第122話 キャンディーミミック
キャンディーミミックは探索者を食べようと、大暴れだ。
露店の人たちは大丈夫だろうか。
「すごい逃げ足ね」
「手慣れている……」
すでに店じまいして、逃げ出していた。遠くの方で屋台車を引く集団が爆走中だった。
「ああ、せっかく他の店も覗きたかったのに、許せないわ!」
「ということは?」
「戦うに決まってるでしょ」
足を出して立ち上がったキャンディーミミックは、一般的な二階建て住宅よりも大きかった。
しかも、分厚い飴の家に守られており、剣や弓では中身まで届かないだろう。現に勇気ある探索者たちが攻撃しているけど、全く歯が立たない状態だ。
極め付けは、鋼鉄のように固そうな足や腕だ。タラバガニを思わせるような長さを器用に操って、探索者たちを蹴散らしていた。
戦う前に恒例となっている鑑定をしておこう。どれどれ……。
◆キャンディーミミック 種族:ミミック
属性 :土
弱点 :火
力 :110
魔力 :60
体力 :135
素早さ:20
器用さ:100
硬度 :50
うん。もしかしたら、ここにいる探索者だと倒せないかも。
いままでのモンスターとは、ステータスの桁がちがう。
露天の人たちが、脱兎の如く逃げ出した理由もよくわかる。これは初級ダンジョンで出現する雑魚モンスターではない。中級ダンジョンで出会うモンスターだ。
弱点は炎か……。
炎魔法メルトはどう考えてもやり過ぎだろう。周りにいる探索者も巻き添えにしていまう。
ここは、久しぶりにボルケーノを使うときかもしれない。
だが、今回の剣術縛りでいくと決めている。
悩める俺をおいて、仁子さんが先行した。
「お先に! くもくもは見学していてもいいわよ」
「あっ、それはずるい」
俺はステータスをギア2に調整して、ミスリルソードを鞘から抜いた。
すぐに仁子さんを追いかける。
彼女は高く飛んで、キャンディーミミックに拳を叩きつけた。
バッコンという音と共に、屋根が大きく欠けた。
「よしっ、この調子でいくわよ」
余裕の仁子さんの周囲には、壊れた屋根の残骸が飛び散っていた。
そして残骸はどろりと溶けて、仁子さんを覆い尽くした。
「仁子さん!?」
水飴のような粘度となった飴によって、身動きが取れなくなってしまった彼女は地面に落ちていった。
俺はミスリルソードを鞘に収めて、滑り込む。彼女が地面に衝突する寸前でキャッチに成功する。
「危なかったね」
「どろどろだわ」
「俺もだよ」
仁子さんを受け止めたことで、飴が俺の腕にもまとわりつく。
「もう最悪……髪にまでついちゃった」
「このモンスターは別の意味でやっかいだね」
「もう! くもくもの炎魔法で焼き払ったら」
「ダメだよ。今日は剣術の日だよ」
仁子さんのテンションはだだ下がりである。
あの溶けた飴を頭から被ったら、そうなるよね。
俺が頑なに魔法を拒むものだから、彼女は新たな提案をしてきた。
「ギア5で一気に倒すこと! ちまちまとやっていると周りの被害がすごそうだし」
そう言って、仁子さんはさきほどキャンディーミミックと戦った場所の近くを指差した。
おおおおっ、逃げ惑う探索者たちが、溶けた飴に突っ込んで身動きが取れなくなっているじゅないか!?
