第68話 異国
ワシントンダンジョンに向けて、俺は休息することを選んだ。ダンジョンポータルを見つけてから、ひたすら駆け抜けてきたダンジョン生活。
久しぶりにゆっくりと休めた気がする。
そのおかげもあって、心身ともにリフレッシュできた。
今日の探索では、持てる力を十二分に発揮できるだろう。
俺は納屋の前で仁子さんが到着するのを待っていた。
事前の連絡では、遅れることなく来る予定なのだが……。
俺はスマホで時間を確かめた。
後1分で待ち合わせ時間だ。
果たして彼女は時間に間に合うのだろうか?
付き合いは日が浅いけど、仁子さんは時間にルーズな感じではない。
何か問題でも発生したのかも……なんて思って連絡を取ろうとしていると
「おまたせ!」
空から仁子さんが落ちてきた。
かなり急いでいたようで、落下のスピードを殺すことなく、地面にぶつかるように着地する。
すごい地響きが渡り、それは周囲に広がった。
着地したところが大きく陥没するほどだから、その勢いは相当なものだっただろう。
「ごめん! 庭を壊しちゃった。後でギルドに直してもらうから」
「そうしてもらえると助かるよ。こんな隕石がぶつかったような穴のままだと、母さんが絶対にびっくりするから」
庭に空いた穴は、タルタロスギルドによって修復されるみたいだ。
こんな穴を空けるほど、仁子さんは急いでいたと言える。スマホで時間を見ると、集合時間に間に合っていた。
「何かあったの?」
「そうなのよ! 私たちがワシントンダンジョンへ行くことが、向こうの大手ギルドの知られたみたい」
「それって問題?」
「うん。そのギルドはダンジョン神アンチだから、邪魔をしてくるかも」
「公安が守ってくれないかな」
「西園寺さんが同行してくれるから、してはくれると思うけど……ダンジョン内は無法地帯だからね。アメリカは特にね……」
そのための西園寺さんの同行だった。
引率者がいるためか……なんとなく修学旅行感覚だ。
それも海外とは贅沢だな。
「西園寺さんは現地で待ってくれているんだよね」
「いろいろと前準備があるって言っていたよ」
「快適なダンジョン探索になることを祈りましょう!」
なんか……仁子さんが嫌なフラグを立てているけど、俺もそう願いたい。
「そう言えば、八雲くんのご両親は?」
「ああ……それは」
父さんと母さんは、二人で旅行に行っている。
俺がアメリカで探索すると伝えたら、母さんが羨ましい目で見ていた。そのため、俺は気を利かせて株取引で勝ちまくったお金の一部を軍資金として提供したのだ。
今頃、母さんはお高めの宿で、小躍りしながら楽しんでいることだろう。実際に、俺のSNSにその姿が父さんから送られてきている。
「高校生で親孝行とはやるわね。さすがはダンジョン神!」
「そこは関係ないからっ」
何かとダンジョン神がついて回るな。
LIVE配信のときも、そんな感じだし。
「あっ、株取引で思い出した。この前の株買いまくります配信、面白かったよ」
「あれか……高校があるんで取引時間で買えないから、前もって指値でしかできないけどね」
「次の日の答え合わせが、いい線いっていたよ。ちゃんと会社研究をしているところ偉い!」
「今のところはプラスだけど、この先どうなるかはわからないからね」
ダンジョンが急に世界に現れる世の中だ。世界壊滅の危機が起こっても、不思議ではない。
その時は俺が持っている株は暴落するかもしれない。
まあ、そこまで行けばお金の価値すら危うい気すら感じる。
それでも、株買いまくり配信はいつものダンジョン配信とは違って、それなりに需要があった。
もしかしたら、ダンジョンで稼いだお金で、投資を考えている人が多いのかもしれない。
モンスターと戦うので怪我もしやすいし、他の稼ぎ方を模索しているのかな?
