めてくれたのは嬉しいけど、得体の知れない香辛料が怖いって」
「ダンジョン産の香辛料なんだけどね。母さんに、ちゃんと説明をしているんだけど」
母さんは産地に疑問を持っているようだった。
ダンジョン産が一般の人たちには、馴染みのないのが原因のようだった。
「それで、八雲くんがいないときに家に呼ばれたの」
「マジで!?」
「それで増え続ける得体の知れない香辛料が、安全なものなのかを調べるようにお願いされたわ。大丈夫ってことは伝えたけどね。その時に、香辛料の初級レシピを制覇していることに気がついたの。パパに教えたら、とても喜んでね」
それで、この中級レシピをもらえたわけか。
「大事に使わせてもらうよ。あっ、そうだ。今日は俺が料理を作るんだ。もちろん、鋼牙さんに教わった香辛料を使ってね。よければ、食べてく?」
「いいの? やった!」
仁子さんは自分の家に帰るのをやめて、ルンルン気分で俺の家に向かって歩き出した。
腕が鳴るぜ。ダンジョン料理人くもくもの力を見せる時がきたようだ!
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