第86話 キャンプファイヤー
大階段を下りると、第二階層は静かだった。
視聴者たちも打って変わっての銀世界に驚いているようだった。
「見てください。あれはダイヤモンドダストでしょうか。キラキラしていてめちゃっ綺麗です!」
「一息つけそうな階層ね。本来なら、こういったところにベースキャンプを置いたりするけどね」
ピコーン!!
仁子さんにそう言われて、俺はすぐに閃いた!
「なら、予定を変更して今日はキャンプをしよう!」
「また急な路線変更ね。そういうからには準備をしているの?」
「前々からダンジョン内でキャンプをしようと思っていて、ネット通販サイトで揃えていたんだ」
白銀の世界でロケーションも最高だ。
遠くで歩いている大鹿のようなモンスターも好戦的じゃないし、ここでのんびりとキャンプをしても大丈夫そうだ。
場所はどこが良いかな。……あっ、いい場所がある。
巨大な氷壁が鏡のように磨かれていた。あの麓なら動画映えしそうだ。
早速近づいてみると、氷壁の中に何かがいる。
「めっちゃでかいモンスターが凍ってる!」
「死んでいるのかな?」
「どうだろう」
氷壁をコンコンと手で叩いてみる。
動きなし! 問題なし!
マンモスのようなモンスターは、眠ったように氷漬けのままだった。
このモンスターをバックにして、キャンプをしてみようか。
これぞダンジョンキャンプって感じがするし。視聴者たちもわかりやすい。
「よしっ、ここでキャンプします!」
「いいね。もし後ろのマンモスみたいのが目覚めたら、面白そうだし」
仁子さんも乗り気だった。
では、アイテムボックスから焚き火台と木材を取り出した。
「木材……多すぎない?」
「初めてだったから、たくさん買ったんだ」
「キャンプファイヤーできそう」
それもよし! 俺は焚き火台の上に木材をうず高く積み上げた。
「どうやって火起こすの?」
「炎魔法ボルケーノで」
「木材と焚き火台ごと溶けない?」
「さすがにそれは考えているよ」
俺は離れた位置に炎魔法ボルケーノを発動。
溢れ出したマグマが氷の地面を溶かして、瞬く間に蒸気で辺りが真っ白になった。
それをかき分けて、俺は木材を片手にマグマに直行した。
マグマが冷えないうちに、木材を突っ込んで火をつける。
「これを焚き火台に持っていけば……このとおり!」
「燃え出したね。いいじゃん、いいじゃん!」
火柱を立てながら盛大に燃え上がった。
それを見た大鹿のモンスターは、火を嫌ってどこかに行ってしまった。
おおおっ、まさかキャンプファイヤーでモンスターの弱点を見つけてしまうとは……。
わざわざ鑑定する必要も無かった。
仁子さんは燃え盛る炎を見ながら言う。
「キャンプするってことは、テントも張るの?」
「さすがにお泊りするわけにはいかないから、今回はなしかな。それより椅子を出したから座ってね」
「サンキュー! 結構温かいね」
第1階層よりも、気温が高いこともあってキャンプファイヤーの炎でも良い感じに温まる。
アラスカダンジョンでは、ずっと寒い環境が続くと思っていたから、こういうホット一息も良いものだ。
俺はもう一つの焚き火台を取り出して、燃える木材をいくつか入れていく。
そして、水とケトルを取り出して、お湯を沸かす。
「温かいものを飲みたいよね。コーヒーとココア、紅茶が作れるけど、仁子さんはどれがいい?」
「ココアで! ミルクもある?」
「もちろん」
アイテムボックスから取り出して見せると、仁子さんは笑顔になった。
「気が利くわね。くもくもはなんでも持っていそう」
「なんでもじゃないよ。持っているものだけだよ」
アイテムボックスの中に入れたものは時間が止まるらしく、食料品の長期保存が可能だ。
そのため、俺は天災に備えて大量の食材をアイテムボックスにしまっている。
これで食糧難になっても、数年は持ちこたえられるはず。
お湯が沸いたところで、俺はマグカップにミルクたっぷりココアを作った。
「はい、どうぞ」
「ありがと。美味しいっ! マスター、良い腕をしているわね」
「家ではお茶くみをして日々修行をしているからね」
「くもくもは何を飲むの?」
「コーヒーだよ」
俺がインスタントコーヒーを取り出したら、仁子さんに意外そうな目で見られた。
「てっきりドリップコーヒーかと思った」
「ここはマイナスの世界だから、ドリップしている間に凍っちゃおうよ」
「それもそうか!」
「だから、ココアも早く飲まないとアイスバーみたいになっちゃうよ」
指摘すると仁子さんが慌てて、ココアを飲んでいた。
それでは、俺もコーヒーブレイクだ!
