第118話 初心
俺と仁子さんはジャイアントグミを追いかけ回していた。
「そっちにいったわよ」
「オッケー。それっ! 仁子さん、トス!」
「任せて、アタック!」
俺たちはジャイアントグミをバレーボールのようにして、戦っていた。
止めは仁子さんによる強烈なアタックだ。
ジャイアントグミは耐えきれずに、爆散してしまう。
残されたのは、ドロップ品だけだった。
ゲットしたドロップ品は、自動的にアイテムボックスに回収されるので、俺たちは次から次へと戦うことができた。
「ふぅ〜、ちょっと休憩しよう」
「そうね。あれを飲んでみる?」
仁子さんが指差したのは、湧き上がっているソーダ水だった。
「いろいろと種類があるんだね」
「私は、このイチゴ色にするわ」
「なら、これを使って」
俺はこんなこともあろうかと、紙コップを持ってきていた。
アイテムボックスから取り出して、仁子さんに渡す。
「さすがはくもくもね。気が利く!」
「俺はこのメロン色にしよう」
ごくごくと飲み干す仁子さんを横目に、俺はメロン色のソーダ水を紙コップに入れた。
視聴者たちは、いったいどのような味なのかを知りたがっていた。
「では飲んでみます!」
口に含んで、すぐに俺は予想していた味と違っていることに気がついた。
「騙された! パイナップル味だ! 仁子さんはどうなの?」
「私はイチゴ味だったわ」
「えっ、そうなんだ」
このメロン色のソーダ水が見た目と反しているのか。
もう一口飲んでみると、
「もも味がする」
「どういうこと?」
「仁子さんも飲んでみてよ」
彼女は、俺が飲んだメロン色のソーダ水を紙コップに入れた。
そして一気飲み。
「私はメロン味だったわ」
「えええっ、なんでだろ」
「そう言われても……」
もしかして、飲み方の違いなのか?
俺は一口ずつ飲んでいた。仁子さんは一気飲みだった。
試しに俺が残ったソーダ水を飲み干すと、
「メロン味だ」
「ゆっくり飲むと味変するんだ。不思議ね」
俺はアイテムボックスから、空の水筒を取り出して、ソーダ水を中に注いだ。
「持って帰るんだ」
「ダンジョンの外だと、どういう味になるのか気になって」
「どんでもない味になったらどうする?」
「もちろん、仁子さんも一緒に飲むんだよ」
「えええええっ」
仁子さんからブーイングをもらってしまった。
これは帰ってからのお楽しみである。
「お菓子でできたダンジョンにいると、いろいろと食べたくなっちゃうね」
「俺も運動をして、小腹が空いてきたところ」
「チョコにする、それともクッキーにする。欲張って両方食べちゃおうか!」
「賛成!」
俺はミスリルソードで、ダンジョンの壁をくり抜いた。
まずは、デカクッキー!
「はい、仁子さん!」
「次はそれをチョコレートの雨にうたせれば完成だね」
奥に進んだところでは、チョコレートの雲が立ち込めていた。
そして土砂降りのように溶けたチョコレートが降り注ぐ。探索者たちは、その中でモンスターとの戦いを繰り広げていた。
「あの人たち……自らチョコレートフォンデュになっているんだけど」
「楽しそうでなによりだね」
疲れたらすぐにチョコレートの雨で栄養補給できる。だけど、視界は最悪かもしれない。
俺たちは雨に濡れないように、クッキーを傘にして先に進んだ。
「いい感じじゃん」
「綺麗にコーティングできたね」
雨を通り過ぎた頃には、チョコレートクッキーが出来上がっていた。
果たして、ダンジョン産のチョコレートとクッキーは美味しいのだろうか。
食べようとする俺たちだったが、視聴者たちが騒ぎ始めたのだ。
コメントで、「あっち」「あれも加えて」などという書き込みをたくさんしている。
「見て、向こうを」
仁子さんが言う方角を見ると、ホワイトチョコレートの雨が降っていた。
「あの雨はとても珍しいの。とてもラッキー!」
「あれも加えるの!?」
「もちろんよ。やむ前にコーティングよ」
俺と仁子さんは、二人で大きなクッキーを担いで、白い雨の中へ。
「うああ、すごい雨だ。さっきよりもすごい」
「バケツをひっくり返したような雨ね」
