第55話 ケルベロス

 第4階層に巣食う地獄の番犬――ケルベロス。

 狼をもっと禍々しくしたような顔が3つ並んでる。鑑定で調べると、ステータスはそこそこ高い。そして、一番危険なのが噛まれることだ。

 なんと噛まれてしまうと、狂犬病を発症するらしい。


 現代医学を持ってしても治らない病気になってしまうなんて恐ろしい。

 でも心配無用。

 そんなときは中級ポーションが役に立つ。

 知床ダンジョンで中級ポーションのレシピを得られた本当の理由はケルベロスに対抗するためだったのかもしれない。


 あれこれと考えていると、仁子さんはそんなことをお構いなしにケルベロスと戦っていた。

 彼女曰く、「噛まれる前に倒せばいいじゃん」である。


 ごもっともな話である。

 簡単にできてしまうのは、仁子さんがSランク探索者だからだ。


 普通の探索者なら、盾持ちが必須になるだろう。

 なぜなら、ケルベロスはヒグマの2倍くらいありそうな体格をしているからだ。まともに向かい合って、盾なしでは攻撃を防ぎきれない。頭が3つもあるのだ。

 三連続の攻撃が可能ということになる。


 まあ、仁子さんはその攻撃をアッパカットですべて無効化しているけど……。

 彼女はのしたケルベロスを背にして、俺に向けて勝利のVサインをした。それほど、余裕のあるモンスターだったらしい。


「噛まれないように気をつけてね」

「わかってるって。それより、くもくもはドッペルゲンガーをお願いね」

「こっちは順調だよ」


 俺はただ仁子さんの戦いを見守っていただけではない。今もひたすらに、忍び寄るドッペルゲンガーを俺の影に誘い込んで、封殺していた。


 俺ほどドッペルゲンガーをいとも簡単に倒せる者はいないだろう。

 ドッペルゲンガーを駆逐したところで、仁子の戦いに参加する。この階層では、ケルベロスと戦いに来たのだ。

 以前に、タルタロスギルドの探索者を救出した際に戦ったことがある。しかし、それは戦いとは言えず、離れた位置からアイシクルを放ってお手軽な瞬殺しただけだった。


 ダンジョン配信者たる者!

 モンスターと向き合って、バチバチに戦って動画映えを狙いたいっ!


「仁子さん、ケルベロスの倒し方のコツってある?」

「あるよっ!!」

「教えてくださいっ!」

「ケルベロスの両端の子は仲が悪いの。それを取り持っている真ん中の子から倒したら、仲間割れして体をうまく動かせなくなるわ」

「えっ、両端が仲が悪い!?」

「ちょっと見ていて」


 仁子さんが、仲の悪さを証明するために、ケルベロスに立ち向かう。

 真ん中の頭だけを狙って、華麗にサマーソルトキック!


 すんごいダメージが入った!

 クリティカルヒットだ!!


 だって、真ん中の頭が天井に突き刺さったし。


 俺はてっきり昏倒させると思っていた。まさか頭を無くすとは……まさにぶっとんでる。


「ほら、見て! 喧嘩を始めたわ」

「本当だ。ケルベロスってそんな弱点があったんだ」


 これがSランク探索者の観察眼。

 俺が使う鑑定とは違った角度から、モンスターの弱点を突いていく。


 俺も仁子さんと同じように格闘ができれば良いのだが、やっぱり噛まれるのは怖いし、痛そう。


 なので、俺はアイテムボックスから、ミスリルソードを出した。

 もう一匹のケルベロスに向けて投擲!

 狙うのは、もちろん真ん中の頭だ。


 眉間に突き刺さり、苦しげに鳴くと事切れた。

 そして、残された2つの頭が喧嘩を始める。俺のことなど眼中にないという感じだった。


 ゆっくりと魔剣フランベルジュを鞘から抜く。


 セイッ、ヤー!


 ケルベロスは倒れ込んで、ドロップ品に変わった。

 そしてアイテムボックスへ自動回収される。

 視聴している探索者には戦いの参考になったようで、好評だった。

 そのお手柄は、すべて仁子さんだ。彼女は水を得た魚のようにケルベロスを狩りまくっている。

 アイテムボックスに仁子さんのドロップ品がみるみるうちに増えていく。途轍もない勢いは、数字としてはっきりと確認することができた。


 こっちも負けてはいられない!

