第144話 飛行
母さんを会社の前に下ろして、出勤を見送った俺たちは静岡を目指して飛行中だ。
「仁子さん、見て! 鳥が列をなして飛んでいるよ」
「渡り鳥かしら……」
普通は春と秋に見ることができるような気がする。
季節外れの移動もあるのかもしれない。
ちょうど俺たちが飛んでいる方向と同じなので、その輪に加わってみた。
「逃げるかと思ったら、案外大丈夫だね」
「私たちも翼があるから、仲間だと思われているのかも」
しばらく一緒に空を楽しんでいたが、渡り鳥たちは北上していたため、途中でお別れになってしまった。
「ああ、いっちゃった」
「バイバーイ!」
俺たちはさらに東へ向けて、飛び続ける。
「トレーニング施設って、樹海にあるんだよね」
「そうよ。正確にはその地下だけどね」
「なんだかダンジョンみたいだ」
「中はそんなに入り組んでいないわよ。トレーニング用の機器が揃っているから、楽しみにしておいて」
「Sランク用の機器か……」
仁子さんからお古をもらって、日頃はそれを使っている。
といっても、一般的なダンベルを重くしたものだ。
あとは使っているものといえば、魔剣レーヴァティンを振り回して、トレーニングしているくらいだ。
最近、よく思うことがある。今の俺には普通の人のトレーニング方法では物足りない。
どれだけランニングしても、全然息切れしないし。
逆立ちをして指先で腕立て伏せをしても、へっちゃらだし。
今、肉体に負荷がかかっていると思えるのは、仁子さんからもらったダンベルと、レーヴァテインくらいだ。
施設で俺にあったトレーニング用品が見つかれば、購入を検討してもいいかもしれない。
「仁子さん、気にいたものがあったら、買えるかな?」
「できるわよ。全部特注になって高いけどね」
「経費で買うことを検討しよう!」
「株式会社くもくもは順調みたいね」
「おかげさまで」
俺はひたすらにドロップ品を販売ゴーレムを使ってかき集めているだけで、すべては氷室さんのおかげだ。
「配信チャンネルの方はどうなの?」
「あっちも順調だよ! 今のチャンネル登録者数は、なんと900万人を超えました!」
「おめでとう!」
「どうも、どうも! 最近は例の事件でダンジョン探索を自粛しているから、伸び悩むかなって思っていたけど、全然そんなことはなかった」
「あれでしょ! 氷室さんが作っているショートのおかげかな?」
「当たり!! ショートが動線になっているんだよ」
昨日配信したダンジョン飯も大人気だった。仁子さん邸のキッチンを借りたことで、豪華な感じに演出できたのもよかった。東雲家のキッチンではそうはいかない。
まな板や包丁などは、俺の家にあるものとは違っていた。
恐ろしくよく切れる包丁で、きゅうりを試し切りしたら、トントンというまな板のいい音がするのだ。ちょっとした板前気分が味わえるキッチンだった。
その配信では、仁子さんもいつものようにスペシャルゲストとして登場してくれた。
彼女はタルタロスギルドのダンジョン遠征で培った料理技術を惜しみなく披露してくれた。というか、包丁さばきが早すぎて、視聴者には残像に見えてしまうほどだった。
二人で作ったのは、ダンジョン産の香辛料と、ダンション産の植物を使用した特製ポトフだった。これを披露するために前日から試行錯誤していたので、ちゃんと形になってよかった。もちろん、味も最高の出来だ。
配信が終わった後に、父さんと母さんに食べてもらっても大好評だった。
仁子さんは自分のスマホを取り出して、昨日の配信を見返し始めた。
「再生数がすごいじゃん!」
「500万視聴を超えているでしょ」
「うんうん、いい感じに撮れているわね。相変わらず、氷室さんのコメント検閲が厳しそうだけどね」
氷室さんが扮するモデレーターのくまちゃんは、おかしな書き込みを一切許さない。
慈悲なきモデレーターとして名を轟かせている。配信が始まると、すぐにくまちゃんが書き込みをして目を光らせるため、コメント欄はいつも平和だ。
おかげで俺たちは安心して、のんびりと配信できる。
動画を見ていた仁子さんが頭を抱えていた。
「ああ、私の動きって早すぎかも」
「残像になっているよね」
ダンジョン探索でも、早すぎてよく残像になっているから、今更ではあった。
「次はもっとゆっくり包丁を使うわ」
「コメントでは、すごくウケていたよ」
「ダメよ。モンスターとの戦闘じゃないんだし」
鼻息強めで、スマホの画面を見ている仁子さん。次回のダンジョン飯は、もっとより良い配信になるだろう。
「次は何を作ろうかな」
「今回は汁物だったから、他のものがいいよね」
「あっ、八雲くんは知っている。肉をドロップできるモンスターがいるって」
「えええっ、知らない!」
「今日行くトレーニング施設の近くにあるダンジョンでドロップできるのよ」
「まさか、その名前って」
「うん。樹海ダンジョンね。とても入り組んでいるから、入ったら最後でることができないなんて言われているわ。でも八雲くんなら問題なし」
「マッピングが使えるからね」
俺がダンジョンで迷子になることはない。迷いやすいという樹海ダンジョンでも、苦もなく進める。
「ああああぁぁ……ダンジョン探索をしたいっ!」
「犯人が捕まる気配が全くないね」
「公安の人たちを襲ってから、動きがないんだよね」
「うん。せっかく大手ギルドでチームを組んで、捜索しているのにね。あれからどのダンジョンでも被害が報告されなくなったわ」
あれだけ大暴れしたのに、犯行はぴたりと収まった。
こんな状態では、ダンジョン探索を再開していいわけもなく、自粛を続けている感じだ。
「犯人は公安の人たちに大怪我をさせたし。もっと大々的に捜索されるのかと思った」
「15人も襲われた大失態でしょ。それに警備自体、八雲くんを特別扱いしているわけだし。やっぱり表立ってはできないんじゃない」
なら、裏では公安の人たちが血眼になって、犯人を探しているかもしれない。
それでも、西園寺さんから吉報の知らせがないので、難航しているのだろう。
「樹海ダンジョンはもうしばらくお預けね」
「どんな肉なのか教えてよ」
「それは探索してからのお楽しみっ!」
くぅ〜、気になる。仁子さんがそれほど勿体ぶるのなら、相当美味しい肉なのだろう。
天空ダンジョンと合わせて、また楽しみが増えてしまった。
「あっ、見て! 八雲くん」
「富士山だ!」
「空から見る富士山は、絶景ね」
しばらく俺たちは雄大な姿を観覧した後、目的であるトレーニング施設に降り立った。
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