第121話 飴の街

 飴の草原を超えたところで、他の道から迂回してきた探索者たちがゾロゾロと歩いていた。その先に、メルヘンチックな建物がたくさん並んでいた。


「あれもすべて飴で出来ているのかな」

「テカリ具合から飴っぽいわね」

「これは観光名所と言いても良いじゃない」


 飴の街は、多くの探索者たちで賑わっていた。

 信じられなかったのは、ここで出店をしている人たちがいたことだった。


「商売とはすごい!」

「そういうくもくもも販売ゴーレムで商売しているでしょ」


 そういえばそうだった。販売ゴーレムは24時間365日のフル稼働だ。

 今日も元気にアイテムとドロップ品を交換しているはずだ。


 最近の購買状況を思い出していると、仁子さんが得意げな顔で言うのだ。


「販売ゴーレムをどんどん増やしているみたいね」

「すごい需要なんだ。特に新宿と知床のダンジョンが人気で、販売ゴーレムを追加設置しても追いつかない感じかな。でもあんまり置き過ぎると、販売ゴーレムだらけになって景観を損ないそうだし」

「悩みどころってわけね。ちなみにミラクルドロップが有用なアイテムだったら、ここにも販売ゴーレムは置くのかな?」


 その言葉を聞いた視聴者たちは大いに盛り上がった。

 このところずっと新しい商品を扱う販売ゴーレムを設置していなかったからだ。

 コメントには、「新商品きたー!」「待ってました」「さすがダンジョン神」などという書き込みが流れていく。


 まだどのような力を持ったアイテムなのか、わからないのに気が早い視聴者たちだ。

 中には千葉ダンジョンへ向かおうとする者までいた。


「皆さん、落ち着いてください! まだ販売ゴーレムを設置するとは決まっていません」


 ただでさえ探索者で溢れかえっている千葉ダンジョンに販売ゴーレムを設置してもいいのかな? アイテムを求める人たちが加わったら、まともに探索やモンスター狩りができなくなりそうだ。


 悩める俺に仁子さんは、小声で言うのだ。


「今更よ。ダンジョン神が探索したダンジョンは大人気なんだから」


 もう手遅れということかな。

 それでもミラクルキャンディーが良いアイテムじゃないと、販売ゴーレムは設置しない。これは俺のポリシーだ。


 俺が固い決意を抱いていると、仁子さんの興味は飴の街へと移っていた。


「くもくも、あの家は魔女が住んでいそうね」

「えっ、ちょっと待って。先に進みすぎだよ」


 仁子さんが見ていたのは、周りの建物とは一線を画するものだった。

 色使いがおどろおどろしい感じで、古びた家には草木が至るところに生えている。


 他の建物は、綺麗に装飾されているのになぜこれだけ?


