第36話 エスコート
朝は元気よく起きたところで、廊下を歩く父さんと鉢合わせしたときは大変だった。
知らない男がいると大騒ぎ!
俺だよ、俺! なんて慌てて言ってしまい。オレオレ詐欺みたいな自己証明をしてしまったほどだ。
母さんが俺の容姿について、父さんにきちんと説明してくれたので、なんとか納得してもらった。
とりあえず、筋トレと成長期ということで話を濁した感じだ。
今回ばかりは、父さんも母さんも俺が何かをコソコソやっていることくらいわかっていると思う。
ダンジョン探索をしていることがバレたら、禁止されてしまうかもしれない。それまでにしっかりと楽しんでおこう。
なんて思いつつ朝ご飯を完食して、登校中だ。
自転車で坂道を駆け上がりながら、俺は脇道を右に曲がった。
いつもなら真っ直ぐにいくところだが、今日は待ち合わせがある。
ランクS級の探索者である片桐仁子さんを高校まで道案内をするのだ。
せっせと自転車をこいで、彼女が住むアパートまでやってきたはずだった。
「あれっ……何があったんだ……」
アパートが半壊しているじゃないか!?
元々ボロいから崩れたのか……そんなことはあるわけない。
何かによって潰されたような感じだった。
俺が惨状にぽかんとしていると、アパートの壊れていない部分のドアが開かれた。
「おはよう」
「おはようじゃ……ないって! 何があったの?」
「ちょっとした抗争よ。八雲くんが心配するほどのことじゃないわ」
「これが……ちょっとした」
詳しく話を聞くと、俺が関係した抗争ではないようだ。
ランクS級の探索者となれば、たまに命を狙われたり、誘拐されたりするのだという。
彼女は笑いながら、有名になるといろいろと大変なのだという。
「八雲くんは知っている? ランクS級の探索者の子供は、同じランクになりやすいって」
「初耳です」
「でしょうね。公安がついでに私も護ってくれると思っていたけど、当て外れたみたい」
「仁子さん、……よかったら、これをどうぞ」
渡したのは蘇生のペンダントだ。
このような戦いの痕跡を見たら、渡さずにはいられなかった。一応、彼女は俺を護ってくれるために、ここにやってきたのだから。
「いいの! ありがとう。代わりにこれをあげるわ」
「これは!? 炎魔石(上等)だ!」
えっ、まさか……これを持っているってことは……。
仁子さんはニッコリと微笑む。
「昨日、沖縄ダンジョンのLIVE配信をやっていたでしょ。フェニックス戦、面白かったわ。触発されて、戦いたくなちゃった」
てへっ。仁子さんが可愛らしく言ってみせる。
ちょっとそこまでという距離ではないし、あのダンジョンは10階層まである。
お手軽な探索ではないと思う。
「八雲くんのおかげで、稼げる場所を教えてもらったから、そのお礼よ。アパートが壊れちゃったし、家でも買おうかな」
どれにしようかなと、仁子さんはスマホで不動産情報を検索し始めた。
「今はそれよりも高校へいかないと!」
「あっ、そうだよね。あんまり寝ていないから、頭がボーとしちゃった」
沖縄ダンジョンを制覇して、深夜の襲撃に応戦。眠たくなっても仕方ない話だ。
「一本飲んどく?」
「ありがとう! さすがダンジョン神」
初級ポーションを栄養ドリンク代わりに仁子さんに渡した。
彼女は封を切ると、腰に手を当てて一気飲みをした。
良い飲みっぷりである。
「くぅ~、効くね!」
「おっさんみたいになっているよ」
「同い年の女の子にそれいう!」
「だって……」
俺の父さんが初級ポーションを飲む仕草によく似ていたのだ。
仁子さんは空っぽになった小瓶をカバンにしまって言う。
「次に同じことを言ったら、刺すから」
指先は頭の上に生えた二本の角に向けられていた。
マジかよ。あの鋭い刃物のような角に刺されたら、ただではすまないぞ!
