第115話 お芝居
俺は汗で体がびしょびしょだったので、シャワーを浴びて出てくると母さんは朝食を作り始めていた。
台所からフライパンでウインナーを焼く良い香りがする。
頭をタオルで拭きながら顔を出すと、仁子さんも手伝っていた。
トマトときゅうり、レタスを刻んでいる。サラダを作っているのだろう。
「何を物珍しそうに見ているのよ」
「料理が上手くなったなって思って」
「それだと下手だったように聞こえるけど?」
最初はまな板ごと刻んでいたので、途轍もない進化だと思う。
まあ、この話をこれ以上掘り下げたところで、得るものは何もない。
「早く、仁子さんが作ったサラダが食べたいな!」
「露骨に話を逸らしたわね。まあ、いいわ。八雲くんは席について待っていて」
俺も手伝おうと思っていたのに残念だ。ここは素直に座っておこう。
ヨッコラセっと!
「はい、冷えているわよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
なんだろうか、仁子さんがとても優しい。
彼女から受け取ったコップには冷たい麦茶が並々と入れられていた。
それをごくごくと一気飲みすると、仁子さんは満足そうな顔をした。
「ちょっと待ってね。もうすぐできるからね」
やはり優しすぎる……何かの前触れだろうか。
いやいや俺の考えすぎだ。彼女はいつも優しい。
俺のテーブルの前には、次々と食べ物が置かれていく。
こんがりと焼かれたトースト、瑞々しいサラダ、そして母さんによってしっかりと火が通った目玉焼き。そしてインスタントの味噌汁だ。
東雲家の朝食がそこにあった。
「父さんは?」
「まだ寝ているわ。昨日は遅かったみたいだから。ということで、いただきましょう!」
「「いただきます!」」
俺が目玉焼きに醤油をかけていると、
「八雲くん、私にも頂戴!」
「はい」
「ありがとう」
次にサラダにドレッシングをかけていると、
「八雲くん、私にも頂戴!」
「はい」
「ありがとう」
ん!? 気のせいかな。仁子さんが俺が使ったものを真似ているように思えた。
試してみるか!
俺は味噌汁に七味をかけていると、
「八雲くん、私にも頂戴!」
「はい」
「ありがとう」
いやいや、これは流石におかしい。仁子さんは味噌汁に七味をかけない。
そして、今も彼女はとてもニコニコしている。
「仁子さん、もしかして怒ってる?」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくいつもと違うから……」
すると、仁子さんは数回ほど頷いて、母さんに話しかけた。
「お母さん、ちょっと聞いてもらってもいいですか?」
「いいわよ。何かしら?」
なんだろう……この演技じみた二人の芝居は……。
「一緒にいつも仲良くダンジョン探索をしている人がいるんですけど」
「どの人がどうしたの?」
「昨日、私が留守をしているときに、勝手に天空ダンジョンの探索方法を決めてしまったんです」
「ええっ、それは酷い話ね」
「そうなんです。相談が全くないのは悲しかったです。さらに、決まったことの連絡が彼から来なかったんです」
「うああ、さらに酷い話ね。誰から教えてもらったの?」
「氷室さんです」
「つむぎちゃんからなの? 一体誰なのそんなことをするのは!?」
話が終わった後、仁子さんと母さんは俺の顔を見た。
すでに話の途中から、誰のことを言っているのかはすぐにわかっていた。ずっと火炙りにされている気分だった。
俺はテーブルに頭をつけて謝った。
「ごめんなさい。仁子さんに相談するべきでした。一緒に探索するパートナーに大変失礼なことをしました」
「ちょっと八雲くん。そこまで謝るのは求めていないわ。お母さん、やっぱりやりすぎですよ」
「あらまあ、あの人にはこのくらいしていたんだけど……。八雲には効果覿面すぎたみたいね」
まさか母さんの入れ知恵だったとは……。
二人で芝居を始めたときに気がつくべきだった。
それでも仁子さんに相談せずに、天空ダンジョンについての探索方法を決めてしまったのは、俺が悪かった。
そんな俺を見て、仁子さんは少々困った顔をしながら言う。
「氷室さんから聞いたわ、西園寺さんに迫られたんですって。忙しい彼女がわざわざ足を運んだのなら、八雲くんは断りづらかったでしょうね」
「連絡はするべきだったよ、ごめん!」
「済んだことはしかたないわ。他のギルドと協力しての探索ね。私はちょっと苦手なのよね」
仁子さんは豪快に暴れながらモンスターと戦うのが得意だ。
そうなってくると、周りに大勢の探索者がいたら、戦いづらい。
「たまには、そういう探索も経験しておくのもいいかもね。気遣いのできる女を目指すわ。今日はどうだった? ちゃんとできていた?」
なるほど、そういう理由で俺にあれやこれやと世話を焼いてくれていたのか。途中からは、俺が使う調味料をひらすら受け取っている感じだったけど……。
謎が解けてよかった!
「すごく気遣いだったよ。聖女仁子さんだった」
「ちょっと八雲くん、言い過ぎよ。角で刺すわよ!」
冗談混じりに仁子さんは頭の角で戯れてきた。
「痛っ、痛いって! 仁子さん!」
この角は危険すぎる! このところ息を潜めていたのに、まさか息を吹き返してくるとは……油断できない角だった。
そんな中で、母さんが軽く咳払いをした。
「ちょっと二人とも、そろそろ朝食を食べてもらえるかしら」
俺と仁子さんは顔を見合わせた後、少し恥ずかしくなってしまった。
そして母さんに元気よく返事をする。
「「はーい!」」
綺麗に朝食を食べ切った俺たちは、一緒に食器を洗っていた。
母さんは出勤の準備中だ。
「八雲くん、コップを取ってもらえる」
「はい。手際がいいね」
「ダンジョンで、よくやるからね」
「そうだ、ダンジョンといえば! タルタロスのギルドメンバーの救援はどうだった?」
「なんとかなったわよ」
そう言いながらも、仁子さんの言葉は歯切れが悪かった。
「たしか、厳島ダンジョンだったよね。あそこは、難度は中級だよね」
「いいえ、私が行ったときには上級に変わっていたわ」
「ええええっ! 難度が変わったの? それってダンジョンそのものが変化したってことだよね」
「うん。出現するモンスターもがらりと変わっていたわ。そのせいで、ギルドメンバーが動けなくなってしまったの」
俺たちがアラスカダンジョンで体験したことが、日本のダンジョンでも起こっていたのだ。
「今日はそのことを相談するために八雲くんの家にきたの。ついでにお土産物も持ってね」
「そうだったんだ。ギルドメンバーはみんな無事に救出できたんだよね」
「格上のモンスターばかりだったから、大怪我をしていたわ。でも八雲くんの中級ポーションのおかげで、後遺症なく元気よ」
仁子さんはそう言いながら、悩ましそうな顔をした。
「肉体的に元気になっても、精神面はね……。心が折れてしまったギルドメンバーがでてしまったわ」
ダンジョンの急激な変化。それに合わせた強力なモンスターの出現。
自分の力にあったダンジョンに挑んでいた者にとっては、恐怖でしかなかっただろう。
「私たちも気を引き締めて、天空ダンジョンに挑まないとね。今は何が起こるかわからない状況だから」
仁子さんは真面目な顔をして、俺の手をぎゅっと握った。
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