第114話 夏休み
夏休みに入ってから、俺のダンジョン探索できる時間が飛躍的に多くなった。
早朝のトレーニングとして、ランニングを50Kmほど。腕立て伏せ1000回、腹筋1000回、屈伸運動1000回をして軽く汗を流す。
そのあとは気が済むまで、剣の素振りだ。剣の扱い方を鋼牙さんが実演をしながら説明した動画をもらったのだ。とても参考になったので、俺はトレーニングメニューにすぐに加えた。
「セイっ、ヤァー!」
近所迷惑にならないくらいの音量で掛け声を出す。
田舎なので隣の家との距離は大きく離れているので、多少は大きな声を出しても大丈夫なはず。
早朝なら多少は暑さも和らいでいるので、絶好の運動時間帯でもあった。
俺が掛け声を連呼していると、家の門から氷室さんが挨拶してきた。
「おはようございます! 今日もお早いですね」
「氷室さんこそ、いつも早いじゃないですか。昨日は楽しめたんですか?」
昨日、西園寺さんが俺との契約を交わしたあと、久しぶりに時間が空いたとポツリと口にした。それを聞いた俺は、氷室さんと夕食を楽しんだらどうかと提案したのだ。
「久しぶりに思い出話に花を咲かせました。お気遣い、ありがとうございます」
「それはよかったです。俺はもう少し素振りをしています」
「では先にログハウスへ行きますね」
いつにも増して、スーツでビシッと決めた氷室さんは颯爽とログハウスの中へ入って行った。今日は大事な商談があると聞いていた。
彼女は、俺が集めてくる溢れんばかりのドロップ品を有効活用してくれる会社を、次々と開拓中だ。
俺も負けじと鋼牙さんと組んで、ダンジョン香辛料を大体的に売り出そうと画策中だ。今まで鋼牙さんは、香辛料の原料となるドロップ品の大量確保の難しさに頭を抱えていた。そこへ俺が加わることで、すんなりと解決してしまったのだ。
順調にいけば夏休み中には、商売を始められるだろう。今のダンジョン香辛料は、高級料理店くらいでしか味わえないものだ。それを一般家庭に届けるという大きな野望だ。
まずは俺のダンジョン配信の中で、地道な啓蒙活動をしていくつもりだ。
その香辛料を使った昨日のカレーは美味しかったなと思いつつ、素振りをしていると、玄関から母さんが出てきた。
「あら、八雲! 今日も頑張っているのね。感心、感心!」
「ゴミ捨て?」
「そうよ」
「手伝うよ」
俺は手に持っていたレーヴァテインを地面に置いた。
ズドーン!!
「きゃあああぁっ、なになに!? どうしたのよ」
母さんがあまりの衝撃音と地面の揺れに飛び上がってしまった。
「あっ、ごめん。この剣はちょっと重いんだ」
「ちょっとくらいの重さの剣を地面において、そんなことにならないでしょ。重さはどれくらいなの?」
「10トンだよ」
「えっ!?」
母さんがそれを聞いて、固まってしまった。
「おーい、母さん! 聞こえてる?」
「はっ、今おかしなことを聞いた気がして……疲れているのかしら」
「この剣は本当に10トンだよ。ほら、車もこのとおり、軽々だよ!」
「ひゃあああぁぁっ、八雲! どうしちゃったの、いつから力持ちさんを超えた存在になったの!」
「かなり前からかな。俺って探索者だし」
「探索者ってみんなそうなの?」
「みんなってわけじゃないけど、上位の人ならそうかもね」
「そうなの……知らないところで、どんどん成長してしまうわね」
母さんはなんだか考え深そうな顔をしていた。
「そういうわけだから、ゴミは俺が持つよ。10トンあっても大丈夫」
「ならお願いね。はい、10トンよ」
「おっ、これは重いね」
「そうでしょう、そうでしょ。家の中で集めるのも、大変なのよ」
「今度から手伝うよ」
俺がゴミを持って回収場所へ歩いていると、母さんが後ろからついてきた。
「どうしたの?」
「気にしない、気にしない」