もがけば、もがくほどに飴が体に絡み付いて大変なことになっている。
「助けてくれっ!」
「いやあああああぁぁ、誰か!」
「飴に溺れる!」
悲惨すぎる。
「あれがキャンディーミミックの戦い方なのよ。自分を攻撃させて、溶けた飴を相手にぶつけて身動きを取れなくしてから襲うの」
「なら、早く助けないとね」
「助けるのは私がするから、くもくもはキャンディーミミック担当ね」
「それって単に戦いたくないだけでは」
「私のこの姿を見なさい!」
飴でどろどろだった。彼女は言いたいのだ。私をこれ以上どろどろにする気なのと。
俺も漢だ。ここは進んで飴を浴びよう。
「わかったよ。彼らを頼んだよ」
「了解」
俺と仁子さんは頷き合って、キャンディーミミックへ駆け出した。
俺はステータスをギア5に変えて、天使モードに。仁子さんも竜の翼を生やして、本気モードだ。
鞘からミスリルソードを抜いて、キャンディーミミックの足を切り払う。
鋼鉄のように固くとも、ギア5の圧倒的なステータスの前では豆腐だ。
バランスを崩したキンディーミミックは横転して、派手に転がった。
「仁子さん、退避はまだ?」
「飴に絡まって、なかなか取れないのよ。こうなったら、えいっ!」
仁子さんは探索者たちがいる地面をくり抜いて、持ち上げた。そして、そのまま離れたところへと飛んでいった。なんていう、豪快な救助なんだ。
おっと見惚れている暇はない。今も起き上がろうともがいているキャンディーミミックへ向けて、全力の振り下ろしを叩き込む。
「チェーストっ!」
家ごとキャンディーミミックを両断した。さらには超音速を超えるスピードで叩き込んだ衝撃で、肉片一つ残らず吹き飛んだ。
ドロップ品へと変わり、アイテムボックスに回収される。
一件落着と思いきや、俺の頭の上には、家を吹き飛ばしたときに発生した大量の残骸が舞っていた。しかも、キャンディーミミックが置き土産とばかりに、溶かしてくれていたようだ。
俺は見上げながら、頷いた。
「こうなるって思っていたけどね。さあ、来い。受け止めてやる!」
溶けた飴が大雨のように降り注ぐ。もうどろどろを超えていた。
ステータスはギア5だけあって、身動きはちゃんと取れる。問題は目を開けられないし、息もできないことくらいだった。
おそらくスライムの中に閉じ込められたら、今と似たような感じなのかもしれない。
飴の豪雨から抜け切ったときには、全身がしっかりと分厚い飴でコーティングされていた。
そして冷えて固まって、くもくもキャンディーの出来上がりである。
「くもくも、やったわね。探索者たちも無事よ」
「……」
「ちょっと飴から出てきて!」
ふん! 張り付いて固まった飴を、体を無理やり動かすことで一気に破壊する。
「飴から生まれたように見えたわ」
「固まったら剥がしやすいね」
「仁子さんも、飴がほとんどとれているね」
「私も同じことをしたから。それでも取れなかったら、くもくもに焼き払ってもらう予定だったの」
さすがは仁子さんだ。シャワーを浴びて綺麗になろうではなく、焼き払うとは……。
並の探索者とは発想が違う。
仁子さんはサラサラになった髪をかきあげながら、飴の街を見回した。
「廃墟になっちゃったね」
「キャンディーミミックが大暴れしたからね」
そう言うと、視聴者たちが一斉にツッコミを入れてきた。「犯人はダンジョン神」「主にダンジョン神がやりました」「確信犯ですね」とか言いたい放題だ。
せっかく犯人をキャンディーミミックのせいにしたのに台無しである。
破壊した飴の街は、ダンジョンの力によって修復されていった。
元通りになった頃には、新たにやってきた探索者たちで溢れかえっていた。彼らはここでキャンディーミミックが暴れていたことなど知る由もない。
露天の人たちも、何食わぬ顔で戻ってきていた。そのうちの一人のおっさんが話しかけてくる。
俺たちがたこ焼きを買った店の主人だった。
「強いね、二人とも! 遠くから見させてもらったよ」
「キャンディーミミックが襲ってくるのはいつものことなんですか?」
「ああ、そうさ。でも今回はとんでもない大物だったな。いつもなら、もっと小さいんだよ。ほら、あそこを歩いているだろ」
おっさんが言う場所を見ると、小さな家を背負ったキャンディーミミックがてくてくと歩いていた。
「あのくらいのうちに探索者が狩っていくんだ。たまに逃れるのがいてな。大きくなることがあるんだ。さっきのは初めて見たけどな」
「成長するモンスターか」
「千葉ダンジョンにいるモンスターは、他とは違って一風変わっているって話だ。あんたらなら大丈夫だと思うけど、気をつけな!」
俺の肩をポンポンと叩いて、おっさんは自分の露天へと帰っていった。
目の前をそそくさと小さなキャンディーミミックが通り過ぎようとしていた。
俺は危険因子を見逃すことなく、踏みつける。
アイテムボックスにはドロップ品『キャンディーミミックの足』が収まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます