第38話 ニュース

 はいはい、わかっていましたよ。

 たかが16年の経験など、想像できることはしれている。


 地元の不動産屋が俺たちを案内した豪邸を前にして、たじろいでしまった。

 さすがは、予め大手ギルドであるタルタロスから不動産屋に一方入れていたことだけある。

 高校生の二人だけで、舐められずに恭しく接待されていたわけだ。


「いかがでしょうか? この物件は、以前に旧家が使用していたものです。これだけのものはこの町にないですよ」

「そうね……どうしようかしら」


 俺は一人で住むにはでかすぎると思っていた。

 庶民的な感覚だと部屋が多過ぎて、掃除も大変そうだ。

 ロボット掃除機でも途中で力尽きそうである。


「この庭園は手入れも行き届いており、東屋も良い木材を使っております」

「これだけの広さがあれば鍛錬に良さそうね」


 仁子さんはこれほど綺麗な庭園を手入れする気はなさそうだ。鍛錬に使われたら、地形が変わってしまうのでは?


「八雲くんはどう思う?」

「どうと言われても……」


 スケールが大きすぎる。ちょっとした戸建てを買うのではない。有名ダンジョン配信者が、数十億の豪邸を買ってみました。


 なんて、お金持ち自慢をするような物件だった。

 登録者数が3000人ほどの俺にとっては、現実感覚がない。


「仁子さんが一人で住むには広すぎない?」

「それは大丈夫。使用人を呼ぼうと思っているから、このくらいの広さがないと、私のプライベート空間がないから」

「……はあ」


 使用人って! お嬢様だ!

