第3話 初投稿

 スマホのダンジョンアプリにある『帰還』を選ぶと、新宿ダンジョンから納屋に戻って来れた。

 ポータルから外へ出ると、光の柱は消えていた。そして、手に持っていたスマホに新たな通知が入る。


『アプリにポータルの機能が追加されました』


 アプリを確認すると、『ポータル』があった。

 選ぶと『起動』と『停止』が表示された。試しに『起動』を押してみる。


「ダンジョンポータルだっ」


 新宿ダンジョンへ移動したときのように、光の柱が現れた。

 今度は『停止』を押す。

 ダンジョンポータルは光を失い、消えてしまった。


 よしっ、ポータルの制御がスマホで操作できる。

 もし光を放つダンジョンポータルが起動し続けていたら、納屋にあったとしても目立ってしまう。

 いずれは親に見つかっていただろう。


 その心配が無くなったので、ホッとした。

 これからは自由にダンジョン探索ができそうだ。


「残るはこの格好か」


 探索者の装備だ。ダンジョンポータルに出会う前の服はどこにいったのだろうか?

 このまま自分の部屋に戻ると、親に見つかったときがヤバい。またピンチだ。

 スマホが俺に答えるように、アプリ通知が届いた。


『アプリに装備の機能が追加されました』


 おおっ、ナイス!

 すぐにアプリの『装備』を開く。

 今着ている装備が表示されていた。


◆装備

 ・【武器】スタンダードソード

 ・【鎧】スタンダードアーマー

 ・【靴】スタンダードブーツ


 見た感じ初心者向けの装備のようだった。

 ブルースライムを簡単に倒せたし、今の俺には丁度いい。もし、装備系のレシピが貰えたら、それをクラフトして交換すればいいだろう。


 装備欄の下の方に『解除』ボタンがあった。


「これかな」


 押してみると、全身が光に包まれる。

 光が収まったときには、いつもの普段着に戻っていた。


 これで親にはバレない。


 すぐに自分の部屋に戻って、ドアを締めた。

 そうだ。納屋以外で、ダンジョンポータルを起動できるのかと疑問に思った。

 アプリのポータル起動を選ぼうとするが、ボタンが押せないようになっていた。

 どうやら、納屋以外では起動できないようだ。


 ダンジョン探索を思い返しながら、ベッドに飛び込んだ。


「俺って本当に、ダンジョンを探索したんだ。アイテムクラフトもしたし」


 アプリのアイテムボックスを開くと、ちゃんと初級ポーションが9個あった。

 1個取り出して、机の上に置いてしばらく眺めてしまった。

 このまま初級ポーションを見ていたいが、俺にはやることがある。

 新宿ダンジョンで初級ポーションを1個使った効果なのか、探索の疲れが全くない。


「撮影した動画を見よう!」


 どう撮れているかを探索中にチェックできていない。

 俺は楽しんでいたが、動画が良いものであるかは別の話だ。

 緊張しながら、アプリで動画を再生する。


 やはり出だしの挨拶は、声が上ずっていた。これは恥ずかしい……。

 ブルースライムと戦いながら、喋っているため、早口になっているところもある。

 うううっ、次は落ち着いていこう。


 戦闘のシーンは終わって、初級ポーションを作成するところに入った。

 ここらへんからは、俺の口調は少しだけこなれてきている。

 良い調子だ。


 手のひらを治して、効果を確かめるシーンも良いアングルで撮られていた。

 全体を通して動画を観ると、俺が撮影するより遥かに良かった。プロの仕事って感じだった。


「あとは、ブルースライムと戦っているところが単調だから、早送りするように編集できたらいいのに」


 そう思っていると、アプリ通知が届いた。


『アプリに動画編集の機能が追加されました』


 本当に気が利くアプリだ。

 すぐに『動画編集』を開く。そして、今回撮影した動画を選んだ。

 そして、現れたボタンに驚いた。


「自動編集!?」


 勝手に編集してくれるのか? ちゃんとできるのだろうか?

 といったことが頭を過ぎった。

 これだけ気が利くアプリだ。良い感じにしてくれるかもしれない。


「お願いします」


 俺は『自動編集』ボタンを押した。1秒もかからずに、編集された動画が出来上がった。

 早すぎだろ……。撮影した動画の編集には、とても労力がかかると聞く。

 そのため動画編集という仕事があるくらいだ。


 恐る恐る再生してみると、俺は驚嘆して声を上げていた。


「嘘だろ……完璧だっ!」


 俺が動画を見ながら、こうやって編集したほうがいいと思っていたことがすべて叶っていた。

 すべてに字幕がついており、わかりやすい。

 まるでアプリが俺の心を読んで、編集したかのようだった。


「恐るべき自動編集の力……」


 編集された動画アイコンの横に、投稿ボタンがあった。

 押すのか? どうする?


 いや待てよ。その前にチャンネル名を決めないと!

 肝心なことを忘れていた……。

 考えた挙げ句、【くもくものアイテムクラフトのんびり配信中】とした。


 くもくもは、学校での俺のあだ名だ。東雲八雲で、雲という漢字が2つあるため、くもくもと呼ばれている。

 このあだ名なら俺の名前は推測できないだろう。

 それに自分自身が慣れていることもあって、配信者としての名前に使うことにした。


 下準備はこれでできた。

 後は動画を投稿するだけ。『投稿』ボタンを押そうとするが、得体のしれない緊張感に襲われた。


「ヤバっ、めっちゃ緊張する」


 再生数や高評価などがどうなるのだろうと思ったら、指が震えた。

 でも、これは俺がやりたかったことだ。


「行けっ!」


 俺は『投稿』ボタンを押してしまった。

 【くもくものアイテムクラフトのんびり配信中】チャンネルの初投稿だ。


 見守ること、……1時間。

 俺はスマホを握りしめていた。

 軽く泣いていたかもしれない。

 終わった……再生数が1。

 その再生数は、俺が確認のために観たものだった。


「俺にはアイテムクラフトがある」


 すぐに結果が出るものではない。そう思うことにする。

 これ以上、スマホとにらめっこしていてもしかたないので、机に座って勉強でもするか。

 

 今までやりたいことが思い掛けずできるようになったし、今日はこれで十分だ。

 ダンジョン配信者から、ただの高校生に戻ろう。

 勉強を怠っていたら母さんに何を言われるか……考えただけでも恐ろしい。

 

 勉強に疲れたら、初級ポーションを飲んでぐっすり寝ることにする俺だった。

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