第85話 潜る者

 フランベルジュを松明代わりに、吹雪の中を進んでいく。

 まずは下への大階段を探そう。視界は悪いけど、広々とした空間のダンジョンだから、そのうち見つかるだろう。

 視聴者たちも、ダンジョン内とは思えないほどの吹雪に驚いているようだった。


「アラスカダンジョンの最下層は5階層となっているそうです。モンスターを倒しながら、どんどん下りていこうと思います」

「くもくも、モンスターよ」


 どこ? なんて思っていると、足元の雪が盛り上がり出した。

 そして飛び出してきた真っ白なドデカいモグラが襲ってきた。


「うあああっ!」


 突然の奇襲に不甲斐なく声を上げてしまった。

 初心者探索者から卒業したと思っていたけど、視聴者たちに情けない姿を見せてしまった。

 書き込みが『WWWW』とか『可愛い』とかいろいろと言われてしまっている。


 咳払いをして誤魔化しつづ、弁明する。


「配信に気を取られて、モンスターへの意識が欠如していました。失礼しました」

「なら、汚名挽回ね」


 俺は襲ってくるモンスターを鑑定する。

 ホワイトモルをいう名前らしい。強さはブルスライムの10匹分くらいで大した敵ではない。

 驚かされ損というものだ。


 降り積もった雪の中から、隙を突いて攻撃してくるが、魔力探知ができる俺たちには手に取るように場所がわかる。

 先程は、配信するために視聴者へ向けた会話に集中していたため、魔力探知がお座なりになっていただけだ。


 再び雪の中に潜って姿を消したホワイトモルの魔力を探知する。

 どうやら、俺にセカンドアタックするために近づいているようだった。

 しかも、今度は正面からではなく、背後から攻撃を仕掛けるつもりだ。


 このホワイトモルは結構頭がいい魔物なのかもしれない。


 といっても、動きは手に取るようにわかるので、後は振り返りながらフランベルジュを振るうだけだ。


「よしっ、倒しました。ドロップ品は、ホワイトモルの尻尾です。ちょっとキモいです」


 しかも、尻尾がうねうねと動いており、キモさを助長させる。

 仁子さんも、それにはドン引きだ。


「キモっ……回収はくもくもにお願いします!」

「かしこまりました。後でなにかに使えるかもしれないし」


 このドロップ品が女性受けしないことは俺にもよく分かる。

 視聴者の書き込みも、芳しくないし。


 それでもホワイトモルを倒すたびに、俺はせっせとドロップ品を回収した。

 この蠢く尻尾はいつかきっと役に立つはず! 立って欲しい!

 ほとんど願望だった。


「仁子さん……これはまずいかも」

「囲まれているわね。それも数え切れないほどね」


 さすがは超不人気ダンジョン。誰も湧くモンスターを倒さないから、数が大変なことになっている。


「ここは一気に突っ切ろう」


 ドロップ品を集めたところで今は役に立ちそうにない。

 ここで時間を使うよりも、早く大階段を見つけたほうが良さそうだ。

 次から次へと、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくるホワイトモルを躱しながら、マッピングしていく。


