第116話 見送り

 朝食を食べた俺と仁子さんは、母さんを送り出した。そのあと、遅れて起きていた父さんの朝食を作ってあげていた。

 それはもちろん俺のダンジョンカレー改だ。この間作った内容に新たな香辛料をさらに追加して、カレーの定番具材であるニンジンとじゃがいもを入れたものだ。

 具材の追加は父さんのリクエスト。香辛料の追加は俺の趣味だ。

 香辛料の材料はレッドホットフィッシュという魚のモンスターの鱗を使用している。

 名前が指し示す通り、激辛香辛料だ。


 通称レッドホットカレーは、赤薔薇のような色をしている。見た目からして、とても辛そうで、食べたら口が痛むほど辛い。

 俺の体感だけど、通常のカレーの1000倍といったところだ。


 俺は電子レンジで冷凍していたレッドホットカレーを解凍する。

 その間に皿にご飯も盛り付ける。そして温まったカレーをかけた。


「はいどうぞ!」

「おっ、すまんな。これを食べないと一日が始まらんな」

「とうさんはこれが好きだね。もう4日連続だよ」

「一週間はいける」


 どれだけカレーが好きなんだ。

 父さんはレッドホットカレーと中級ポーションの力によって、過酷な一日の中で馬車馬のように働くという。


「辛さで目がスッキリだ」

「母さんは人間の食べ物じゃないって言っていたけど」

「この辛さは、母さんには早すぎるからな」


 このカレーを味見した母さんは口を手で押さえて、もがいていた姿が今も忘れられない。俺と父さんはその姿を見て、めちゃくちゃ大笑いしたけど、その後母さんにめちゃくちゃ怒られた。


 父さんは中級ポーションを仁子さんと一緒になって、腰に手を当てて一気飲みした。

 そして身支度を済ませて、脱兎のごとく出勤していった。


 俺と仁子さんが車に乗った父さんを見送っていると、ログハウスから氷室さんが出てきた。


「もう行くんですか?」

「はい。帰りは明日になると思います。今日はダンジョン探索されるんですか?」

「そのつもりです。特にまだ時間は決めていないんですけど」

「開始するときはお知らせください。できる限り、サポートします」

「そんなに無理されなくても……」


 最近の氷室さんは働きすぎだ。


「安心してください。私にはこれがあります!」

「うああ、すごい数の中級ポーション」


 仁子さんが声をあげてびっくりする。

 中級ポーションがびっしりと入った大きなカバンを氷室さんが見せたからだ。


「私はこれで疲れ知らずです。その気になれば、24時間戦えます!」

「誰かさんと似たようなことを言ってる……」


 仁子さんは目を細めて、俺を見ていた。あのときは気を使わせてしまい、申し訳ありません!

 俺は期末テストとダンジョン探索を完璧に両立するために、中級ポーションを使って眠らない暴挙に出た過去があった。

 まさか、それを引き継ぐ者が現れるとは誰が想像できただろうか!


「氷室さん、それだけはやめてください。中級ポーションを没収しますよ」

「そ、それは非常に困ります! これなしではもう無理なんです!」

「八雲くん、大変よ! これって中毒症状かも!?」


 そんなはずはない。俺は自分の身をもって、中級ポーションを幾度となく試している。

 連続使用しても、大量摂取しても、全く害にならないはずだ。

 悩める俺の目のまでjは、仁子さんが氷室さんから中級ポーションを取り上げようとしていた。


「やめてください! 中毒になっているわけではないんです!」

「どういうことですか?」


 氷室さんは少し恥ずかしそうに口をひらく。


「これを一日3本飲むことによって、少しだけ若返るのがうれしくって……」

「なるほど」


 これは母さんと同じ症状だ。

 中毒というよりも、依存してしまっている。

 このままにしておくと、中級ポーションが手放せなくなってしまう恐れがあった。

 母さんもしばらく飲むのをやめさせるのに大変だったのだ。


「やはり、取り上げましょう!」

「えええ! それだけは、どうか! それだけはっ!」

「八雲くん、私から見ても完全に依存しているわ」

「よし、仁子さん! 取り押さえて!」


 同性の仁子さんにお願いして、氷室さんを拘束する。

 俺は手から落ちたバックを拾い上げて、1本を残して中級ポーションをアイテムボックスにしまった。


「これは氷室さんのためなんです。わかってください」

「私は依存していません!」

「なら、これを見てください」


 俺は手にしていた中級ポーションを氷室さんの前で、右に左に動かしてみせる。

 それに合わせて、彼女が右に左に動くのだ。


「ダメですね。完全に中級ポーションを追っています。これがなくなるまで、渡せません」

「……うううぅぅ」


 氷室さんはがっくりと項垂れてしまう。そして、しばらくした後に顔を上げていう。


「そうですね。客観的にみて、私は東雲さんがいったように依存しているのかもしれません」

「さすがは氷室さん!」


 死戦を潜り抜けてきた元探索者だけある。ちゃんと自分自身を見つめ直すことも、できる人だった。


「で、では、私は出張に行きます」

「いってらっしゃい!」

「何かあったら、連絡してください」


 氷室さんは、ふらふらと歩きながら家の門を出ていった。

 少々、心配ではある。

 それでも出張から帰ってきたら、いつもの氷室さんに戻っていることを祈ろう。


「大丈夫かな、氷室さん?」


 仁子さんも心配そうだった。中級ポーションによる若返りは人によっては、とてつもない喜びを与えてしまう恐れがある。

 氷室さんが最近、日に日に若がっているなとは思っていた。それでも、しっかり者の彼女のことだから、ちゃんとしているんだろうと高を括ってしまったのだ。


 恐るべき中級ポーションの魔性の力だ。

 この依存性については西園寺さんに相談する必要があるだろう。


「うん。出張から戻ってきたら、いつもの氷室さんだよ」


 そう信じあって、俺たちはログハウスへ向かった。

 中はクーラーがよくきいていた。


 氷室さんが出かける前に、気を遣ってくれたようだった。仕事に支障をきたしていないほどの状態ならば、依存度は軽度。俺はほっと胸を撫で下ろした。


「今日は、どこのダンジョンへ行くつもり?」

「まだ決めていなんだよね」

「なら、今回は私が決めてもいい?」

「おおっ!」


 仁子さんのおすすめ!

 数々のダンジョンを攻略してきた彼女が選ぶダンジョンに、俺は興味津々である。

 活動的な仁子さんのことだ。難関ダンジョンを選択するかもしれない。

 それとも、強いモンスターがいるところだろうか。


 俺が想像を膨らませていると、彼女は意外な場所を口にした。


「千葉ダンジョンよ」

「まさか……そこは大人気の」

「通称メルヘンダンジョンね」

「一度行ってみたかったんだよ」


 千葉ダンジョンは辺境ダンジョンとも揶揄されるほど、モンスターの沸きも少なく探索するメリットがないところだった。

 それが一週間前に、突如としてダンジョンが大きく変化したのだ。


 今ではメルヘンチックなモンスターが闊歩する夢のテーマパークとなって、多くの探索者たちで賑わっている。

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