第53話 仁子軍団

 装備を整えた俺と仁子さん。まずはドロップ増加剤を飲む。これを飲むと素材集めが捗るので、必須アイテムだ。

 仁子さんは案の定、腰に手を当てて一気飲みした。

 もうあえて言うまい。だって、頭の二本角で刺されるからな。


 知床ダンジョンへのポータルを開いて、一緒に中へ入った。


 戻ってきました! 第2階層に!

 突然現れた俺たちに、ヘルバードはびっくりしていた。


「仁子さん、ちょっと時間をもらってもいいかな」

「どうしたの?」

「メビウスギルドの件で、販売ゴーレムを更に調整する必要があるかなと思って」

「ここで!?」

「ごめん。今、調整できるようになったら、ヘルバードの相手をお願い!」

「仕方ないわね」


 仁子さんがヘルバードを蹂躙している間に、俺はアプリから届いた新しい機能を試す。


 俺は不安視していた。まず探索者Aさんが販売から初級ポーションを買う。それをBさんにただであげる。こうしたら転売にならないから探索者Aさんは引き続き、初級ポーションを販売ゴーレムから買える。

 問題はここからだ。ただで貰ったBさんがCさんに何らかの営利目的で売ったり渡したりしたらどうだろう。

 今の転売対策では、うまく機能しないかもしれない。


 間に一人挟むだけで、逃げ道になっていたら意味がない。


 そんな俺の不安にアプリは答えてくれたのだ。

 販売アイテム追跡機能だ。これによって売った後に、何らかの営利目的に使われた瞬間、アイテムが持つ力が失われる。

 ポーション系や魔魔ポーション系なら、ただのジュースになる。

 蘇生のペンダントもただのアクセサリーと成り下がる。


 俺は迷わず有効化した。知床ダンジョンが開放されて中級ポーションが手に入るようになる前に手が打ててよかった。


 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 あっそうだ。あと、ブラックリスト入りに反社会的勢力と宗教団体の関係者も入れておこう。

 反社会的勢力に間接的にでも協力は絶対にしたくない。

 宗教団体の布教活動にアイテムが使われるのも駄目だ。


 とりあえず、思いつくのはこれくらいか。今後、抜け道が発見され次第塞いでいこう。


 ブラックリスト入りがモリモリ増えていく。どうやら俺の知らないところで暗躍している輩が多いようだ。


 よしよし! これで様子を見よう。

 頷いていると、アプリから新たなレシピのお知らせが届いた。


◆スピードポーション 1個 

【購入に必要な素材】

 ・ドッペルゲンガーの影 ✕ 1

 ・ケルベロスの牙 ✕ 1


 スピードポーションを鑑定で調べてみると、素早さが二倍にアップするようだ。効果時間は30分。


 今の俺のステータスでも十分過ぎるほど早く動けるが……それが二倍になるとは、大変なことになるかもしれない。

 もしかしたら、俺の残像を沢山作り出しながら戦えるかも!


 それは俺の残像だ! がやり放題だ!


 他の探索者なら素早さが二倍になれば、敵の攻撃を躱しやすくなるし、結構有用なアイテムになりそうだ。


「仁子さん、準備完了! 下の階層に降りてから、LIVE配信してもいい?」

「わかったわ。こっちも準備運動が終わったから」


 俺のアイテムボックスには、仁子さんが狩ったヘルバードのドロップ品がたんまりと入っていた。

 これって、準備運動の範囲なのか……。

 彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。


 俺は新しいクラフトアイテムを仁子さんに説明する。

 スピードポーションの効能は、彼女からも高評価だった。


「また人気アイテムを作り出そうとしているわね。強化系のアイテムは、探索者なら喉から手が出るほど欲しがるはずよ」

「なんかドーピングみたいになっちゃうね」

「オリンピックでの使用は禁止されるでしょうね。まあ、探索者がオリンピックに出場するのも禁止されているけど……」


 ダンジョンがこの世界に現れてから、運動競技に大変革があった。ダンジョンで鍛えると驚くべき力を手に入れる者が現れたからだ。

 それらの人たちが、世界新記録を出しまくるという珍事が発生! すぐに探索者の出場は禁止されて、記録も抹消された過去がある。


 スピードポーションがあれば、一般人の小学生でも世界新記録が狙えるかもしれない。

 うん。これは絶対に禁止になる。


 そんな俺に仁子さんは売り出されてから、考えればいいじゃないと言う。


「そうだね。販売ゴーレムの機能も強化されているし、俺の方で少しはコントロールできると思う」

「さすがはダンジョン神ね」


 あとでスピードポーションは運動競技に使用できないように制限をかけておこう。


 話しながらヘルバードを狩っていると、第三階層への大階段が見えてきた。


「下りたら、LIVE配信を始めるね」

「了解! 大暴れするぞ!」

「……お手柔らかにね」


 ノリノリの仁子さんは先に階段を下りていた。

 俺はそれを追いかけながら、LIVE配信の準備をする。

 第三階層に到着したところで、開始!


「どうも、くもくもです! 今日も知床ダンジョンに来ています! ここは第三階層です。スピードポーションを作るために、ドッペルゲンガーの影とケルベロスの牙を集めます。昨日に引き続き、タルタロスギルドの片桐仁子さんと一緒に探索します」


 ……あれ?

 仁子さんの反応がないぞ。

 どこに行ったんだ。さっきまで大階段の付近にいたんだけど……。


「おーい、仁子さん!」


 視聴者たちも仁子さんがいないことに、不安がっている。 もしかして、彼女に何かがあったのだろうか?

 でも仁子さんはSランク探索者だ。そう簡単に危険な状況になるとは思えない。


 もう一度呼ぶと、奥から仁子さんが歩いてきた。


「よかった! 仁子さんに何かあったのかと思ったよ」

「なんでもないわ、安心して」

「ビックリさせないでよ……うあああああっ!」


 俺は腰を抜かしそうになる。

 彼女の後ろから続々と、仁子さん軍団が現れたからだ。


「仁子さん、どうなっているの? 分裂?」

「違うわ。ドッペルゲンガーね。黒い影のモンスターがいるでしょ。あれが私の影に入り込むと、私の姿になるのよ」

「それにしても多すぎない」

「サプライズ的な感じ?」


 俺はそのようなものを求めていない。アイテムクラフトが目的なのだ。

 視聴者たちが百人を優に超える仁子さんに盛り上がる。俺に一人欲しいと言い出すほどだ。

 何が一家に1台だ。仁子さんに失礼だぞ!

 俺は恐る恐る先頭にいる彼女に話を続ける。


「えっと、今話している仁子さんって本物?」

「そうだよ」


 彼女がそう言うと、後ろに控える仁子さん軍団も同じように答えた。

 怖いって、圧がすごい!!


 どうするんだ! この状況を!


「くもくも、早く本物の私を見つけてね。今も増え続けているから」

「マジで!?」


 これ以上増えたら収拾がつかないぞ!

 どうやって、仁子さんを見分ければいいのだろうか。

 視聴者たちも俺と一緒に考え始めた。10万人寄れば文殊の知恵を超えるはずだ。

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