 そうだ! 俺はピッコーンと閃いた!


「くらえ! 無限投擲!」


 ケルベロスの群れに向かって、ミスリルソードをクラフトしては、投げまくる。

 右手、左手を使って、交互にミスリルソードの投擲だ!


「うおおおおおおお!」


 ステータスの力を全開で投げつけるミスリルソードの攻撃力は高かった。

 仁子さんからは、殺意の高い投擲だったと評されるほどだ。


 ケルベロスを駆逐した頃には、ミスリルソードの山が出来上がっていた。

 結構投げまくったようだった。


「くもくも、すごいミスリルソードの数ね……1000本は超えているんじゃない」

「うん、まだまだミスリルの在庫はあるから、もっとミスリルソードをクラフトできるよ」

「くもくもの必殺技ね。無限投擲! 見ていたけど、ずっとくもくものターンだったよ」

「無限投擲には、ターンエンドはないからね。あるとすれば、敵が全ていなくなったときかな」


 ケルベロスの串刺し祭りは終わり、宴もたけなわになったので、ミスリルソードをアイテムボックスに回収する。


 このミスリルソードたちは、次の無限投擲にスタンバってもらおう。


 視聴者からも、無限投擲の受けは良かった。

 惜しみなく武器を投げまくる探索者は、どうやら俺が初めてのようだった。

 仁子さんが言うように、俺らしい必殺技なのかもしれない。


「よしっ、スピードポーションのクラフト素材が集まりました。それでは、アイテムクラフトしたいと思います」


 素材を地面において、クラフト開始!

 ドッペルゲンガーの影とケルベロスの牙が、光の粒子になって形を失っていく。代わりに、小瓶に入った紫色の液体が現れた。

 鑑定をして確かめると、間違いなくスピードポーションだった。


「完成です! 早速、飲んで効能を試したいと思います!」

「ちょっと待った! 私が飲んでみたい!」


 封を切って飲もうとしたところに、仁子さんが割り込んできた。

 めっちゃ目をキラキラさせている。

 そんな期待する目で見られると、渡さないわけにはいかない。


「いいの? まず俺で人体実験をしようと思っていたのに」

「大丈夫。ほら、私って体は丈夫だから。それに素早さが2倍って楽しそう」

「なら、効果をどうやって見せようかな」

「作れる残像の数でわかるんじゃない?」


 そう言って仁子さんは、緩急をつけて動いて残像の10人を作り出した。


「これで普通くらいかな。ではスピードポーションを飲むわ!」


 やっぱり腰に手を当てて一気飲みだった。


「美味しい! カシス系の味がする。では、残像を作ってみます」


 おおおっ!

 残像が20人だ。ちゃんと素早さが2倍になっているようだ。


「すごいわね。このスピードポーション! 普通なら素早さが2倍になったとしても、それに伴って扱いが難しくなるはずなのに、難なく制御できる!」

「仁子さん、落ち着いて! 20人の仁子さんに囲まれながら、力説されると迫力がすごいって!」

「あっ、ごめん。うっかり!」


 やっと一人の仁子さんに戻ってくれた。

 俺はまだドッペルゲンガーによる仁子さん軍団のトラウマが克服できていないのだ。


「思っていた以上に、扱いやすいアイテムだと思う。これも知床ダンジョンの販売ゴーレムに売り出すの?」

「そのつもり。視聴者のみなさんも、知床ダンジョンが解禁された際には、是非ご購入ください」

「私もおすすめのアイテムですっ!」

「それでは配信を終わります! 次回も引き続き知床ダンジョン探索をします。よかったらグットボタン、お気に入り登録をお願いします!」


 俺はそう締めくくって、LIVE配信を停止した。

 ふぅ~、今日も良い探索だった。

 そう思っていると、仁子さんからお誘いがあった。


「ねぇ、この下の第5階層の地響きが気にならない。このまま、ちょっと調べてみようよ」

「どうしようかな……」


 夕食までにまだ時間はある。

 仁子さんが言うように、ちょっと様子を見るくらいなら大丈夫そうだ。


「いいよ!」

「やった! あそこで閉じ込められている間、ずっと聞こえていたのよ。発生源の特定よ!」

「おう!」


 順調な探索だったこともあり、俺たちは意気揚揚と第5階層への大階段を下りていった。

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