第140話 ご案内

 タルタロスギルドの工事関係者と両親が真面目な話をしていた。

 どうやら、元々老朽化していた東雲家をこれを機に大々的に手直ししようとしているようだ。


 床や階段などが歩くたびにギシギシと音を立てていたし、トイレやお風呂などの設備も古くてたまに水漏れをしていたくらいだ。


 費用が多くかかりそうなら、俺も協力するといったら、両親に丁重にお断りされてしまった。まだ、子供の俺が考えるには早い話のようだ。


 すでに床上浸水で傷んだ床を剥がし始めている。なんでも、床下に大量の水が排水されずに残っているらしく、一刻も早く抜かないと基礎まで痛んでしまうからだ。


「えらいことになった」

「うん……で、これからどうするの?」

「どうするって?」

「あらら」


 仁子さんは額に手を当てながら言う。


「家の工事が終わるまでは、どこで暮らすの?」

「2階でどうにか、なんて思っていたけど、無理そうだね」

「私は一応君の護衛なんだけど」


 仁子さんに風呂もトイレもないところに暮らしてとは言えない。

 それに玄関のドアも1階の窓もない防犯性皆無の家では住みにくそうだ。さらに、ここら辺一帯が、濁流によって運ばれてきた泥で、ぬかるんでいるし。


 それでも、今ここを離れることに不安はあった。

 ログハウスにあるダンジョンポータルだ。俺がスマホで操作することでしか、現れないから大丈夫だと思うけど……。

 念の為、西園寺さんに相談して、警備をお願いするのも手だ。


「よしっ、決めたわ! 東雲家一同を私の家にご招待するわ!」

「えっ! いきなりっ」

「そうよ。だって、公安の人たちが襲われたくらいだし、相手は見境がないと思うの。ここは地の利を活かした私の家がいいと思う。それにギルドの腕利きも常駐させるし。さらに守りを固めてやるわ!」


 仁子さんはめっちゃ早口だった。おそらく、今回の奇襲に内心で腹を立てているのだろう。今度は自分の家なら、好きなようにできる。完全な守りを固めて、侵入者を絶対に捉える気だ。


「ふふふふっ、目に物見せてやる」

「仁子さん、目が怖いよっ」


 不敵な笑みをこぼしながら、彼女はぶつぶつと一人言を呟いていた。

 そして、仁子さんは俺を置いて、工事の話をしている両親のもとへ駆けて行ってしまう。


 仁子さんは両親に体一杯に動かして、自分の家に避難することを勧めていた。

 だが、その申し出に両親は渋っているようだった。まあ、いい大人が高校生女子のお世話になるなんて、聞いたことないし。


 そこへ割って入ってきたのが、鋼牙さんだった。

 工事日程や、公安を襲った犯人などを言葉巧みに訴えかけて、なんと両親が仁子さんの家に滞在をすることを勝ち取ったのだ。


 仁子さんはすかさず、俺に向けてVサインを送ってきた。

 いやいや、鋼牙さんの話術のおかげだよ。

 父親の功績は私のものと言わんばかりのドヤ顔であった。


「では、あとはパパに任せて、私の家へ行くための準備よ!」

「了解です!」


 仁子さんは昨日、荷物を持ってやってきたばかりなのに……。これでは蜻蛉返りである。

 でも本人はまるで気にしていないようだ。2階に上がってせっせと準備をしていた。


「手伝おうか?」

「八雲くんは自分の準備をするの!」

「了解です!」


 すごいやる気をみなぎらせているぞ。彼女が東雲家に泊まりに来た時は、どこか緊張しているようにみえた。それが招待する側に回った途端、すごい使命感に燃えている感じがする。


 荷造りもめっちゃテキパキしているし。俺も早くしないといけないな。

 父さんと母さんは、公安と鋼牙さんに護衛されて後から来ることになった。


 まず俺が仁子さんの家に先に向かうことになる。彼女としても、いろいろと準備をしたいらしく、俺から見ても早く戻りたくてうずうずしていた。


 とりあえず、服と下着とソックス……などをバックに詰め込んでいく。

 あとは、勉強道具を一式。

 もし足りないものがあれば、仁子さんの家からはそんなに遠くないので、取りに帰れるだろう。


「八雲くん! 準備できた?」

「うん。今終わったところ」

「よしっ、ではいきましょうっ!」


 仁子さんはノリノリで右腕を高らかに挙げた。俺もつられて腕をあげる。


「「おう!」」


 仁子さんは両親に丁寧に挨拶をしていた。本当に短い間だったが、お世話になったことをちゃんと言えるのが、彼女だ。


 俺たちは、一足先に仁子邸に向かう。

 道路には泥が堆積しており歩きづらいため、翼を出して飛んでいく。空から見た地上は酷い有様だった。田畑の境界線はなくなり、一面が泥で埋まっている。土地が低い民家は、東雲家よりも多くの濁流が押し寄せたのだろう。1階の壁が無くなって、そこにあった全てが押し流されていた。


「八雲くんが川の氾濫を止めなかったら、もっと酷いことになっていたわね」

「うん。この状況を見ると、改めてやってよかったと思う」

「よしよし」


 仁子さんにめっちゃ頭を撫でられてしまった。

 子供扱いされているようで、恥ずかしい。


「どうしたの急に!」

「だって、今回の件は八雲くんがやったって言うつもりはないんでしょ」

「うん。別に目立ちたいわけじゃないから」

「八雲くんらしいわ。それでどうやって氾濫を止めたの?」

「氷魔法アイシクルで氷の杭をたくさん作って、崩れそうな土手を補強したんだ。もちろん溶けないように魔力をしっかり込めたよ」

「えっ、いつまで溶けないの?」

「一週間くらいかな」


 仁子さんはそれを聞いて、のけぞった。


「絶対にあとで話題になるわよ。なぞの溶けない氷柱が土手に突き刺さっているって」

「黙っておけば大丈夫!」


 公安の人たちにはバッチリと見られている。だけど、表立って言う人たちでないだろう。


「まっ、名乗りでなければわからないか」

「うんうん」


 俺がやりました。なんて言えば、あれやこれやと面倒な事に巻き込まれるだろう。

 顔出しはダンジョン配信だけで十分なのだ。


 おっ、仁子さんの邸宅が見えてきたぞ。

 歴史ある古民家だけあって、空から見ても圧巻である。


「庭って思った以上に大きいんだね」

「そう。手入れが大変なの」

「仁子さんも剪定とかするんだ!」

「何をびっくりしているのっ。私だってそれくらいするわ。ほら私がやったのがあそこにあるわよ」


 仁子さんが教えてくれた木は、無惨にも奇抜な形をしていた。

 明らかに周りの風景から浮いている。


「現代アート的な刈り方だね」

「ちょっと切りすぎた感じ」

「今度切る時は手伝うよ」

「じゃあ、3年後くらいにお願いしようかな」


 気の長い話だ。

 三年後なんて……その時は大学生になっているのか。うん、まだ全く想像できない。


「仁子さんは進学するの?」

「もちろんよ。焦って探索者に専念しなくても、時間はあるし。八雲くんは?」

「俺も進学するよ。探索者になってから、いろんな場所に行って思ったんだ。もっとたくさんのことを知るべきだって」

「そっか……。どこの大学に行くか、決めているの?」

「まだ未定かな。勉強をしながら身の丈にあった大学を選ぶよ」

「八雲くんらしいね」


 まだ俺たちは高校一年生だ。将来を全て決めるには、まだ時間はたくさんある。

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