第119話 弊害

 マシュマロフラワーに操られた経験によって俺たちは、慎重に歩き進んでいた。


「催眠って、気を張っているとかからないんだね」

「こっちが格上だからよ。同じ強さのモンスターは、やばいかもね」

「そうなんだ。マシュマロフラワーでも油断していると操られるくらいだし」


 今後、催眠系のモンスターは注意が必要だ。

 こういうモンスターがいるから、一人での探索は危険だと言われているのだろう。


「さっきみたいに、誘導するだけの催眠ならまたいいけど」

「他にも種類があるんだ」


 俺が視聴していたダンジョン配信では、催眠攻撃をするモンスターはいなかった。

 それだけ、危険なモンスターなので、配信者が嫌がったのだろう。


「たとえばね。同士討ちさせるのとかは、最悪ね。タルタロスで一度だけ被害にあったの。命を落とすまではいかなかったけどね。大怪我をするメンバーも出てしまって、操られたとはいえ、仲間に傷つけたことで結構揉めたの」

「もしかして、操られた後の方が大変だったとか?」

「そんな感じ」


 仁子さんは渋い顔をしていた。

 俺も操られて仁子さんと戦うなんて嫌だな。それが原因で仲違いはもっと嫌だ。


 天空ダンジョンはたくさんの探索者たちと協力しておこなう。もし、そんな状態で同士討ちさせる催眠をかけられたら、阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまうかもしれない。


 俺は想像して身震いをしてしまった。起こってもいないことをこれ以上考えるのはよそう。


 さあ、今は千葉ダンジョンに集中しよう!


「くもくも、あれを見て!」

「えっ、どうしたの?」


 探索者たちが大挙して逃げ出していた。

 何かがあったのは間違いない。


「チョコレートの大雨かな」

「そのくらいで、あんなに大慌てしないでしょ」

「なら、モンスターだね」


 案の定、探索者たちの後ろをたくさんのモンスターが追いかけていた。

 真っ赤な服を着たブリキの兵隊だ。手には可愛らしい銃剣をもっている。

 スマホのアプリで『鑑定』してみよう。


◆マジカルソルジャー 種族:機械

属性 :聖

弱点 :闇

力  :4

魔力 :15

体力 :5

素早さ:5

器用さ:8

硬度 :10


 このモンスターはジャイアントグミやマシュマロフラワーより強いぞ。

 初心者たちが逃げ出すのもよくわかる。このモンスターが100匹以上の隊列を作って襲いかかってきたら、とりあえず逃げるだろう。

 仁子さんが様子を見ながら、しみじみと言う。


「ほのぼのしちゃうわね」

「逃げている探索者は絶対にそんなことを思っていないよ」


 俺たちが見守る中、マジカルソルジャーが放った銃弾がこっちに飛んできた。

 しかも、威力は本物の銃とかわらなかった。

 攻撃力が思った以上に高いぞ! これはステータスではわからなかったことだ。

 武器を持っているモンスターと出会うのは、今回が初めてのことだった。


 普通に鑑定したのでは、モンスターのステータスだけで、持っている武器まで確認できない。

 俺は改めて、マジカルソルジャーが持っている銃剣を『鑑定』してみた。


◆マジカルライフル 種類:銃

攻撃力 : 150

属性  : なし


 おいおい! 1桁、2桁のステータスのモンスターが持っていい武器ではないぞ!

 殺意が高すぎだ。

 現実の世界でも、銃は強いし……このくらいは当たり前かな。


「くもくも、救援に向かいましょ! 早くしないと彼らが蜂の巣にされちゃう」

「うん。行こう!」


 マジカルソルジャーが一斉に銃剣を構えて、射撃準備をしていた。

 仁子さんは走りながら、俺に声をかける。


「くもくも、グラムを」

「はいよ!」


 俺から魔剣グラムを受け取った仁子さんは、大きくジャンプをした。

 そして着地したと同時に銃撃が始まった。


 彼女は探索者たちを守るために、銃弾をグラムで振り払う。


「やるな、仁子さん!」


 俺も負けてはいられない。走りながらミスリルソードを構える。

 いくぜ! 疾風迅雷!


