第37話 トラブル

 野次馬を押しのけて、仁子さんを誘導する警備員のような役回りになってしまった。

 やっとのことで、彼女を職員室に預けて、教室へ向かう。


 ふぅ~、こんなことを毎日やっていたら気疲れしてしまいそうだ。それでも、仁子さんとの会話は有意義だった。

 ランクS級の探索者と情報交換できる機会なんて、まずないことだからだ。


 まあ、平凡な高校生は平凡に登校したいものだ。

 教室のドアを開けると、全員が一斉に俺を見た。

 やっぱり、容姿が変わったからか!


 みんな俺を見ながら、話をしている。これは俺が自意識過剰ではない。

 とりあえず、席に座ろう。しかし、横の席にいた友人が待ったをかけた。


「その席はくもくもの席だよ。君が噂の転校生?」


 どうやら、友人は俺を八雲と認識できずにいるようだ。

 しかも、今日転校生がこのクラスにやってくる情報がどこからか漏れており、俺と間違えているようだった。


「違うって、俺だよ俺!」

「えっ、誰? う~ん……」


 考え込ませるほど、俺は変わってしまったのか……カッコよくなるのは良いことだと思ったけど、なんかショックだ。


 またしてもオレオレ詐欺みたいなことを繰り返して、友人に自分が東雲八雲であることを証明した。

 単に交換しているSNSから連絡してもらって、俺はそれを着信して信じてもらえた。


「マジかよ。くもくも……変わりすぎ。整形でもしたのか?」

「なら、昨日の今日だから、包帯でぐるぐる巻きになっているだろ。成長期ってやつだ」

「信じられない。どんどん変わっていくな。羨ましいぜ」

「自分でもびっくりしているんだけどな」

「俺もくもくもみたいになれるかな」


 ん~、それは難しいかも。俺の場合は特殊だからな。

 なんて思っていると、クラスでも特にガラの悪い三人組が俺に向かって歩いてきた。


「くもくも、まずいぞ」

「嫌な感じだ」


 陰の者として、クラスメイトたちから、目立たない日常を謳歌していた俺としては、関わりたくない人たちだ。


「おい、東雲だよな」

「ああ」

「お前、最近調子に乗っていないかっ! あん!」

「いや別に」

「なんだよ、その態度は気に入らねぇな」


 ガンを飛ばしていた奴の他にいた二人が俺を両脇からかかえ起こそうとする。

 しかし、びくともしなかった。


「あれっ、なんだ!?」

「動かねぇ」

「あまり乱暴なことをすると内申に響くよ」

「お前、対したことないくせに……生意気なんだよ」


 耐えかねた一人が俺に向けて、拳を振るってきた。

 元々彼らは内申が良くないと聞く。暴力沙汰を起こしても、被害者を騙せておけば、なんとかなるだろうという浅知恵なのだろうか。


 俺は平和主義だ。だから俺にとってそういう環境であることが重要なのだ。

 眼の前で理不尽な暴力が振るわれるなら、甘んじて受けるのは俺の心情に反する。


 俺はその遅すぎる拳を右手で掴んだ。


「暴力は良くないよ」

「調子に乗るなよ。やっちまえ」


 教室の中が騒然とする。ここまで乱闘騒ぎは今までなかったからだ。ある女の子は、あまりのことに過呼吸になっている。


 三人組が一斉に俺に飛びかかった。

 俺はそれをささっと躱してみる。そして地面に衝突する彼ら。

 それを見ていた友人は呟いた。


「くもくもってめっちゃ強かったんだ」

「最近、体を鍛えているって言っただろ」

「三人相手に勝てるのか?」

「別に勝ち負けをしたいわけじゃないよ。学校で運動する時は体育くらいにしておきたいね」


 俺と友人の会話が気に入らなかったようで、三人組は怒りマックスだ。勝手に絡んできて、更には激高するなんて、呆れてしまう。


「最近、カッコよくなって女子に色目を使いやがって、気に入らねぇだよ」


 そう言って、またしても殴りかかってきたが、俺はそれを躱す必要はなかった。

 颯爽と、一人の女性が割り込んできたからだ。