「本気?」
「もちろん」
やれやれ、次はないようだ。
フェニックスを簡単に倒せるらしい彼女の頭突き。想像しただけで恐ろしい。
「じゃあ、いきましょ」
「そうだね」
登校中、俺は自転車を押してテクテクと歩いていた。
昨日、仁子さんが空を飛ぶようにジャンプしながら買い物帰りしていたのを目撃していた。そのため、とんでもないダイナミックな登校になるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。
しかし、至って普通の登校だった。
「ねぇ、昨日のLIVE配信でクラフトしたフランベルジュを見せてよ」
「良いですけど、振り回さないでくださいね」
「サンキュ」
アイテムボックスから取り出して、フランベルジュを渡す。
仁子さんは鞘から引き抜いて、しばらく眺めていた。
「なるほどね。良い剣だと思う。私には耐久が足りないけど」
「マジで!」
フランベルジュでは仁子さんのお目に叶わなかったようだ。
彼女はどれだけのパワーを持っているのだろう。
「ありがとう。返すわ」
「この剣で耐久が足りないって……仁子さんは普段の力の制御はどうやっているんですか?」
俺はアプリのセーブモードに頼っている。
ランクS級の探索者はどのように力をコントロールしているのか気になった。
「車に例えるなら、ギアチェンジみたいな感じかな。普通は段階的に強くなっていくから、体が自然と慣れてくるけど……八雲くんは違うみたいね」
俺はアプリに頼っているけど、通常なら力をコントロールする術を身につけていくのがセオリーみたいだ。
たゆまぬ努力の末か……。
俺はアイテムクラフトがしたい理由からダンジョン探索しているので、仁子さんとは方向性が違うかも。
その鍛錬に専念するより、アイテムクラフトを優先したいのだ。
それにステータスアップが急激すぎて、俺の場合はアプリのセーブモードに頼らないと生活がままらなかった。
「俺の場合は楽しているかも」
「良いじゃない。人それぞれだし。ダンジョン探索は自由だから」
「俺はアイテムクラフトがしたいからかな」
「知っている。私は……自分が生まれてきた意味を探しているの」
なんて返していいのかがわからない理由だった。
仁子さんは見た目から普通の人間と違うし、そこら辺のことが関係しているのかもしれない。
話を掘り下げても、俺が力になれることがないような気がしたので、無言で歩く羽目になってしまった。
「八雲くんが気にすることではない。それより、言い忘れていたことがあったわ」
「何!?」
「チャンネル登録者数、1000人! おめでとう!」
「ありがとう! まだまだ駆け出しのダンジョン配信者だけどね」
「ダンジョン神なのにご謙遜を。すぐに1万人を超えると思うよ」
「そんなことないよ。この人数になるまで、大変だったから」
「でも、ほら! もうこんなにも増えているよ」
仁子さんがスマホで俺のチャンネルを開いて見せてくれた。
マジかよ!
なんと登録者数が2000人を超えていた。
おおおおっ! 昨日、1000人だったのに倍になっている。
なんてことだ。昨日から今まで自分の容姿に変化があったことで、確認できずにいた。まさか……これほど伸びているとは思ってもみなかった。
「それに八雲くん、カッコよくなったね」
「うっ、仁子さんから見てもそう思う?」
「うん。稀にダンジョンで力をつける探索者の中に容姿が変わる人がいるし」
「そうなんだ」
仁子さんはニッコリと微笑みながら、自分の角を指差した。
「私の場合は、この角」
「そういうパターンあるんだ」
もしかしたら、俺もそのうち仁子さんのように、頭に角が生えてくるかも……。まあ、その時は、両親を絶対に誤魔化せないだろう。
朝起きたら角が生えてました……なんて母さんに言ったら、「あらまあすごい」なんて受け流してくれるはずはない。
きっと即病院送りだ。
俺が自分の頭を触っていると、仁子さんに笑われてしまった。
「安心して八雲くんに角は生えないわよ」
「そうなんだ。なんでわかるの?」
「ダンジョンによって起こる変化は、その人の魂に準じるから。八雲くんがカッコよくなったのなら、君の魂が元々そうだったから。誇っていいことよ」
なんかめっちゃ褒められてしまった。
俺の魂ってカッコよかったんだ。実感は全然ないけど……。
ランクS級の探索者である仁子さんに太鼓判を押されたのなら、ここは誇っておこう。
えっへん!
鼻高々である。
「単純な人ね」
「よく言われる。あっ、高校が見えてきたよ」
校門近くになると、通学生も増えてきて、一同は仁子さんに釘付けになっていた。
さすがは有名人だ。黄色い声援まで聞こえてくるほどだ。
騒ぎが広がる前に仁子さんを職員室までエスコートしないとな。
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