第120話 勝負

 キャンディーストライプの階段は、思った以上にベタついていた。


「うああ、足に溶けたキャンディーがまとわりつく」

「たくさんの探索者が出入りしているから、踏まれて柔らかくなっているみたい」


 階段とは思えない柔らかな踏み心地に、楽しみながら俺たちは第二階層へやってきた。


「ここも探索者が多いね」

「上の階層よりは、経験がありそうね」


 見渡す限り、飴のダンジョンが広がっていた。足元に咲いている花も飴細工だった。


「この花は生きているかな?」

「植物というよりも、鉱物に近いかもね」

「やっぱり他のダンジョンと違うね」


 俺はそう言いながら、飴細工の花を摘み取ってアイテムボックスにしまった。これを持って帰って、両親に見せたら驚くだろう。期末テストが終わってからというもの、両親のダンジョンに対する考え方が軟化した。

 最近では、自らダンジョンの話題を俺に話してくることが多くなっている。


 だから俺もダンジョン探索のお土産を持ち帰って、話のタネにしていた。


「仁子さん、もしかして、向こうにある草原もすべて飴でできているのかな」

「行ってみましょ!」


 近づいてみると、やはり草原は飴で出来ていた。


「踏んでみると、ぱりぱりと砕けるよ」

「なんか癖になってしまいそう」


 砕けた飴の葉は地面に落ちると、すぐに吸収されてしまった。

 そして、俺たちが踏んだ草原がゆっくりと元に戻ろうとしていた。


「すごい再生力だ! まるで生きているかのようだね」

「ダンジョンの復元力ってところね。ほら、他のダンジョンでも壁とかを壊したら、しばらくして元通りになるじゃない」


 へぇ〜。この飴の草原もダンジョンの一部なのか。

 試しに葉を一枚摘み取って、食べてみた。


「ペパーミントだ。爽やか〜!」

「えっ、そうなの! 私も食べるっ」


 どうやら仁子さんはペパーミントがお好みのようだった。

 俺たちは葉っぱを咥えて、意気揚々と草原を進んでいく。


「風も出てきたね」

「すごい爽やかな香り!」


 素晴らしい場所だ。心が落ち着いて、晴れやかになる。

 ただ気になったのは、探索者があまりここにいないことだった。


 ちらほらと見かける程度で、その探索者たちのすべてがしっかりとした装備でかためていた。


「仁子さん、様子がおかしい」

「そうね。もう始まっているみたいね」


 仁子さんは俺に背中を預けて、いつでも戦えるように構えた。

 俺もすぐにミスリルソードを鞘から抜いて、辺りを見回した。


 風で揺らぐ草原がただ続いているだけだった。

 モンスターの気配は感じられない。

 それでも仁子さんは長年の経験から感じるものがあったようだった。


「たまにいるのよ。気配が消せる頭の良いモンスターがね」

「ってことは、もう囲まれている!?」


 そう思った矢先、地面から一匹のモンスターが飛び出して攻撃をしてきた。

 ずんぐりとした体躯に斧を持っている。


「このっ!」


 俺は斧を躱して、ミスリルソードを叩き込む。硬い!?

 服の下に鎧を着込んでいたのだ。


 それでも力任せに剣を押し込むと、両断することができた。


「くもくも、ステータスのギアを上げたほうがいいんじゃない?」

「まだまだ、これからさ」


 俺はステータス頼りではなくて、ちゃんとした技術がほしかった。そのためには、安易にギアを上げて、ゴリ押しするわけにはいかなかった。


 それに配信で、明らかに格下のモンスターにドヤ顔で無双するのは……恥ずかしかった。


 潜伏が失敗に終わったことで、俺たちの周りに隠れていたモンスターたちが一斉に姿を現した。


 俺はすかさず、スマホのアプリで『鑑定』した。


◆シュガードワーフ 種族:亜人

属性 :土

弱点 :なし

力  :20

魔力 :5

体力 :15

素早さ:5

器用さ:10

硬度 :20


◆シュガーアックス 種類:斧

攻撃力 : 20

属性  : 甘味


 やっぱり硬度が第一層のモンスターよりも高い。

 ステータスも全般的に強くなっている。あまり探索者がいない理由がはっきりしたな。

 武器はそれほど強くない。属性が甘味というが気になるくらいだ。


「見つけた!」


 このモンスターは、ミラクルキャンディーをクラフトするために、必要なドロップ品を落とす!


