第58話 東雲家2
家に帰ると、母さんが既に帰宅していた。
夕飯の支度をしていた母さんは、仁子さんを見つけるとすぐにリビングへ招いた。
「母さん、仁子さんにも用事があるから」
「だって、一人暮らしでしょ。実はね……そうなるんじゃないかなって思って、仁子さんの分も買ってきたのよ」
「お気遣いありがとうございます。せっかくなので甘えさせてもらおうかな」
「はい、決まりね」
俺を除いて、勝手に決めてしまった。
仕方ない。東雲家で母さんは法を司っているのだ。
「でも、食べさせてもらっては気が引けますから、ギルドからお金をお送りします」
「ああ……それはいいよ、仁子さん。お金に困ったら、金塊1トンを国に売るから。西園寺さんと金属系の素材をこらからどうしていくかを検討中なんだ」
「へぇ、そうなんだ。最近、彼女が出張って来ないと思ったら、裏でそのようなことを」
俺がミスリルを独占しているので、その素材を使って開発研究している各所から苦情が寄せられていた。
西園寺さんがそのことで、申し訳なさそうに俺に提案してきたのだ。
知らぬところで敵を作りたくないので、金属系素材を国に買い取ってもらうように話を進めている最中だ。
インゴット生成機は、仁子さんから大地の息吹を譲ってもらえたので、今二台稼働中だ。
一時間に1個の金属系素材を得られる。それが二台あるから、一日で48個の金属系素材をランダムでアイテムボックスに収まっていく。
定期的にグランドワームを狩って、インゴット生成機を最低でも100台は欲しいところだ。
ミスリルについては独占的に持っていることで、強い立場で交渉できることを知った。
だから、できる限りこの状態を維持したほうがいいだろう。公安は俺が希少な探索者だから、身辺警護をしてくれているからだ。
大きな利権が絡むと、俺の家族まで危険が及ぶかもしれないからだ。そうでなくても、西園寺さんから他国の諜報員らしき者たちが動いていることを聞いていた。
あっ、そうだ!
西園寺さんから、良い知らせが届いていたんだ。
俺はソファに座っている仁子さんに声をかける。
「西園寺さんさんから、海外のダンジョン探索で許可をもらえた国があるよ」
「どこ?」
「アメリカだよ」
「私も付いて行っていいの?」
「じゃないと声を掛けないよ。場所はワシントンダンジョンだよ」
「あそこは一度行ってみたいと思っていたのよ。楽しみ!」
仁子さんは海外は初めてだという。俺もだけど。
強い探索者が海外で活動するには国と国との許可がいる。
それは身の安全の保証だったり、亡命を禁止するためだったりする。
仁子さんは間違いなく日本でトップレベルの探索者だ。そのため海外へは旅行を含めて、厳しく制限されていたのだろう。
俺の場合、ダンジョンポータルがあるので、そのような事情を飛び越えてダンジョンに入ることはできる。
だけど公安の手前、筋は通しておいた方が良いと思ったのだ。
今はまだ未成年だ。大人になったら、ダンジョンポータルを使って、世界中の僻地にあるダンジョンを探索するのも悪くはない。
そのためには、マシンガンくらいは避けられるようになっておきたい。海外では重火器をダンジョンへ持ち込んでいる国もあるらしい。
ステータスのギア5なら、なんとか躱せそうな気がする。いや、完璧に躱せると思えるくらい強くなってからだな。
念には念を入れて、損することはない。
あれこれ考える俺に仁子さんは言う。
「ワシントンダンジョンには、西園寺さんも来るの?」
「そうだよ。でもびっくりだよ。西園寺さんも探索者だったなんて」
「それはそうよ。日本のギルドの手綱を握っているんだから。八雲くんが知らないようだから言っておくけど、彼女はSランク探索者よ」
「マジで……」
まったくそのような気配はなかった。
それができてしまうほどの実力者なのかもしれない。
「公式には発表されていないことだけど、西園寺さんは日本で始めてのSランク探索者なのよ」
「公安だから表立って口外できないってことか……」
「彼女がいる課は、実力のある探索者で固められているわ。大手ギルドに匹敵するほどにね」
おおっ、そんな人たちに身辺警護をされているとは力強い! それと同時にちゃんと見返りを渡さないと、良好な関係が続けられないような気がした。
仁子さんがソファから立ち上がって言う。
「早く知床ダンジョンを制覇しないとね。それにパスポートを作らないと!」
「パスポートは公安の方で手配してくれるよ。でも、ダンジョン内だけで行動するのなら、パスポートはいらないけど念のためにね」
ダンジョンの中はどこの国のものでもない。
月や火星のように、自国のものだと主張できないようになっている。
だから、自由なのかと言ったら大間違いだ。
国に属さないダンジョンは、その国の法律外だ。
つまり、もしそこで暴力行為や殺人など犯罪をしても逃げ切れる可能性がある。だから、各国でダンジョン内の法律を決めようという動きがある。
しかし、各国の思惑が交差してなかなか前に進められないのが現状だった。
日本では大手ギルドなどがそのような行為に目を光らせている。それでも新宿ダンジョンで俺を脅してきた探索者のような者たちがいる現状だ。
また、ダンジョン配信者の中には迷惑系と呼ばれる危険な行為をして、動画の再生数を稼ごうとする者までいる始末だ。
ダンジョンは良いことばかりではない。……なんて思っていると、仁子さんはうきうきだった。
「海外旅行は初めてだから、テンション上がる!」
「ダンジョン探索がメインだよ」
「駄目よ、それが終わったらワシントンの街並みを楽しむの!」
ウィンドウショッピングでもするつもりだろうか。
俺が住んでいる場所は田舎なので、仁子さんには少々退屈な場所なのかもしれない。
「それと、アメリカの探索者と対戦してみたい!」
「ええっ、危ないよ」
「海外のSランク探索者と戦えることってまずないから。是非お願いしたい」
「西園寺さんに言っておくけど、期待しないでね」
「ありがとう!」
仁子さんは戦闘民族だ。私より強いやつに会いに行くって感じだった。
命さえ落とさなければ、中級ポーションで全回復できる。
まあ、そうなる前に止めに入るけど。
仁子さんがテンション上げ上げマックスになっていたところで、夕食が出来上がった。
父さんも帰ってきたところで、みんなで夕食をいただくことになった。
仁子さんはもう俺の家族に馴染んでいた。
彼女は今日のダンジョン探索について、両親に面白可笑しく報告していた。母さんは大笑い、父さんは何かと真剣に聞き入っていた。
なんとなくだけど、両親がダンジョン探索に対する考え方が少しずつ変わっているように思えた。
「ご飯も食べたし、勉強するかな」
「私も一緒にする」
「ええっ、仁子さんは勉強できるんだし、これ以上したら俺が1位がとれないよ」
「二人でやったほうが効率が良いでしょ。ダンジョン探索と一緒よ!」
その様子を見ていた父さんと母さんに笑われてしまった。
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