第145話 トレーニング施設

 樹海の中に突然現れたコンクリート製の塔。

 仁子さんが言うには、あそこが地下にあるトレーニング施設の入り口みたいだ。


「あそこって、Sランク探索者のトレーニング施設だけのために建てられての?」

「元はダンジョンの研究施設だったらしいわ。今は別に移動したから、Sランクの探索者に解放されたの」

「もしかして、Sランク探索者の研究をしていたりする?」

「防犯カメラはあるから、記録は取られるかもね。あと利用する前に簡単な健康診断があるわよ。ここは数少ないSランク探索者のための健康管理施設でもあるから」

「血を取られたするのかな……苦手なんだよね」

「残念ながら、取られるわよ」


 ガ〜ン! やっぱり健康診断だから、そうなるよね。

 仁子さんが黙っていたのは、俺が採血が苦手なのを知ってのことだろう。


「ダンジョン探索をしていると、稀に未知の病気になることがあるのよ。そういった検査もしてくれるから、安心して受けましょう」

「もしかして、こっちが本命だったりする?」

「なんのことがわからないわ」


 めっちゃとぼけられた。彼女は俺の体を気遣ってのことだろう。

 中級ポーションで日頃の体調は完璧に整えているはずだ。しかし、医学的にちゃんとした検査をしているわけではない。

 この機会に、しっかりと健康診断を受けるべきだろう。そして、健康であると花丸をもらえたら、中級ポーションの信頼性がさらに上がるというものだ。


「八雲くん、正面に見える大きな入り口があるでしょ」

「ああ、見えている」

「降下して、あそこから入りましょっ」


 正面玄関付近に降りると、建物への道がちゃんとあった。

 上空からだと、鬱蒼とした森に隠れて、建物だけがポツンとあるように見えた。アスファルトで綺麗に整備された道は、ずっと南の方角へ続いている。


 普段はこの道路を通って、車でやってくるのだろう。

 空から来た俺たちの方が、順路から大きく外れているのだ。


 玄関では施設の職員さんが出迎えてくれた。中年の女性で、笑顔がよく似合う人だ。

 そんな彼女もまさか空から俺たちがやってくるとは思っていなかったようだ。


「すみません、浅見さん。到着時間に少し遅れました」


 仁子さんが謝っていたが、理由は俺の母さんを会社に送っていったからだろう。


「いいのよ。仁子ちゃんはうちの常連さんなんだから。今日は東雲八雲さんも一緒ね」

「はい、よろしくお願いします!」

「うんうん! 若いっていいわね。元気が一番よ! 私は浅見よ。よろしくね」


 浅見さんは俺たちを建物の中へ案内してくれる。

 外観も綺麗だったが、中はさらに清潔感があって、新築のようだった。


「ここはいつ建てられたんですか?」

「もう10年くらいになるかしら」

「そのわりにめっちゃ綺麗ですね」


 そう言いながら、吹き抜けを見上げていると、浅見さんが教えてくれる。


「ここはダンジョンから産出されたものを使って実験的に建てられたのよ。外観はコンクリート製に見えたでしょ?」

「えっ、違うんですか?」

「厳密にいえば違うわ。あれはダンジョンから発掘された鉱物を混ぜ込んでいるの。通常のコンクリートに比べて1000倍の耐久力があるんだって」

「じゃあ、この建物って壊れることは、ほぼないんですね」

「そうね。あなたたち、探索者が大暴れしない限りね」


 その言葉に俺と仁子さんは顔を見合わせた。すぐに浅見さんに向けて、それはないとばかりに手を振った。


「冗談よ。ではあそこにあるリーダーにライセンスカードを通して」

「「はい」」


 浅見さんに言われた通り、備え付けられたリーダーにライセンスカードを入れる。

 すると、俺の顔写真などの情報が画面に表示された。


「今、施設への入場処理をしているから待ってね。カードが出てきたら終わりだから」


 取り出し口から、ライセンスカードが出てきた。

 画面には、入場許可という文字が表示されている。


 隣の仁子さんを見ると、俺と同じだった。


「はい、無事に許可が降りたので……お待ちかねの健康診断よ!」

「あの……」

「どうしたの、東雲くん」


 俺は浅見さんに不安要素を予め聞いておこうと思った。


「血って、いっぱい取られるんですか?」

「安心して、貧血になる程は取らないわ」

「ん?」


 その言い方だと、たくさん取るけど大丈夫! という風に聞こえなくもない。

 なんか……安心できないぞ。


 浅見さんは思い出したように仁子さんに言う。


「仁子ちゃんは、採血の時は力を抜いてね。一応、特別製の針を用意しているけど、毎回刺すのがたいへんだからね」

「は〜い」

「いつも返事だけはいいんだから」


 呆れた様子の浅見さん。俺は仁子さんに、特別製の針について聞いてみる。


「仁子さんは特別製なんだ」

「ほら私って自分で言うのもなんだけど、体が丈夫でしょ。対戦車ライフルくらいなら弾き返せるし」

「ああ……そっか」


 うん。普通の針では刺さらないよね。

 だから、仁子さんは健康診断をここで受けているのか。並外れた体の持ち主である仁子さんは、普通の病院では診察は難しい。


 探索者専門のここなら、安心して診てもらえるのだろう。


「八雲くんも私と似たようなものよ。天使化しているから、普通の人間の体とは違うと思うし」

「ですよね……」

「たぶん、今後は私と同じようにこの施設にお世話になると思うわ」


 俺も仁子さんのように、常連となって浅見さんに八雲ちゃんと呼ばれる日が来れば嬉しい。

 浅見さんの案内で、エレベータに乗り2階へ。


「ここで検診衣に着替えてね。右が男性で、左が女性よ」

「「行ってきます!」」


 中にはいると、着替えの服がサイズごとに畳まれて、置いてあった。

 えっと俺はLLサイズかな。Lサイズを着れないことはないけど、診察や検査でフロアを動き回るだろうから、ゆったり目が良いような気がする。


 着ていた服を脱いで、ロッカーにしまう。ささっと検診衣に着替えて、部屋をでる。


「あら、早いのね。さすがは男の子ね」

「仁子さんはまだなんですね」

「もう少ししたら、出てくると思うわよ」


 時間があるので浅見さんのことを聞いてみることにした。


「浅見さんってここは長いんですか?」

「もう10年くらいになるわね」

「えっ! ……ということはここが研究所だったころから」

「ここが研究所だったことをよく知っているわね。私は当時の研究者として務めていたのよ。今は引退して、この施設の所長よ」


 なんと、浅見さんはこの施設で一番偉い人だった。

 気さくな事務のおばさんだと思っていた。それだけ親しみやすかった。


「そんなに畏まらなくてもいいわよ」

「仁子さんとは付き合いが長いんですか?」

「そうね。あの子の母親は私の親友なのよ。……だからね」


 浅見さんは言葉を詰まらせて、それ以上は口にしなかった。

 仁子さんの母親について、何か事情があるのだろう。仁子さんも俺に母親のことをいうことはないし。

 あまり触れてはいけないことなのかもしれない。俺は話を掘り下げることはやめた。


「おまたせ! 待った?」

「いや、俺もさっき出たところだよ」

「よしっ! 頑張ろう!」


 俺と仁子さんは拳を突き上げて、ノリノリで健康診断を開始した。

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