「また株配信はするの?」
「う~ん、どうだろう。株ってそんなに値動きが荒くないからね。みんなが忘れた頃に結果報告を兼ねて、やるかも」
「外国為替取引はどう?」
「あれはゼロサムゲームだから、俺には向かないかな。投機よりも投資のほうが性に合っている気がする」
「そんなんだ。私はダンジョンでモンスターを殴った方がいいかな。それに新しい武器も手に入れたし。早くワシントンダンジョンへ行きましょう!」
仁子さんの言う通りだ。
すでにLIVE配信を待っている視聴者たちがたくさんいる。日曜日だけあって、いつもよりも多くの人が押しかけてきていた。
俺たちは納屋に入って、装備を整える。
ダンジョンポータルの行き先をワシントンダンジョンへセット完了!
「ポータルを開くね」
「あああ……楽しみ!」
黄金色の粒子を放ちながら、ワシントンダンジョンへのポータルが開かれた。
「じゃあ、行こう!」
「おう!!」
俺たちは元気よくポータルに飛び込んだ。
このドキドキ感は、初めてポータルに出会ったときに似ていた。
ワシントンダンジョンは、すべてがクリスタルだった。
なんという幻想的な光景だろうか。
ゲート付近では、たくさんの探索者が集まって、クリスタルを削っていた。
「あのクリスタルって高く売れるの?」
「ダンジョン物ってことでお土産程度くらいで売れるかもね」
俺たちは、採掘している人たちから離れて、西園寺さんを探した。
ゲート付近は混んでいるから、少し離れた場所にいるとは聞いていた。
キョロキョロしていると、探し人の方から声を掛けられた。
「お待ちしておりました。東雲さん、片桐さん!」
「西園寺さん、いろいろとご配慮していただきありがとうございます」
「たまには公安も良い仕事をするのね」
仁子さんの指摘に苦笑いの西園寺さん。
彼女は、一緒にいる外人たちを俺に紹介する。
「こちらがスティーブンさんとルドルフさんです。二人ともアメリカ政府のダンジョン管理をしている機関の方々です」
「アメリカってダンジョン管理を国でしているんですね」
「表向きはギルドですけどね」
二人とも大柄の男性で、握手をしたときに手の大きさにびっくりした。
そして、彼らから魔力を感じた。
「もしかして、二人とも探索者ですか?」
「わかってしまいましたか。お二人はS級探索者です。もし何かあった際に、助けてくれるようになっています。でも、東雲さんと片桐さんなら不要だと思いますけど」
スティーブンさんとルドルフさんは強面だったから、初対面で緊張した。
だけど、片言の日本語でファフニール戦について、興奮をしながら称賛してくれた。
「ご存知の通り、お二人ともダンジョン神のファンです。今回の探索では、陰ながら観戦したいそうです」
マジか……画面越しのLIVE配信ではなく、リアルで見たいとは! 安易にメルトはできないな。
もし彼らが巻き込まれたら国際問題になってしまいそうだ。
そんな心配に西園寺さんがにっこりしながら言う。
「安心してください。彼らには蘇生のペンダントを持ってもらっています。他の探索者がいなければ、メルトの許可をもらっています」
スティーブンさんとルドルフさんがうなずきながら、メルトOK、カモーンと言っている。
この人たちはドMなのだろうか……。
それとも耐えきれる自信があるのだろうか。海外のダンジョンは初めてなので、その感覚がまったくわからない。
その二人の注目は、仁子さんに向けられた。
彼女が持っている大剣グラムが気になっているのだろう。
そして西園寺に何かを言っている。
「あのお二人が、グラムを持ってみたいと言っています。よろしければ、持たせて上げてくれませんか?」
「いいわよ。でも重いから気をつけてね」
仁子さんがスティーブンさんにグラムを渡すと、「ベリーヘヴィー!」と言って、ルドルフさんも持たせていた。
二人ともキャッキャウフフで実に楽しそうである。
なんかワシントンダンジョンで一番楽しんでいるのは、この二人かもしれない。
負けてはいられない。
グラムを返してもらい、俺たちは二人に見送られながら、ダンジョン探索を開始した。
西園寺さんは、顔バレしたくないため、仮面をつけている。公安の人として当たり前だろう。
「LIVE配信を始めます!」
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