第28話 緊急ギルド会議

 場所は東京の新宿。

 とあるオフィスの大会議室。

 全国の大手ギルドの長が勢ぞろいしていた。


 重苦しい雰囲気の中で、皆が映し出されたLIVE配信を食い入るような目で観ていた。

 大手ギルドの中でも、日本で三本の指に入るメビウスのギルド長が映像を眺めながら言う。


「彼が例の子か?」

「はい、アカウント名はくもくも。数週間ほど前に動画配信を始めたようです」


 この場の司会を任されている女性がハキハキと受け答えした。


「この少年が本当にダンジョン神だと?」

「初めての動画投稿で、初級ポーションを作っています。さらに続けて販売ゴーレムの動画もアップしていました。間違いないかと」

「その割には彼のチャンネル登録数が少ないように思えるが」

「まだ動画投稿を始めて数週間です。広まるのは時間の問題かと。現に登録者数は今も伸びています」


 タルタロスのギルド長が咳払いをして、話に割って入った。


「彼のチャンネル登録が、増えないのはギルド内で秘匿してきたからだ。それでもチャンネル登録する探索者はいるようだが……。彼が生み出すアイテムは、とても希少なものばかりだ。皆はすでにおわかりであろう。彼がもし探索者をやめるといい出したら、日本にとって大きな損失だ」

「ありがとうございます。タルタロスのギルド長が言われる通り、彼の処遇は、極めて繊細なのです。ですから、皆様にお集まりいただいきました」


 メビウスのギルド長が出鼻をくじかれて、苛つきを見せる。


「処遇も何もない。ギルドに入れてしまえばいい。そこでアイテムを量産させるように指示すればいいだけだ」

「待ってください。彼が若いからと言って、そのような上から目線で管理しようとすれば、大変危険です。もし彼が私達に敵対してアイテムを供給をしないと言ったらどうされるつもりですか?」

「だから、その時は力でねじ伏せる。探索者は力があるものが偉いのだ。ちょっと役に立つアイテムを作れるからといって、何がダンジョン神だ。そっちの方が偉そうだ」

「彼が自らダンジョン神と名乗っているわけではありません。それに、彼の戦闘能力は果たして低いのでしょうか?」


 LIVE配信で映し出されるくもくもは、鼻歌交じりにデッドバットを蹂躙していた。

 氷魔法ニブルヘイムは超強力。モンスターが彼に近づく前にあの世行きだ。

 しかも、彼がいるのは沖縄ダンジョンの第四階層。未だ大手ギルドさえも、探索できていない場所だった。


「灼熱の地獄である沖縄ダンジョンを平気な顔をして歩いていますけど?」

「それくらい防火のアイテムがあれば、どうにかなる」

「あればの話ですけどね」


 あの熱さを防ぐアイテムは、大手ギルドでも所持していない。それを彼は持っていることになる。

 タルタロスのギルド長が、意気揚々と探索するくもくもを好意的な目で観ていた。


「儂の幹部からの情報では、今日のLIVE配信をする少し前に、博多ダンジョンで大暴れしたそうだ」

「なにっ!? そんな馬鹿なことがあるか!」

「実際に起こっている。おそらく彼は瞬間移動できるような力を持っているのだろう」

「アイテムなのでしょうか?」

「さあ、それはわからない。まあ、彼はダンジョン神だからな。それと博多ダンジョンではクラーケンを瞬殺したらしいぞ」

「まあ、たった一人で……すごい。今もたった一人で沖縄ダンジョンを探索していますけど……」

「彼は強い。そして更に強くなろうとしている。そんな彼をギルドに迎え入れる? 彼にどのようなメリットがあるのかを儂が知りたいくらいだ。たった一人でなんでもできてしまう彼に我々は何を提供できる?」