 よしっ、やる気がみなぎってきたぞ!


「仁子さん、このモンスターのドロップ品がクラフトに必要なんだ」

「ちょうどいい感じにたくさんいるじゃん。なら、久しぶりに競走しましょう!」

「いいね! どっちが多く狩れるか、勝負だ!」


 俺と仁子さんは、互いにカウントを始める。


「3」

「2」

「1」

「「スタート!」」


 俺のミスリルソードは、血に飢えているぜ! ……なんてな。

 真面目に狩らないと、仁子さんにいとも容易く負けてしまう。


「セイッ、ヤー! セイッ、ヤー! ヤッヤッヤー!」


 高速7回斬りだ。俺はバッサバッサとシュガードワーフを倒していく。

 最初は、力任せになっていた鎧の両断も、数を重ねることには豆腐のように切れるようになっていた。


 視界の隅で、シュガードワーフが弓を引いていた。斧以外にも武器を持っていたようだ。

 放たれた矢を手で受け止めて、投げ返す。シュガードワーフの脳天に突き刺さって、ご昇天だ。


 俺たちの大暴れにモンスターは屈することなく、救援を呼び始めた。


「くもくも、左から増援!」

「200匹くらいはいるね」

「お先に狩らせてもらうね」

「あっ、ずるい」


 仁子さんは見つけたのは私だとばかりに、群れの方へと大きくジャンプした。

 その勢いのまま、モンスターたちに突っ込んだ。草原はシュガードワーフたちを巻き込んで爆散した。


 アイテムボックスには、今倒して得たドロップ品が157個も入ってきた。一気に仁子さんの独壇場になってしまった。


 その後も、俺がミスリルソードを振るっている間に、仁子さんは豪快な戦いを続けていた。

 モンスターを狩った数は、みるみるうちに差をつけられていった。


「やっと終わったわね。結果を聞かなくても私の勝ちね」

「負けたよ」

「くもくもは、どうして魔法を今回は使わなかったの?」

「最近は剣術に凝っているんだ」

「ああ、そういうこと。毎朝、鍛錬しているって聞いているわよ」


 おしゃべり母さんめ。仁子さんに秘密でこっそりトレーニングが台無しだ。


「ほら、レーヴァテインをゲットしたからさ。ちゃんと扱えるようになりたいんだ」

「扱いが難しそうな剣だものね。重さは慣れたの?」

「慣れたよ。扱いはまだまだ」


 自分の体重よりも、はるかに重い剣は扱ったときの重心移動がとてもシビアなのだ。

 少しでも間違えると、剣に引きづられてしまう。

 今は獣神移動の感覚を体に刻み込んでいるところだ。天空ダンジョンの探索が始まるまでには、完全にものにしたいと思っている。


 さてと、ドロップ品であるシュガードワーフの斧はたくさん集まったことだし、次なるモンスターを探そう!

 歩き出す俺の袖を仁子さんが引っ張った。


「ちょっと忘れているかな」

「あはは、もしかして勝負のこと?」

「そう、私が勝ったのだから、くもくもに何かしてもらわないと!」

「いつ決まったのそんなこと!?」

「今決まりました。勝者の私によって」


 一体、何をお願いされるんだろうか? 魔剣グラムの更なるパワーアップかな。

 悩める俺に仁子さんが言う。それはこの探索が終わってからのお楽しみだと。

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