第54話 吸引力

 視聴者たちからの意見は……全く役に立たなかった。

 彼らは実況を楽しむ側の人たちだ。いい加減なことばかり書き込まれて、頭を抱えてしまう。


 やっぱり自分で解決するしかない!

 一人ずつ鑑定して調べようと思ったけど、効率が悪い。理由は俺が一人鑑定している中に仁子さんが3人くらい増えているからだ。


 どうしたものやら……あっ!

 ピッコーン!! 閃いた!!

 俺は仁子さんたちに声を掛けてくる。


「これからメルトを使うよ。ちゃんと防いでね!」


 その言葉に仁子さんたちが一斉に抗議を始める。

 しかし、ただ一人だけ頭の上で大丈夫というサインをする仁子さんがいた。


「あれが本物だ!」


 素早く近づいて、彼女を救い上げる。念のために鑑定すると、本物だった。

 本物の仁子さんを抱きかかえたまま、氷魔法ニブルヘイムを展開。

 周りにいるドッペルゲンガーは仁子さんをコピーしているだけあって、凍りつく様子はない。

 そんな状況に仁子さんが聞いてくる。


「うまく倒せそう? 手伝おうか?」

「大丈夫。ここからが本番さ」


 ニブルヘイムの領域内では、氷魔法を効率よく行使できる。だから、魔力を込めて、アイシクルを霜柱のように地面から無数に生やした。

 一瞬の中に、氷の刃がドッペルゲンガーたちを串刺しにする。

 俺たちの周りにいたドッペルゲンガーはすべて倒せたようだ。仁子さんが拍手をしながら褒めてくれた。


「やるじゃん。……あとそろそろ、下ろしてくれるかな」

「ああ、そうだった」


 お姫様抱っこしたままだった。俺は仁子さんをそっと下ろした。


「メルトでドッペルゲンガーを脅してくるとはね」

「この前にメルトが大丈夫そうなことを言っていたのを思い出したんだ」

「なるほどね。だけど、実際にメルトを放って、私ごと焼き払うってもありかも。ほら、もし死んでも蘇生のペンダントがあるし。動画映えしたかも?」

「いやいや、絶対に映えない。チャットが避難の嵐になるって!」


 さすがは仁子さんだ。自分ごとメルトで焼き払え! とは恐れ入った。

 彼女の話では、すべての属性攻撃に高い耐性があるのだという。だから、メルトを遠慮なく使ってねと言われてしまった。

 俺はまだ半信半疑だ。


「沖縄ダンジョンは私にとって避暑地だったし。私は特に暑さに強いの。だから、私のコピーに氷魔法はとても有効よ。やるわね、くもくも!」

「そこまで狙ったわけじゃないよ。ピンポイントで攻撃できるのが氷魔法だったから」


 今俺が使える魔法は、炎と氷だけだ。

 他の魔法が使えたら、もっと違った戦い方ができただろう。

 ドッペルゲンガーのドロップ品がたんまりとゲットできたので、仁子さん大発生も結果的に良かったと言えるだろう。

 アイテムボックスに入ったドロップ品を確認していると、仁子さんが声を上げた。


「くもくも、大変! 君の影に沢山ドッペルゲンガーが入っている!」

「マジで!?」


 おいおい、ここら周辺のドッペルゲンガーを倒したと思って油断していた。

 仁子さんの影で駄目なら、今度は俺の影へ次から次へとドッペルゲンガーが飛び込んでいる。


「あれ? なんかおかしくない?」

「そうね。くもくものコピーが生まれないね」


 俺の影はブラックホールのようにドッペルゲンガーを吸い込み続けていた。

 そして、仁子さんが言うように、俺のコピーが影から出てくることはなかった。


「これもダンジョン神の力なの?」

「知らない、知らないって!」


 視聴者たちも固唾を呑んで見守っていた。

 ドッペルゲンガーは夜の電灯に群がる虫のように俺の影へ飛び込み続けた。

 大丈夫なのだろうか……俺の影!

 膨張して破裂でもしたら大変だ!!


 しかし膨らむこともなく、俺の影は静かだった。

 一体……ドッペルゲンガーはどうなったのだろう。

 その答えはアイテムボックスにあった。


「ちょっと待って、ドッペルゲンガーのドロップ品がどんどん増えていく」

「ということは……くもくもの影に入ったドッペルゲンガーは倒されているってこと!?」


 戦わずして買ってしまったのか!?

 どうやらドッペルゲンガーは俺のコピーを作ることができず、更に影から出ることができずに、自壊しているようだった。


「さすがはダンジョン神ね。自分のコピーは許さないなんて」

「別に許す許さないわけじゃなくて、勝手にドッペルゲンガーが自滅しているだけだよ」

「でも、ドッペルゲンガー対策はこれでバッチリね。さあ、前を歩いて! どんどん倒していこう!!」


 俺が全面に立って、一手にドッペルゲンガーを引き受けることになった。

 俺の影は吸引力を失わない掃除機の如く、ドッペルゲンガーを吸い続けた。


 入ったら最後出てこれない影によって、俺の影は危険だということが、他のドッペルゲンガーに伝わらない。

 だから、レミングスのように、俺の影に飛び込んできた。


「どうやら、第3階層のドッペルゲンガーを駆逐してしまったようです。第4階層への大階段も発見したので下りていきたいと思います」


 仁子さんのドッペルゲンガーと戦ってから、ただ歩くだけだった。アイテムボックスには以前ケルベロスと戦って、既にドロップ品は持っていた。

 せっかくのLIVE配信だ。もう少し、モンスターとの戦いが欲しいところだ。

 

 階段を降りながら、仁子さんは言う。


「ドッペルゲンガーって本当ならとっても戦いにくいモンスターなのよ。特に大パーティを組んだときには厄介ね」

「仁子さん軍団を見たときに、それは痛いほど実感したよ」

「くもくもがどう対応するのか、お手並み拝見って感じだったんだ」

「評価のほどは?」

「よくできました! 焦ることなく手堅く倒せたと思う。一人だけで、あれだけのドッペルゲンガーから私を見つけて、すぐに反撃。そうできることじゃない」

「お褒めいただきありがとうございます!」


 S級ランク探索者の仁子さんに褒めちぎられると、とても嬉しい。

 ダンジョンでは何が起こるか、わからない。今回のように咄嗟の機転を利かせられるように精進するのみだ。


 第4階層は、ドッペルゲンガーとケルベロスがいる。

 ドッペルゲンガーは俺の方で処理して、ケルベロスとの戦いを楽しみたい。


 知床ダンジョンを初めて探索する人たちに向けて、ケルベロスの立ち回りを披露できるように頑張るぞ!

 視聴者のチャットも賑わっており、ケルベロスの登場を今か今かと待ち望んでいるようだった。

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