「視聴者のみなさんも、よければ一緒に飲みましょう! 乾杯!」
ふ~、やはりコーヒーはブラックに限る。
突然となり手元に飲み物があった視聴者たちだけとなってしまったが、かなりの人数が一緒に乾杯してくれた。
ダンジョンで焚き火をして、お湯を沸かして、コーヒーを飲む!
悪くない。危険な場所でこんなにもほっこりできるとは、癖になりそうだ。
休日のダンジョン探索なら、テントを張って泊まり込んで見るのも楽しそうだ。
仁子さんが飲み終わったマグカップを俺に渡しながら聞いてくる。
「テントって私の分もあるの?」
「あるよ。数人分をまとめて買っているんだ」
宿泊探索を計画していることを伝えると、仁子さんは乗り気だった。
「いいじゃん。本来は泊まり込みがほとんどなんだから、私がいろはを教えてあげるわ」
「よろしくお願いします! 先輩!」
数々の難関ダンジョンを攻略してきた仁子さんだ。この手のことは慣れっこだろう。
「今度、探索者のベースキャンプ用品のお店を紹介するわね。ネット通販サイトはどうしても一般的なキャンプ用品になってしまうから、こっちのほうが良いわよ。お値段もそれなりにするけど、くもくもなら問題ないでしょ?」
「大丈夫、経費で落とすから。両親からも探索の道具については、しっかりしたものを買うようにって言われているんだ」
ダンジョンは命の危険があるから、両親は心配しているようだった。
まあ、蘇生のペンダントがあるから、死ぬことは殆どないと思う。あるとしたら、即死系のはめ込みトラップとかぐらいかな。
今週の休日に仁子さんが、行きつけのショップに案内してもらえるようになった。
そこには探索者の武器や防具も置いてあるというので、アイテムクラフターとしては、ぜひ見ておきたい。
「武器や防具については、期待しないでね」
「なんで? 有名店なんでしょ?」
「くもくもがクラフトする物より、圧倒的に劣っているから」
「それでも、楽しみだよ。俺の知らないアイテムを見るのは興味あるし」
「なら、タルタロスギルドの幹部しか入れない部屋にも案内してあげる」
「マジで! やった!」
なんでも、その店を経営している人が俺に会いたがっているそうだ。
「人気者ね!」
「会ったとしても、何も出ないよ」
「いいの、いいの。くもくもがクラフトした武器を見せてほしいみたい。その人はかなりの名工として有名だから」
仁子さんの話を聞くに魔剣グラムをあげた当日、配信を見ていた店主はタルタロスギルドに、見せて欲しいとお願いに来たらしい。
それからも度々、交渉に来ているという。
「配信でグラムを見てから、惚れちゃったみたい。実物を見て、自身の武器制作に活かしたいんだって」
「もしかして、この配信も見ているのかな?」
「見ていると思うよ。今週の末はよろしくね!」
仁子さんが笑顔で手を振って見せると、書き込み欄が雪崩を起こした。
もしかしたら、あの大量の書き込みの中に、店主のものがあったかもしれない。
「さあ、休憩は終わり! 先に進みましょっ」
火の後始末をした俺たちは、温まった体でダンジョンの奥へと歩き出した。
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