「やめなさい。ここは学校ですよ」

「お前は……はっ! 片桐仁子!」

「はい、そのとおりです。学校内で、暴力沙汰とはただでは済まないと思いますが、先生はどう思われますか?」


 はっとなって教室のドアを見ると、般若の面をした先生が立っていた。

 先生は一連の事情を聞き取ったあと、俺に絡んできたクラスメイトの三人組を指導室に連行していった。

 おそらく、停学処分になる可能性がある。


 仁子さんは俺に近づいて、耳打ちをする。


「危ないところだったわね」

「元々、彼らは素行が悪かったんです。最近授業についていけなくて特に荒れていた感じでしたから」

「私としては八雲くんに有意義な学校生活をしてもらいたいから、協力するわね」


 そう言った後、クラスメイトたちに向けて仁子さんは自己紹介を始めた。

 ランクS級の探索者であり、大手ギルドタルタロスの幹部でもある。そして、極めつけは俺のボディーガードとしてこのクラスにやっていたことまで言ってしまった。


 そのことでクラスメイトの視線は俺に集中してしまう。


「彼は私たちにとって、特別な存在です。先程のように危害を加えるようなことがあっては決してなりません。私は彼を守るために、国から許可をもらっています」


 とんでもないことをさらっと言ってしまう仁子さん。

 そんなことを言ってしまうと、俺はきっとクラスの中で浮きまくってしまうだろう。


 頭を抱える俺。友人は開いた口が塞がらなかった。


 ホームルームに入ってからは、改めて仁子さんの自己紹介がされて、クラスメイトたちから拍手で向かい入れられた。

 クラスの鼻つまみ者を追い払った功労者だ。クラスの雰囲気が良くなったと、特に女子から大絶賛されていた。


 学校が終わった頃には、仁子さんは、クラスの中心的な存在にまでのし上がってしまった。たったの一日目でできてしまうとは、途轍もないカリスマ性だ。


 帰宅時間、クラスメイトからいろいろと誘われていたようだった。しかし彼女は一直線に俺の席にやってきた。


「一緒に帰りましょ」


 その途端、クラスメイトの女子から黄色い声援が聞こえた。

 おそらく俺へ向けてのものではない。仁子さんの男前な誘い方に女子が感化されたためだ。


 俺は返事をして、一緒に教室を出た。

 もしかして、毎日登下校を一緒なの?

 そう聞くと、仁子さんは深く頷いた。


「当たり前よ。八雲くんの護衛なのだから。それに影からコソコソ尾行していると、君のストーカーみていで嫌だし」

「これからよろしくお願いします」

「よろしい!」


 仁子さんが爽やかなスマイルで返事をしてくれた。

 そしてお願いするように、


「帰りに、ここらへんの不動産屋に着いれて行ってくれない?」

「あっ、アパートが壊れちゃったからか」

「うん、良い物件を探さないとね」


 仁子さんは俺には関係ない抗争とか言っていた。だけど、もしかしたら、ダンジョン神である俺が関係しているのに嘘を言っているかもしれない。


 ここは仁子さんの良い新居を探索するために頑張ろう!

 試しにどのような物件が良いのかを聞いてみる。


「そうね。武器や防具の保管庫が欲しいし。ドロップ品の保管庫もあればいいわね。あとはトレーニングルームね。汗をかいたときのために、大きなお風呂もあれば最高ね」

「それって、もう豪邸。有名なダンジョン配信者が、これみよがしに、公開している住居そのものだよ!」

「欲張りすぎちゃった」

「高校生にはまだ早いと思う」

「そういうなら、八雲くんが思う普通の家を選んでもらおうかな」


 なんと、仁子さんの新居を俺が選ぶことになってしまった。

 キラキラした目で見られると、断りづらい。

 ここは16年の人生を活かして、最高の住居を探してやるぜ!

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