 超高速でマジカルソルジャーの隊列に突っ込んで、一閃。


「それっ」


 マジカルソルジャーをすべて切り飛ばす。100匹以上が宙を舞いながら、ドロップ品に変わった。それらがアイテムボックスに自動回収されるのを見届けた後、俺は仁子さんに声をかける。


「怪我人はどう?」

「大丈夫。だれも大きな怪我はしていないわ」


 怪我をしている人も、慌てて転んで擦りむいた程度で済んだようだ。

 ダンジョン配信中に惨劇が繰り広げられると、視聴者たちにとっても良いことではない。

 間一髪で多くの初心者たちを救えた。視聴者たちも、「よかった」「ほっとした」と安堵していた。


 仁子さんのグラムをアイテムボックスにしまって、立ち去ろうとしていたら、初心者たちに呼び止められた。


「あの……先ほどはありがとうございました」

「助かりました!」

「僕もありがとうございました!」


 次々と堰を切ったようにお礼の言葉を言われてしまった。

 話してみると、俺と仁子さんと同い年くらいだった。高校生の探索者たちだ。

 一人の女性の探索者がもじもじしながら、仁子さんに言う。


「片桐仁子さんですよね。私、あなたに憧れて探索者になったんです」

「そうなの! 光栄だわ。でも実力にあったところでモンスターを狩ってね。あまり奥にいかないように!」

「はい、そうします!」


 彼女の目はキラキラしていた。仁子さんに指導されて、よっぽど嬉しかったのだろう。

 仁子さんのファンの子か。羨ましい限りだ。


 羨望の眼差しで見ていると、俺にも声をかける探索者がいた。

 活発そうな見た目を男の子だった。もしかして中学生だろうか。

 

「おい、お前はくもくもだろ?」

「そうだよ」


 もしかして、俺のファンだろうか。ちょっと生意気な感じだけど、サインでも欲しいのかな?


「やっぱりそうか。なら、アイテム持っているだろ、くれよ」


 最悪だった。助けてもらって、アイテムをよこせとは、図々しいにもほどがある。

 俺が肩を落としていると、その子は仁子さんにこっぴどく叱られていた。


 そして涙目になっていうのだ。


「このケチ野郎! クラスのみんなに、くもくもはケチだったって言いふらしてやるからな!」


 一向に構わん! 俺としてはどうぞ、どうぞと言う感じだった。


 彼は友達を引き連れて、ダンジョンの出口へ走っていった。なんだかんだいって、仁子さんの言いつけを守っているのは、子供だなと思った。


「困った子ね。探索者人気の弊害ってやつね。遊び半分で探索できるほど、ダンジョンは甘くないのに」

「あの子たち、結構いい装備していたね」

「自分で稼げる強さでもないし、親に買ってもらったんでしょ」

「すごい世の中だ……」


 探索者の装備は、主にモンスターのドロップ品から製造される。

 しかも武器となれば、その中でも特に高価だ。

 低ランクの武器でも十万以上はくだらない。あの子たちはそれを持っていたのだ。


 他の人はどうなのだろう。

 俺はちょっと気になって、近くにいた高校生らしき探索者に武器はどうやって手に入れたのかを聞いてみた。


「バイトで貯めたんです」

「えらい!」


 思わず、言葉に出てしまった。

 突然褒められた探索者は、「ど、どうも」といって照れていた。そして「くもくもに褒められた」と嬉しがっていた。


 助けた彼らは、仁子さんのアドバイスを聞き入れて、ゲート付近にいるジャイアントグミを狩りに戻っていった。


「素直に聞き入れてくれてよかった」

「探索のやり方がわかっていないのね。最近、予備知識もなくダンジョン探索に挑む人が多すぎるわ」

「人気なのも、問題だね。夏休みだから、もっと増えるかも」

「……頭が痛いわ」


 さっきのようなことが目の前でたびたび起これば、見逃すことができない俺たちは、ダンジョン救援隊になってしまうだろう。

 もうこれでは探索者ではなかった。やれやれと思いながら歩いていると、仁子さんが声を上げた。


「見て見て、下への大階段よ! キャンディーでできているわ」

「カラフル!」


 キャンディストライプで作られた大階段は、遠くからでもよく目立っていた。

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