「この先は……あっ行き止まりだ」

「くもくも、後ろ!」

「やばっ……もしかしてトレイルしてた」

「もしかしてじゃないわ。結局、こうなっちゃうのよね。私のグラムを出して!」

「オッケー!」


 アイテムボックスから魔剣グラムを取り出して、仁子さんに渡す。

 彼女は準備体操するかのように、大剣グラムを振り回してみせた。


「くもくもが回収係ね。巻き込まれないように下がっていて」

「本気を出しすぎないでね。降り積もった雪が舞い上がったら、ホワイトアウトだよ」


 ホワイトアウトで視界ゼロでは、視聴者たちがどのような戦いをしているのか見ることができない。

 配信者として、気を使う場面だ。


「善処するわ」


 そして仁子さんとホワイトモルたちとの大乱闘が始まった。

 モンスターは雪の奥下に隠れているため、グラムで雪ごと掘り返して、空中で一刀両断。

 豪快な戦いによって、視界はホワイトアウトした。


 彼女は善処すると言っていたが、無理だったようだ。

 もう真っ白で何も見えない。魔力探知がある俺には、モンスターの位置が正確にわかるけど、画面越しではそうはいかない。


 視聴者たちからは予想通り、真っ白で何も見えないという書き込みがたくさん流れてきた。

 それでも、仁子さんがグラムでホワイトモルを斬り裂く音だけは聞こえてくる。

 俺は足元に転がってきた、ドロップ品を拾うという簡単なお仕事だった。


「ふ~、いい運動になったわ」

「それはよかったね。ドロップ品がいたるところに散らばって、拾うのが大変だよ。できれば手伝って欲しい」

「ええええ……わかったわよ」


 渋々と仁子さんは、ホワイトモルのドロップ品を拾い始めた。


「ぎゃあああ、キモっ。このうねうね……どうにかならないの」

「俺に聞かれても……そういうものなんじゃない」

「もうっ、不人気ダンジョンっていう理由がよく分かるわ」


 このドロップ品はたしかにキモい。だけど、不人気な最大の理由はこの寒さと猛吹雪だろう。

 仁子さんにとっては、後者は問題にならないみたいだ。


 彼女の弱点はこういったうねうねしたものらしい。

 普段は無敵な仁子さんの意外な弱点だった。


 ブーブー言いながら、彼女はドロップ品の回収を手伝ってくれた。


「やっと綺麗にできたわね。自動回収機能はどうなっているの?」

「解析に時間がかかるみたいなんだ。もう少ししたら、勝手にアイテムボックスに格納されるようになるよ」


 自動回収は、ドロップ品をアイテムボックスに入れて、しばらく時間が機能しないようだ。

 しかも、解析時間はモンスターの強さに依存するみたいだ。


 ホワイトモアはそれほど強いモンスターではないので、アプリで確認していると『解析100%』と表示された。


「もうドロップ品は自動回収されるから、拾わなくてもいいよ」

「ふ~、よかった。今後は解析完了してから倒さない」

「そうしたいけど、モンスターの方が待ってくれないからね」


 犬のように待てができたら、モンスターはもっと倒しやすいことだろう。

 そんなことはできるわけはなく。人間を見たら、一斉に襲ってくるのが通例だ。


「でもホワイトモアは拾わなくてもいいから、どんどん倒すわよ」

「まだ、マッピングできていない方角に行ってみよう」

「道案内よろしく!」


 反対の方角へどんどん進んでいく。それに合わせて、今まで以上にモンスターの数が増えていった。

 足元に常にホワイトモアが隠れているような感じだ。


 俺はマッピングに忙しいので、仁子さんがグラムを振るってモンスターを倒す係だ。


「調子が出てきたわ。こっちで良いのよね」

「そっちにしかもう下への大階段が考えられないから」

「無かったらどうする。まさか、この雪で埋まっているとか」

「ダンジョンの大階段はとても巨大から、この吹雪でも埋まってしまうとは思えないかな」


 頭に積もった雪を二人で振るい合って、先に進んでいると、


「あった!」

「ここまで来るまでに第一階層のマッピングがすべて終わっちゃった」

「なんだか幸先が悪いわね」

「この下の階層はもしかしたら、吹雪いていないかもしれないし」

「そう願いたいものね。早く大階段へ行きましょう。あの中なら吹雪が届かないでしょ」

「よしっ、行こう!」


 俺たちは、吹雪から逃げるように大階段へ飛び込んだ。

 その後ろでは俺たちを追いかけていたホワイトモアが唸り声を上げていた。どうやら、俺たちが大階段へ入ったことで、追いかけられずに悔しがっているようだった。

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