 今の時代に使用人って言葉を聞くなんて初めてだ。

 大昔はそのような人がいたというのは、本で読んだことがあった。


「じゃあ、庭園の手入れも使用人がやってくれるの?」

「ギルドとして、そのほうが体裁がよいならそうなるかも」

「話が大きすぎてついていけないかも……」

「そんなことはないわ。八雲くんにとっても、関係するし」

「えっ、なんで」


 素で聞き返してしまった。この豪邸が俺にどのような関係をもたらすのだろう。

 まさか、一緒に住むわけでもない。そう思っていたら仁子さんがニッコリと微笑んで口を開く。


「一緒に住むかもしれないし」

「おおおっ」


 この声は俺ではない。

 隣にいた不動産屋のおっさんからだ。この人が良からぬ想像をしないことを望む。

 俺は大体の予想を口にしてみる。


「俺が何者かに狙われたときの避難先ってこと?」

「よくできました。ここで働く使用人たちも探索者よ。安心して、そこ辺の軍隊よりも強いわ」


 えっへんと胸を張る仁子さんに耳打ちをする。


「公安が護ってくれるんじゃない?」

「もしものためよ。それにあの人たちっていまいち信用できないのよ。手のひら返しだったあるかも」

「怖いことを言わないで……」


 国を敵に回すなんてしたら、日本に住めないじゃないか。

 俺は平和主義なのだ。いらない争いごとなんてゴメンだ。


「そうならないために、ギルドとして牽制しているのよ」

「俺には空中戦過ぎて、想像できない……」

「八雲くんは探索者になって日が浅いし、どこのギルドにも所属していないから、わからなくて仕方ないわ」

「そうだといいけど」

「私の方でうまくやっておくってこと!」


 俺と仁子さんがひそひそ話をしていたから、不動産屋の人は心配そうに声を掛けてきた。この商談がうまくいかないかもとでも思っているのだろう。


「いかかでしょうか? ここがお気に召さないのでしたら、ランクは落ちますが、他に紹介できます」

「いいえ。この物件にします。中を見せてもらったけど、かなり状態はいいし。少しの手直しで住めそうだわ」

「それはよかったです。内装リフォームもこちらで手配できますが、どうしましょう?」

「後はギルドの方で進めるから、契約はギルドの事務局から行います」

「かしこまりました。今度ともよろしくお願いいたします!」


 不動産屋のおっさんはホクホク顔で帰っていた。

 仁子さんにすでに鍵をちゃんと渡していたので、もうここに住んで良いということだろう。


「まだお金を支払っていないのに、すごいVIP待遇だね」

「それほどタルタロスが有名だからよ。今日はありがとう。良い物件が手に入ったわ。八雲くんの家に近いし、ベストポジションね」

「俺の近所で抗争はやめてくれよ……」

「それも大丈夫。人員を補強するから、そう簡単には手出しできないし。君の家の近くなら、公安の目もあるし」

「それならいいんだけど」


 仁子さんがそういうのなら信じるしかない。

 今日のように迎えにいったら、家が半分吹き飛んでいるなんてないことを祈ろう。


「それじゃ、家に帰るよ」

「うん、またね」


 仁子さんは、今日中に引っ越しを終わらせるという。

 合わせて、ギルドメンバーの受け入れがあるらしい。大忙しである。


 俺の方は、物件を見ていたら時間が夕ご飯ごろになっていた。

 連日、ダンジョン探索をしていた俺にとって、初めての休暇といったところだ。


 たまにはゆっくりとする時間も必要だろう。

 放置プレイしていた販売ゴーレムたちの近況も知りたいし、ベッドに横たわってまったりしながら売上を見てみよう。


 それと次に探索するダンジョンも検討しないといけない。

 沖縄ダンジョンでひたすらに暑さを味わったから、当分その種のダンジョンは遠慮したいところだ。


 魔剣フランベルジュを活かせるダンジョンの方がいいだろうな。動画の映えも考慮するならそうなる。


 海外のダンジョンも行きたいと思っているが、公安や仁子さんの様子から、今は控えたほうが良さそうだ。

 少なくともランクS級の探索者を超える力を持たないと、拉致されたときに帰って来れないような気がする。

 そんな事になってしまったら、両親に合わす顔がない。


 俺はあれやこれやと考えながら、家に着いた。

 そして、リビングに入って両親に帰宅したことを伝える。


 父さんはソファーでくつろいでテレビを見ていた。

 ダンジョンの特集番組のようだ。


 リポーターの女性が、新宿ダンジョンに突如として現れた販売ゴーレムについて話している。


「えっ」


 俺は思わず、変な声が出てしまった。

 父さんが首を傾げながら、俺に話しかける。


「八雲、どうした?」

「いや、別に……。それより、珍しいね。父さんがダンジョンの番組を見るなんて」

「どこのテレビ番組もこればっかりだ」

「そうなんだ」

「なんでも、新宿にあるダンジョンで、ポーションという万能薬みたいなものが買えるらしい。病院でもらう薬よりも、よく効くとか言っているな。怪しいものをよく飲めるもんだ」

「……うん」


 父さん……その怪しいという初級ポーションを毎日のように飲んでいるよ。

 口が裂けても言えなかった。


「あと、大阪にあるダンジョンで、死んでも生き返るペンダントがあるみたいだ。信じられんな」

「……うん」


 もう「うん」としか言えなかった。

 内心でヒヤヒヤである。


「ダンジョン探索での死亡率が日本だけ、特出して下がっているから、他の国々から、その……蘇生のペンダントってものを配分するように日本が言われているらしいな」

「国際問題になっているの?」

「日本のダンジョンだけ優遇されているのが気に入らない国もあるって報道されている」

「じゃあ、配分されるの?」

「いや無理らしい。なんでも、そのアイテムは転売行為が禁止されているようで、国家間でのやり取りも結局はなんらかの利益行為に当たるようだ。テレビではダンジョン神がどうのとか言っているぞ」


 テレビで報道されるとは、ヤバ過ぎる。

 とうとうダンジョン神は全国に報道されるまでの存在となってしまった。


 どうするくもくも!? 


 それでもダンジョン探索はやめられない。だって、アイテムクラフトが楽しすぎるからだ。

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