第59話 人心掌握

 仁子さんと一緒に登校して、教室の席に着くと、横の席から声を掛けられた。友人は小声で周りに聞こえないように気を使っていた。


「昨日は本当にありがとう!」

「別に大したことじゃないよ。それよりおじさんは大丈夫?」

「ああ、昨日のことが嘘みたいに元気で会社に行ったよ」

「よかった」


 昨日の深夜に突然、友人から電話があったのだ。

 いつもならSNSでやり取りするのに珍しいと思いつつ、電話に出てみると、彼の父親が脳卒中で倒れたという。


 それも、発見が遅れたことで脳死状態になってしまうかもしれない緊急事態だった。


 友人は一縷の望みに賭けて俺を頼っていた。話の内容は中級ポーションを1本分けて欲しいということだった。


 俺は友人のピンチにすぐに快諾して、俺の両親と一緒に病院に急いだ。


 病院に着いたのはいいが、おじさんは集中治療室にいて面会が家族でもできない状態だった。

 早く中級ポーションを飲ませないと、もしかしたら全回復に間に合わないかもしれない。

 中級ポーションは脳へのダメージがどれくらい回復するかは未知数だったからだ。


 初めての試みに俺はできる限り急いで、中級ポーションを飲ませたかった。


 しかし、病院側は謎の液体を患者に飲ませることはできないと拒否した。


 悩んだ俺は公安の西園寺さんの力を借りることにした。

 すると病院側は態度を一変させて、友人の父親に中級ポーションを飲ませることができたのだ。


 友人の家族、俺の家族が見守る中で、中級ポーションをおじさんに飲ませる。

 俺が予想していた通り、おじさんは苦しみ始めた。


 事前に回復痛というものがあることは、友人の家族には伝えていた。

 それでも、みんながその様子を見て、動揺したことだろう。


 主治医は特に狼狽えていた。医学とはなんの関係のないダンジョン製の回復薬だ。信用するには無理がある。


 しばらく苦しんだ後、おじさんは動かなくなった。

 それを見た友人は、涙を流して床へ屈み込んだのを覚えている。


 しかし、すぐにおじさんは、ハッと目を見開いて言った。


「死ぬほど、苦しかった! ……なんだ! ここはどこだ!?」


 おじさんは脳死状態から完全復活して、とても元気だった。

 ベッドから立ち上がろうとするのをみんなで押さえつけたくらいだ。


 自分が脳卒中で倒れたことを理解していなかったおじさんに状況を説明する。納得してくれたおじさんはやっと大人しくベッドで寝てくれた。


 みんなでおじさんの回復を喜んでいた。友人もそうだが、特におばさんの喜びようは凄かった。


 俺の手を取って、ブンブンと振り回しながらお礼を言ったくらいだ。


 主治医はその光景に唖然として、目をパチクリとさせていた。看護師の人たちも同じだった。


 友人のおばさんは、今回のことでかなり疲弊しているようだった。なので、よければと中級ポーションを渡した。


 おばさんはありがとうと言いながら、ごくごくと飲んだ。

 その後は、病院の床でしばらくのたうち回った。

 おばさんも何らかの持病を抱えていたのかもしれない。


 友人はその時のことを思い出しながら言う。


「母さんが、くもくもにありがとうって伝えてくれってさ。でも、もう二度と飲みたくないって言ってたぞ。地獄の苦しみだったそうだ」

「あれは回復痛だよ。あれほど苦しむのなら、相当な持病を抱えていたんだと思う。それがなにかしれないけど、治ったと思うよ」

「マジか……両親を助けてくれて本当に助かる! 父さんが倒れたときには、どうなってしまうんだろうってめっちゃ焦ったからな。今日も普通に学校に来れたのが不思議なくらいさ」

「お前が学校に来なくなったら、俺も寂しいから」

「今日の昼飯、何か奢るから何でも言ってくれ」

「おっ、サンキュー!」


 友人の両親からも、改めてお礼がしたいと言われている。

 大したことをした覚えはないけど、その好意は喜んで受けるべきだろう。


 中級ポーションも探索以外で役に立つこともある。

 あまり流布し過ぎると、俺から中級ポーションを得ようとする者が現れてしまうから、今回の件は俺と友人の間で内密にしてある。


 友人は俺の配信チャンネルを見ながら言う。


「くもくもも、いよいよ有名人だな」


 彼のスマホを俺に見せてくれる。


「おおおっ、マジか……」


 とうとうチャンネル登録者数が100万人になろうとしていた。

 俺もスマホを取り出し、カウントダウンを見守る。


「後少し……あっ……キター!」


 やったぞ。チャンネル登録者数が100万人だ!

 アプリからすぐに通知が届いていた。

 ステータスがアップしたお知らせだ。


『チャンネル登録者数が1000000人になりました』

『ユーザーの全ステータスがアップします』


 さあ、果たしてどのくらいになっているかを見てみよう!


◆東雲八雲 種族:人間

力  :787500 → 7567400

魔力 :898600 → 9765300

体力 :828000 → 9837200

素早さ:685700 → 7364500

器用さ:766400 → 7536200

魅力 :100000 → 1000000


 うん!

 もうわけがわからない桁数になっている。

 これで、ステータスの調整としてギア6が解放された。

 今日のダンジョン探索でぜひ使ってみたい。

 教室でステータス全開するにはいかないしな。


 スマホをニヤニヤしながら見ていると、友人が言うのだ。


「くもくも……なんだか急に神々しく見えるぞ」

「マジで!?」

「本当にダンジョン神って感じだ」


 まさか天使の輪が常に頭の上に浮いているのか!?

 スマホのカメラで確認するが、そんなことはなかった。


 クラスメイトたちも、友人と同じように俺を見つめていた。

 なんだ!? 視線が集中し過ぎて、めちゃくちゃ気まずい。


 それに気が付いた仁子さんが俺の前に立って言う。


「八雲くんを見すぎない。彼が困っているでしょ。見るのは一時間おきに一回までね!」


 教室に謎のルールを提唱して、その場を収めると仁子さんが俺に顔を向けた。


「八雲くん、その神々しさはどうにかならないの?」

「これは勝手に湧き出しているというか……抑えきれないというか」

「探索者なら持ちこたえられるかもしれないけど、一般人の人なら君の言おうことなら何でも聞いてしまいそうならくらい神々しいわよ」

「それは……生活に支障をきたしそう」


 アプリよ……頼む!

 セーブモードに改善を求む!

 俺の願いは叶い、アプリから通知が届いていた。


「ステータスのセーブモードに機能が追加されます」

「魅力を手動調整できるようになりました」


 さすが神アプリだ。ありがとうございます!

 俺はすぐに魅力をアップする前に戻した。


 凄まじい神々しさは収まっただろうか?

 仁子さんの顔色を伺う。


「八雲くん……元に戻ったようね。さっきのは本当にまずかったわよ。人心掌握って感じだった」

「とりあえず、調整したから。でも、ヤバかった」

「あれほどの魅力なら、配信で大活躍しそうね。狂信者があらわれそうな勢いだったけど……」


 仁子さんが言う通り、ダンジョン配信以外では使わないほうが得策だろう。

 あと使えそうなのは、交渉する場くらいかな。人心掌握の力で、俺の思い通りに交渉が進められそうだ。


 驚きもあったが、ステータスがギア6になった。

 今日の知床ダンジョン探索が楽しみである!

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