 タルタロスのギルド長の目は、メビウスのギルド長に向けられた。


「くっ……俺から見れば、まだまだひよっこの探索者だ。沖縄ダンジョンの最下層を目指す? できるわけがない」

「ならば、彼を見守りましょう。この調子なら数日はかかりそうですね。それまでの間、じっくりと話し合う時間はありそうです」

「チャンネル登録数より視聴者数が多いとは、儂らと同じように彼を見定めている者が多いようだ。で、どうするのだ? くもくもが書き込みがないことに不安を覚えているようだが」

「今回のLIVE配信はギルド間で視聴数を少なくするようにと、書き込みを禁止していますからね。下手に彼を刺激したくはないですから」

「それは過保護すぎるのでは?」

「彼は日本にとって大事な人材です。過保護すぎるくらいが丁度良いかと。それに知り合いのダンジョン配信者が書き込んでくれていますよ」

「微笑ましい限りだ。儂にもあのような頃があったな」


 メビウスのギルド長は苦々しい顔をしながら、タルタロスのギルド長を睨んだ。


「何をのんきなこと言っている。日本にとって大事な人材だと言うのなら、彼の保護を考えないとならない」

「はい、そのために皆様に集まってもらいました」

「全国の大手ギルドがこの場にかいしている。どのような保護を考えているんだね」


 タルタロスのギルド長はニッコリと微笑みながら言った。


「ダンジョンの探索においては、彼だけで問題ないかと思われます。それよりも、問題は今後、彼が有名ダンジョン配信者となったときです」

「それがどうしたのだ。有名ダンジョン配信者などたくさんいるぞ」


 メビウスのギルド長がのんきなことを言っていた。


「そこが問題です。調べによると彼はまだ高校生。しかも希少なアイテムを作り出せます。もし良からぬ者に狙われてしまったら大変です。彼の私生活を陰ながら護る必要があるかと」

「それこそ過保護すぎだ」

「いいえ、今やダンジョン探索は国際間の競争です。彼のような人材が他国に狙われる危険性は捨てきれません。メビウスのギルド長が最初に言われた通り、力を持って彼または家族を誘拐されたら、日本にとって大きな損失です」

「やはり公安の方が言うと話の重みが違いますな」


 タルタロスのギルド長が深く頷いた。


「ここだけの話、総理大臣の代わりはいくらでもいます。ですが、くもくもの代わりはいないのです。これから生み出されるアイテムを想像してください。その中には不治の病をも完治できる薬や、強力無比の装備があるかもしれません」

「ダンジョンがこの世界に現れた謎を解けるかも知れないと?」

「少なくとも彼が日本側の探索者であってくれる限り、生み出されるアイテムによって他国よりも解明が進むと思われます」

「彼の高校はわかっているのかね」

「秘密ですが、わかっています。すでに公安の職員を手配しています」

「ギルドの我々からも手配してほしいということかな?」

「お察ししていただきありがとうございます。可能でしたらランクS級の探索者をお願いしたいです」


 会議に参加しているギルド長たちがどよめいた。ランクS級といえば、探索者としての最高ランクだ。

 ギルドからエースを差し出せと言われているに等しい。

 タルタロスのギルド長が不敵な笑みをこぼした。


「最近、S級に昇級した活きの良い探索者がいる。紹介するから、うまいこと計らってくれ」

「承知いたしました」


 結局、探索者を派遣できるのはタルタロスギルドだけだった。

 その他のギルドは、どうしてもダンジョン攻略に人員を使いたいようだった。それだけランクS級の探索者は貴重な人材だった。

 それでも、ダンジョンでくもくもと遭遇した時には、彼への自然な助力をするように取り決めが交わされた。


 大手ギルドが一堂に会する場で、『くもくも保護法案』が可決された瞬間だった。


「では、くもくもさんの勇姿を鑑賞しながら、今後の方針をつめていきましょう。彼の保護が決まりましたので、LIVE配信の書き込み制限も撤廃です。一気に書き込んでしまったら、彼もびっくりするかもしれません。ほとほどでお願いしますね」


 LIVE配信の映像では、くもくもが第四階層のデッドバットを駆逐していた。

 そして第五階層への大階段を見つけたところだった。元気な声で実況を楽しんでいた。

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