第117話 メルヘン
行く先が決まった。千葉ダンジョンだ!
俺はアプリを使って、私服から探索者の装備へと衣装替えだ。
「八雲くんのそれ、本当に便利よね」
そう言いながら、仁子さんは自分専用の部屋へと入っていった。
しばらくして、彼女も探索者の装備に着替えて出てきた。おや、グローブが新しくなっている!?
「仁子さん、それって新調したの?」
「そうよ。このグローブはフェンリルの銀爪を仕込んでいるの。かなりの破壊力よ」
「拳系だものね」
「まあね。モンスターが強くなっているから、できることはしておかないと」
仁子さんは華麗なステップで拳を連続で突き出した。
うん、キレのある良い動きだ。ヨルムンガンドとの戦いで、さらに強くなったのだろう。
俺も強くなっているけど、慢心はよくない。探索者としては絶対にしてはいけないことだ。
それでも、今日のダンジョンは心が躍ってしまう。
「じゃあ、ポータルを開くよ」
「おねがいしまーす!」
スマホのアプリからポータルを選んで、ダンジョンの一覧を表示させる。
えっと……千葉ダンジョンは……あった!
俺たちの目の前で、光の柱が出現して、次第に輝きを増していく。
粒子を撒き散らしながら、光の柱は黄金色へと変わる。
「よしっ、つながったよ」
「メルヘンの世界に」
「「レッツゴー!」」
俺と仁子さんはダンジョンポータルの中へ飛び込んだ。
「やってきたわね。メルヘンダンジョン!」
俺たちは千葉ダンジョンのゲートから入った探索者と同じように、第一階層の最初の場所へきていた。
さきほど俺たちが出てきたゲートからは次々と探索者たちが現れていた。
「やっぱり、夏休みだからか多い」
「そうね。ちらほらと私たちを同じ年齢の探索者もいるわ」
「装備がちょっと心配だけど……」
今は中高生の間で探索者という職業が大人気になっている。
以前から人気だったのだけど、最近の勢いは凄まじいものがあった。
もちろん、それに比例するようにダンション配信者を目指す人も多くなっている。
「タルタロスギルドでも応募をしてくる人がとても増えているわ」
「それは良い話だね」
「そうも言ってられないのよ。結構、探索もしたこともない超初心者が多いから」
タルタロスギルドでは、募集上限をランクC以上の探索者に絞り込んでいるそうだ。
それだけ、応募者が殺到しているという。
「昔はもっと募集上限が低かったのだけど……」
「人が増えると競争も激しくなるし、ギルド運営も大変そうだね」
「コラコラ、八雲くんもダンジョン関係の会社を立ち上げていることを忘れてもらっては困りますねっ」
「あははは……全くその通りです」
のんびりと初心者たちの探索を眺めていたら、アプリからの通知を見逃していたようだ。
どれどれ、今日のクラフトレシピは……。
◆ミラクルキャンディーの素材
・ジャイアントグミの欠片 ✕ 10
・シュガードワーフの斧 ✕ 10
・トロピカルマタンゴの果実 ✕ 10
おおっ! よさげなアイテムの予感!
久しぶりの消費アイテムに、俺の中で期待値が上がっていく。
「どう? 何をクラフトするの?」
「えっとね。ミラクルキャンディーってのをクラフト予定だよ」
「なにそれ」
俺もクラフトしてみないと、よくわからない品物だ。
とりあえず、仁子さんにクラフトに必要なドロップ品と数を伝えた。
「完成してのお楽しみね」
「できた時は、最初に仁子さんが食べてみて」
「それは八雲くんが食べたあとにするわ。そういうところは慎重なの」
ダメだったか。俺よりも仁子さんの方が、食べ物の表現力があるので、視聴者が盛り上がると思ったのに残念だ。
男がキャンディーを舐める仕草に需要があるのだろうか……断られた以上、仕方あるまい。
俺はアプリからLIVE配信の『開始』ボタンを押した。
「おはようございます! 今日は……なんと! メルヘンなダンジョン! 千葉ダンジョンに来ています! 見てください。第一階層は、お菓子で出来ています。あの壁はクッキー。あちらの床はチョコレート。その横にある泉は甘〜いソーダ水です」
「もちろん私もいますよ! おはよう! 最近、大人気のダンジョンで楽しんでいきます」
「探索をしながらドロップ品を集めて、定番となっているアイテムクラフトもします!」
俺は集めるドロップ品を説明していく。
「では、ミラクルキャンディーを完成させるため、頑張って探索していきます!」
コメント欄はすでに盛り上がっていた。いきなりのゲリラ配信だというのに、すでに視聴者の数は20万人を超えていた。さすがは夏休みだ。視聴者の数が多い。
視聴者の数が増えれば、問題のある書き込みも相対的に増えていく。
そこへ颯爽と現れたのはモデレーター「クマちゃん」だった。すぐさま注意喚起をして、それでも書き込みをやめない者たちをブロックしまくっていた。
視聴者たちからは鬼熊と呼ばれて恐れられつつも、健全なコメントを維持してくれる存在として認められているようだった。
氷室さんは、今日もよい仕事をしてくれる。
彼女のおかげで俺と仁子さんは安心して、LIVE配信ができるというものだ。
「さあ、どんどんドロップ品を集めていきます。まずは手始めに、ジャイアントグミです」
ちょうど、ジャイアントグミが俺たちのところにぴょんぴょんと跳ねながらやってきた。このモンスターはスライムのように透明だけど、違いがある。
動きからわかるように、すごく弾力があるのだ。
並の剣撃では跳ね返されて、傷をつけるのも難しいくらいだ。周りの初心者たちは、跳ね回るジャイアントグミに決定的なダメージを与えられずに翻弄されていた。
さてと、俺はスマホのアプリで『鑑定』した。最近はうまく鑑定できないことが多かった。今回はどうだろうか?
◆ジャイアントグミ 種族:グミ
属性 :聖
弱点 :闇
力 :5
魔力 :1
体力 :15
素早さ:3
器用さ:1
硬度 :10
やった! ちゃんと鑑定できたぞ!
ステータスは、新宿ダンジョンのブルースライムより少しだけ強いくらいかな。
これなら初心者でも安心して倒せるだろう。
ステータス全開にした俺と仁子さんなら、小指だけで倒せる。
それはあまりにもオーバーキルなので、俺はステータスをギア1として省エネで戦うことにした。愛剣となったレーヴァテインのお披露目は、もう少し先になりそうだ。
俺はアイテムボックスから、ミスリルソードを取り出した。
「あら、くもくも! その剣でいくの?」
「そうだよ。レーヴァテインを使ったら、周りの探索者に被害が出てしまうから」
「うん、そうね。なら、私もグラムはなしでいこうっと」
難関ダンジョンを突破した俺たちにとっては、生ぬるいモンスターだ。
それでも戦うだけが、ダンジョンの楽しみ方ではない。
今日はメルヘンダンジョンの世界観を楽しむのだ。
ダンジョンによって日頃の疲れを癒す。これは探索者にとって休息なのである。
「初心に返って、楽しもう」
「なら、私がそのジャンボグミをもらうわ」
「横殴りはダメだよ。それにジャンアントグミが正しい名前だよ」
色とりどりのジャイアントグミが跳ね回る第一階層で、お菓子の世界に囲まれながら俺たちの癒しの時間が始まった。
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