「誰かいるのかな? ドアをノックしてみる」

「いるとしても、絶対にモンスターだよ」

「お化けのようなモンスターかな。それともトロピカルマタンゴかも!」


 俺には古びた家に、クラフト材料を落とすトロピカルマタンゴがいるように思えなかった。

 触らぬ神に祟りなし! 明らかにトラップに見える。

 そっとしておくのが吉だ。


 視聴者たちは中を見たそうだったけど、安全第一である。


「出店に行ってみようよ」

「しかたないな。くもくもがそういうなら諦めるか」


 仁子さんは残念そうだったが、出店を前にしてすぐににっこり顔だ。


「いらっしゃい! たこやき、たい焼き、焼きそば、飲み物をたくさんあるよ」

「すごいね、おじさん! よくこんなところで商売しようと思ったね」

「それは儲かるからさ。探索者は羽振りがいいからな。値段は高いが味は保証するぜ」


 確かに値段は2倍から3倍くらいしている。

 でもこのような危険な場所なのでこの金額もしかたないだろう。


「なかなかの戦略ね。ひと暴れした後だと、塩気のあるたこ焼きが美味しそう」

「そうだろ、そうだろ。腹が減っては戦はできぬ。嬢ちゃん、買っていくかい?」

「5パック頂戴!」

「おっ、すごいね。そちらの彼氏さんはどうするかい?」


 か、彼氏!? 俺は動揺して、「仁子さんと同じ」と言ってしまった。


「二人ともよく食べるな! ちょっと待ってくれよ。すぐに用意するからな」


 甘い香りのダンジョンに、ソースの良い匂いが漂っていく。気がつけば俺たちの後ろにたくさんの探索者が列をなして並んでいた。


「はいよ。お待たせ! 冷めないうちに食べてな」


 代金を渡して、たこ焼きが入ったパックを10個受け取った。


「まさか、ダンジョンで出来立てのたこ焼きが食べれるとは」

「他の店も後で回ってみましょ」


 とりあえず、腹ごしらえだ。すこし進むと飴の街の中心部あたりに、公園があった。


「ここで食べよう」

「ちょうど良いベンチがあるじゃん」

「仁子さんちょっと待って」


 飴のベンチにそのまま座ると、装備が汚れてしまう。アイテムボックスからシートを取り出して、ベンチにかけた。


「はい、どうぞ」

「気がきくわね。さすがはダンジョン神」

「仁子さんの分だよ」


 パックを開けると、湯気が立ち上った。ソースの香りと鰹節の香りが合わさって、食欲

をそそる。添えられた爪楊枝で、たこ焼きを突き刺して、口に運ぶ。


「あつあつあつ! ……美味しい!」

「くっ〜、沁みるわ」


 俺が一個一個を味わっているうちに、仁子さんはパクパクと平らげていく。どうやら、彼女にとってたこ焼きは飲み物なのかもしれない。


「全部食べちゃった。あら、くもくもはまだ残っているね」

「仁子さんが早過ぎるんだよ。よかったら、俺の分も食べる?」

「悪いわよ。でもそういうのなら、いただきます!」


 結局、俺が1パック、仁子さんが9パックを食べた。

 1パックに入っているたこ焼きは8つなので、仁子さんが食べた数は……。


「仁子さんって前から思っていたけど、よく食べるよね」

「コラっ、女の子にそんなことを言ったらダメ! でもほら、私って竜が混ざっている感じじゃない」


 彼女は頭に生えた2本の角を指さして言う。

 たしかに竜なら、たくさん食べそうではある。


 視聴者たちは、仁子さんがたこ焼きを貪るところが見れて、大満足だったようだ。「もっと食べて」というコメントばかりでリクエストが多い。


「ふぅ〜、お腹がいっぱいになったら、喉が渇いてきちゃった」

「なら、お茶でも飲む?」


 俺はアイテムボックスから冷たいお茶が入った水筒を取り出した。


「くもくもってなんでも持っているわね」

「うん、そうだよ」

「否定はしないんだ」

「さすがに車とか船や飛行機のようなものはないよ。日用品と食料からキャンプ用品くらいかな。遭難しても、しばらく間は生活できるようにしているんだ」

「もしかしてアイスもある?」

「あるよ!」


 キンキンに冷えた濃厚なアイスクリームを仁子さんに渡した。


「ダンジョンでアイスクリームを前から食べてみたかったのよ。ありがとう!」


 仁子さんの食欲は止まることをしらない。アイスクリームをぱくぱくとあっという間に完食してしまった。そして、最後の締めとして、水筒に入ったお茶を腰に手を当てて一気飲みだ。


「ぷっふぁ〜、ごちそうさまでした!」


 仁子さんの言葉と同時に、飴の街で爆発音が鳴り響いた。

 そして、探索者たちの悲鳴が続々と聞こえてくる。逃げ惑う探索者たちを追いかける古びた家!?


 よくみると、家の下からいくつもの足が出ている。まるでヤドカリの超巨大版だ。

 探索者の一人が走りながら、大声で周りに危険を知らせる。


「巨大キャンディーミミックが出たぞっ!!」


 仁子さんが入ろうとした古びた家は、まるごとモンスターだった。

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