第148話 樹海ダンジョン

 いやいや、おかしいだろ!

 俺たちは先ほどまで、地下のトレーニング施設にいたんだ。

 なのに、下へ一階降りたら、ダンジョンってどういうことだよ!!


「私、疲れているのかしら」


 仁子さんは額に片手を当てながら、もう一方の手でエレベーターのドアを閉めた。

 そして、また開けてみるが……ダンジョンだった!


「これって、まずくない?」

「めっちゃ大変なことだよ」


 俺と仁子さんは頷き合った後、エレベーターの1階ボタンを押した。

 開け閉めが動くなら、上に戻ることもできるかもと思ったからだ。


 しかし、エレベーターの現在位置の表示は『B2』のままで全く動かなかった。


 うん……どうやら俺たちは、ダンジョンのど真ん中から自力で脱出しなければいけないらしい。


「外に出ようか」

「行きましょ!」


 エレベーターから降りて、ダンジョンを見渡した。

 ゴツゴツとした岩肌の細い通路が続いている。足下はヒカリゴケが生えており、薄暗いが視界は確保できる。

 ここはどこのダンジョンなのだろう。俺はスマホのアプリを起動して、マッピングを表示した。

 その画面に出た名称を見た俺は苦笑いした。


「仁子さん……ここがどこだかわかったよ。樹海ダンジョンだ」

「ええっ! もしかして、私たちが乗っていたエレベーターと樹海ダンジョンがくっついちゃった?」

「その可能性はあるかも。エレベーターに乗っていたときに大きな揺れがあったよね」

「緊急停止したときのね」

「理由はわからないけど、あのときにつながったのかも」


 どうやって繋がったのかは予想に過ぎない。でも、ここが樹海ダンジョンであることは確かだった。


「まずは脱出だね。マッピングでは地下6階層を指しているよ」

「あれ、いつもならダンジョンポータルで帰れるんじゃない?」

「それが……」


 なんとダンジョンポータルが機能しないのだ。

 もしかしたら、ダンジョンへの入り方が普通ではなかったからかもしれない。

 いつものダンジョン探索では、ポータルを使って出入りしていた。利用せずにダンジョンへ踏み込んだのは、今回が初めてだった。


 それにダンジョンへ入ったら、クラフトレシピがもらえる。しかし、それがないのだ。


「私が知っている情報では、ボスモンスターはこの下の階層にいるわ」

「なら、安心だね。早くここをでよう!」

「そうね。スマホの電波が圏外だし。浅見さんも心配しているだろうし」


 先に進む前に、俺たちが丸腰だったことに気が付いた。

 さっそく、アイテムボックスを使おうとしたのだけど……。


「アイテムボックスが使えない!?」

「ポータルと一緒ね。なら、素手で戦うしかないわ」

「中級ポーションが取り出せないから、怪我には気をつけてね」

「わかったわ。私の手持ちが2本あるから、大事に使いましょ」


 樹海ダンジョンは事前情報どおり、入り組んでいて迷いやすかった。

 スマホのマッピングを見ながら、先に進む。


「八雲くん、左の通路からモンスターよ」

「シカのような……でも胴体が鳥だね。翼もあるし」

「ペリュトンよ。鋭い爪に気をつけて!」


 俺はすぐにスマホで鑑定を使おうとしたが……やはり機能しなかった。


「ダメだ。鑑定も使えない」

「私たちの敵では無いから、問題ないわ」


 仁子さんは、壁走りで一気にペリュトンに近づいて、首元に回し蹴りした。

 骨が砕けると大きな音がして、ペリュトンは地面へ叩き付けられた。


 一撃必殺とはこうするのだと言わんばかりの攻撃だった。


 ペリュトンは何も出来ずに、ドロップ品へと変わった。


「肉だ! もしかして、仁子さんが言っていたのって」

「うん。ペリュトンのドロップ品よ。この肉を焼いて食べると美味しいのよ」


 漫画のような骨付き肉だった。この形からして美味しそうだった。

 俺はペリュトンの骨付き肉を持ち上げるが、アイテムボックスに収められなかった。


 機能していないから仕方ないことだ。


「八雲くん、それを手に持っていたら、匂いに釣られてモンスターが寄ってくるかもしれないわ」

「そうだよね。くぅ〜、捨てるなんてもったいないけど」


 諦めて、俺は骨付き肉を地面に置いた。


「また今度狩りにきましょ!」

「うん、そうだね」


 ドロップ品を捨てるのは、初めての経験だった。もったいない思考を振り切って、俺は先に進む。


「めっちゃ悔しそうな顔をしているけど、この先大丈夫かな」

「見て見ぬふりをして、頑張る!」

「八雲くんにとっては、モンスターと戦うよりも大変ね」


 マッピングを見ながら、順調に迷路を攻略していく。たまにペリュトンに出会ったりしたけど、仁子さんが瞬殺してくれた。

 通ったことのない通路を選びながら歩いて行くと、上への大階段を見つけた。

 仁子さんはほっとした顔で俺に言う。


「なんとか、なりそうね」

「一時はどうなるかと思ったけどね」


 二人で大階段を駆け上がって、第5階層の床を踏んだとき、俺に異変が起こった。

 突然、ステータスがギア5になって、天使モードの姿になったのだ。


 スマホのアプリを調べてみると、ステータスのコントロールができなくなっていた。

 さらに問題が発生する。


「仁子さん……マッピングが使えなくなった」

「ええっ、それってまずくない?」

「かなりやばいかも」


 俺たちは何の装備もなく、ダンジョンへやってきてしまった。

 飲み物も食料もなしだ。あるのは仁子さんが持っていた中級ポーションが2本だけ。


 俺は持ち物のすべてをアイテムボックスに入れている癖がついているため、それが徒となっていた。


 それでもマッピングで早くダンジョンを脱出できると高をくくっていたのだ。


 まさか上の階に到着したときに取り上げられるとは思ってもみなかった。


「力はそのままあるし、なんとかなるでしょ!」

「この樹海ダンジョンは、トラップはあるの?」

「……あったかも」


 仁子さんのおぼろげな記憶では、毒系のトラップがあるらしい。

 毒槍、毒矢、毒ガスなど豊富なギミックが満載だという。


「あやしい壁や床を踏まないように気をつけましょ」

「中級ポーションが2本しかないし、まだ第5階層で使うわけにはいかないよね」


 俺たちはトラップを避けながら、分かれ道になったとき、壁に目印を刻んだ。

 マッピングがどれほど有用な機能だったのか、痛感させられた。


「樹海ダンジョンって、探索する人は少ないんだよね」

「全くいないってわけじゃないけどね」


 もし出会えたら、樹海ダンジョンで起きたことについて、情報を得られるかもしれない。

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