雨を通過した頃には、クッキーに分厚いホワイトチョコレートがコーティングされていた。もうこれは、どっちがメインかわからないほどだ。
「出来上がりました。クッキーにコーティングした二色のチョコレート。さっそく、食べてみます!」
仁子さんに持ってもらいながら、手頃な大きさに砕いてみる。
それでも、拳くらいの大きさになってしまった。
仁子さんと視聴者たちが見守る中で、俺はそれを口に運んだ。
「ん!?」
「どうしたの? 大丈夫?」
心配する仁子さんの声がするけど、俺はそれどころではなかった。
脳天を突き抜けるような甘さに襲われていたからだ。
「甘すぎる……はぁはぁ」
「息切れするほど甘いの?」
「仁子さんも食べてみてよ。びっくりするから」
「じゃあ。すこしだけ」
小さな欠片を口に入れた仁子さんは悶絶していた。
「んんんんんんっ」
「いたたたたた! 俺に八つ当たりはやめてください」
彼女は吐き出しそうなのを我慢して、気合いで飲み込んだ。
「くもくも、限度というものがあるでしょ」
「俺に言われても……仁子さんは甘いものが苦手だっけ?」
「そんなことないわ。でもこれは異常よ」
やはり異常な甘さだったのか。先ほどのソーダ水のことがあったから、違いがあるかと思ったけど、取り越し苦労だったようだ。
「残ったのはどうするの?」
「持って帰るよ」
「マジで!?」
仁子さんはドン引きしていた。それでも俺としては大事なダンジョン産のクッキー&チョコレートだからアイテムボックスに大事にしまった。
この中なら、腐ることなく保存ができる。夏休みが終わったら、友人に食べさせてやろう。きっとびっくりするはずだ。
「ねぇねぇ、くもくも」
「どうしたの、仁子さん?」
「何か……陽気な歌声が聞こえるんだけど」
俺も一緒になって、耳を澄ます。
「聞こえるよ。しかも、複数人で歌っているね。なんだろう、この曲は聴いてことがないね」
俺たちは引き寄せられるように、歌が聞こえるところへ。
意志とは無関係に足が勝手に動くのだ。
なんだか操られているような……。
俺はハッとなって、必死に首を振る。
「仁子さん、しっかりして! この歌声を聴いたらダメだ」
「……」
「起きろ! 仁子さん!」
彼女の頭の角を握って、右に左に振ると、
「えっ、なになに?」
俺はすぐにアイテムボックスから耳栓を取り出して、仁子さんの耳に突っ込んだ。
そして、俺にも同じことをした。
何があるかわからないから、いろいろと用意しておいてよかった。俺のアイテムボックスの中には、日用用品から便利グッズまでありとあらゆるものが入っていた。
正気に戻った仁子さんにジェスチャーで、状況を知らせる。そして、元凶となっているモンスターを指差した。
配信を見ている視聴者たちが気になって、コメントをみると問題なさそうだ。
直接歌声を聴かなければ、操られることはない。
俺は視聴者たちに状況を説明する。
「あそこにいるモンスターの歌声を聴くと、操られるようです。今、俺たちは対抗策として耳栓をしています」
モンスターは、ひまわりのような形をしていた。
スマホのアプリで『鑑定』をしてみる。
◆マシュマロフラワー 種族:植物
属性 :聖
弱点 :闇
力 :3
魔力 :9
体力 :5
素早さ:1
器用さ:5
硬度 :5
弱い。弱すぎる。
俺たちは、あんなモンスターに操られてしまったのか。
催眠術の怖さを俺は初めて知った。
仁子さんも初めてのことだったようで、マシュマロフラワーを力の限り踏みつけていた。ドロップ品に変わったところで、歌声は消えて静かになった。
「まさか、こんなモンスターに操られるなんて……完全に油断していたわ」
とても悔しそうに彼女は言った。俺も同じだ。
ダンジョンの雰囲気に流されて、警戒を怠っていたのだ。
ちょっとした油断が大事故に繋がる。俺たちは今度こそ初心に返って、ダンジョンに挑もうと確認し合うのだった。
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