「もしかして、ちゃんと捨てられるのかを見守っている?」
「本当に逞しくなったわね」
「それはもういいから、家に帰ってよ」
結局、ゴミ捨て場まで母さんは付いてきた。その帰り道、軽トラが路肩の溝にハマっていた。行く時はいなかったので、つい先ほど起こったばかりのようだった。
母さんは駆け寄って、事故を起こした人に話しかける。
「どうされたんですか? 佐々木さん」
「おや、東雲さんの奥さん。あと息子さんも」
近所で農家をしてる佐々木の爺さんだった。やはり最近は暑いので、早朝から農作業をしているみたいだ。
「獣が飛び出してきて避けようと思ったら、この通りさ」
「あらまあ、それは大変でしたね。そうだ、八雲に持ち上げてもらいましょう」
「ええっ、それは無理だよ。見た目は軽そうでも1トンくらいあるんだよ」
「それなら、うちの息子なら余裕です。八雲、お願い!」
困っているのは確かだし、まっいいか。
よっこらせっと! 俺は軽トラを持ち上げて、そっと道路に置いた。
「ひゃあああぁぁ! これはたまげた! すっごい力持ちさんだな」
「でしょ! うちの息子はすごい力を持っているんです」
「いやはや、しかも片手で軽々と! 最近の子供は昔とは違うな」
佐々木の爺さんは、すごく感心していた。そして、めっちゃ感謝されてしまった。
お礼に収穫されたばかりの野菜をもらってしまった。
軽トラは致命的な故障をしていなかったみたいだ。無事に佐々木の爺さんの家に向かって走り始めた。良かった、良かったと思って母さんを見ると、満足そうだった。
「さあ、帰るわよ」
「朝食は俺が作ろうか?」
「私が作るわ。八雲はダンジョン香辛料を使うから却下」
「でも美味しいでしょ」
「私はまだ認めないわよ」
母さんはまだケルベロスの牙とオークの耳で作った香辛料を入れたことを根に持っているようだった。嘘をついて食べさせた俺が悪いのだけど。
「ケルベロスはまだギリギリ許せるけど、やっぱり亜人は無理! 今度亜人系の香辛料を使ったら、お仕置きするから」
「わかったよ。だから許してよ」
とりあえず、母さんとは亜人を材料とした香辛料は使わないことで手を打った。
父さんは好き嫌いなしに、カレーならパクパク食べてくれるのにな。
カレーにケルベロスの牙やオークの耳が入っていることを聞いても、美味しいから良し! で受け入れてしまった。
それでも母さんのように材料に拒否反応を起こす人がいるので、ダンジョン香辛料を売り出す際には検討するべきだろう。
やはり初めは、母さんが言ったように亜人系モンスターを使った香辛料はやめておこう。
植物系モンスターの方が受け入れてもらいやすいかも?
なんて考えながら、家の門を通っていると、玄関先に仁子さんが立っていた。
「八雲くん、おはよう! お母さんもおはようございます!」
「あらあら、仁子ちゃん! おはよう。今日は早いのね。さあさあ、中に入って!」
「仁子さん、おはよう……って母さん」
仁子さんを見た母さんは喜んで、俺の挨拶が終わっていないのに、一緒に中に入ってしまった。
昨日会っていないだけなのに、母さんのこの反応である。
仁子さんは昨日の終業式を欠席していた。タルタロスのギルドでの急な仕事ができたためだった。また知床ダンジョンで起きたように、ギルドメンバーが探索中に遭難したらしい。その救援だった。
もう少し時間がかかると思っていたけど、無事に戻ってきてくれて俺も安心した。
仁子さんのことだから、絶対に大丈夫だと思っていても、ダンジョンは何が起こるかわからないのだから……。
元気な顔を見れたことだし、朝食を食べながら仁子さんの武勇伝でも聞かせてもらおう。俺は二人を追いかけて、家の中へ入った。
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