第106話 地底湖

 俺は視聴者たちと一緒になって、第五階層を覗き込んだ。


「うあぁ……湖だ」


 巨大な地底湖が姿を現した。天井は上の階層に比べて、圧倒的に低かった。水面から天井まで10mくらいしかない。

 先ほどまでの青い空が懐かしいほどだ。


「静かすぎるわね」


 仁子さんは訝しむように言った。

 ワイバーンの鳴き声を聞き慣れた俺たちにとって、僅かな水のせせらぎは、不安を煽る音だった。

 風もなく、光苔よって照らされる薄暗い地底湖が、さらに俺たちの警戒を促してくるようだった。


「下への大階段を探そう」


 不気味さを感じるけど、モンスターは出現していない。

 さっさと探索開始するべきだ。

 俺と仁子さんは二手に分かれて、地底湖の上空を下への大階段を飛んで探して回った。


「見つからないわ」

「なら……湖の中かな」

「潜るしかなさそうね」

「どうしたの? 仁子さん」


 なんだか彼女の様子がおかしい。いつも元気なのに、顔色がよくない。

 仁子さんは神妙な顔で理由を教えてくれた。


「カナヅチなの」

「えええっ、本当に!?」

「うん」


 意外だった。運動神経が抜群の彼女でも苦手なものがあったみたいだ。


「頭の角が邪魔をして、うまく泳げないの」

「そうだったのか。俺には今、天使の輪があるけど、大丈夫かな」

「試してみるしかないわね」


 頭の上に浮かんだ輪を取り外して、仁子さんに預けておくことはできない。そのため、俺は彼女をおいて、湖の中にダイブした。

 水の中で天使の輪の抵抗は感じない。問題なく泳げそうだ。


 俺は水面から顔を出して、彼女に声をかけた。


「湖は俺の方で調べてみるよ。仁子さんは念の為、もう一度水面より上を探してみて」

「了解したわ」


 また二手に分かれて探すことになった。

 俺は飛んでいく仁子さんを見送った後、大きく息を吸い込んだ。

 水泳だけは得意なのだ。カエルのようにスイスイと泳いで見せるぜ。


「よしっ、捜索開始!」


 やはりそうだ。水中で目を開けても、はっきりと見える。普通なら裸眼ではぼやけて見えない。

 ステータスはギア6まで高めた状態なら、魚のような目で水中を見ることができる。

 それに、思ったよりも中は明るい。プランクトンのような小さなものが照らしてくれているからだ。

 これなら、深く潜っても視界を確保できそうだ。


 まずは底を目指そう。今のところ、まったく底が見える様子はないけども、潜っているうちに見えてくるだろう。俺はそう高を括って、潜行を始めた。


 視聴者たちも、まさかのダイブに大喜びだった。

 100mくらい潜っただろうか。かなり深くきたけど、まだまだそこが見えない。

 こうなったら、背中の翼も使って一気に行こう!


 1000m以上は潜っただろうか。

 かなりの水圧で体の節々がギシギシと音を立てるんじゃないかと感じるほどだった。


 これよりも下はきついかもと思いつつも、もう少しだけと潜行する。

 息はまだまだ大丈夫。でも帰りのことをそろそろ考えないといけない。俺は悩みながら進むと、視界が急に暗くなった。


 まずいな……真っ暗で何も見えない。しかし、そんな矢先に泳いでいた手にコツンとぶつかる感触があった。


 やった! とうとう底に到達だ! 喜んだのも束の間、そこだと思っていたものが動き出したのだ。


 それはないでしょう!?


 俺は鑑定をするまでもなく、この全貌も掴めないモンスターが、ヨルムンガンドであることを感じた。おそらく、この階層がアラスカダンジョンの最下層なんだ。


 ヨルムンガンドは視界におさまらないほど巨体な水竜だった。

 鯨の胸ビレに似た形のものが幾つもあり、それらを巧みに使って水中を豪快に泳いでいた。その度に激流が起こって、俺は揉みくちゃにされてしまう。


 うまく泳げない!


 すぐそばでヨルムンガンドという新幹線が駆け抜けていく感覚だった。

 なんとか体勢を立て直したところで、ヨルムンガンドの大きな頭が俺を睨んでいた。

 そして大きく口を開ける。

 高速道路のトンネルのような穴が現れた。その瞬間、奥の方から稲光が見えた。

 やばいと思った時には、ヨルムンガンドから放たれた大電撃が俺へ向かっていた。


 マイティバリア!


 俺の結界魔法が早く、ギリギリで大電撃からの直撃を免れる。しかし、その衝撃は凄まじく、俺は潜っていた方向とは真逆へと押し戻されてしまう。


 1000m以上を休みなく一気に浮上することになってしまった。

 時間をかけたのに、戻るのはあっという間だ。水面まで押し上げられて、空中に飛び出たところで、マイティバリアが壊れてしまった。


 あれだけの大電撃から守ってくれたので、この結界魔法の性能は折り紙付きであることが証明された。


 それにしても水面に出る時に、何か分厚いものを突き破って出てきたような衝撃があった。一体、なんだろうか。そう思ったときには、目線の先で仁子さんが戦っているモンスターが目に入ってきて、状況を理解した。


「くもくも、いいところに! 見て、フェンリルの群れが急に現れて襲ってきたの!」


 俺が水面で当たったのは、フェンリルによって凍らされた分厚い氷山だった。

 よく見れば至るところに大きな氷山が浮かんでいる。

 フェンリルは突如水面から現れた俺にびっくりしていたが、すぐに顔つきが変わって襲ってきた。それをかわしながら、仁子さんに言う。


「そのモンスターもやばそうだけど、もっと厄介なボスモンスターが下にいる」

「もしかして、それって……」

「ヨルムンガンドだよ」


 水面から顔を出したヨルムンガンドが飛び上がり、天井にぶつかった。

 俺と仁子さんは寸前のところで回避した。油断も隙も無いボスモンスターだ。


 改めて、スマホのアプリで『鑑定』してみると、やはりあの巨大な水竜はヨルムンガンドだった。しかも、ワイバーンの時と同じようにステータスや弱点が見えない。ついでにフェンリルも名前以外わからない。


「仁子さん、ヨルムンガンドは強力な電撃を口から放ってくる。マイティバリアで防いで!」

「わかったわ。私からも、フェンリルは氷魔法を使ってくるわ。コールドシャワーっていうものよ。液体窒素より冷たい液体で、触れると凍傷になってしまうから、マイティバリアを展開させながら戦って!」


 今回の敵は両方とも、マイティバリアが必須のようだ。

 蘇生のペンダントや中級ポーションがあるとはいえ、攻撃力がとても高いから、防戦一方にならないように気をつけるべきだろう。


 今までボスモンスターを相手をする際には、一匹だけだった。今回のようにフェンリルのような取り巻きがいなかった。


「くもくも、私がフェンリルの相手をするから、ヨルムンガンドをお願い!」

「すごい数だよ、仁子さん!」

「ヨルムンガンドだってすごいでかさでしょ。フェンリルを全部倒したら、私も参戦するんだから、取っておいてよ」

「余裕があれば……そうさせてもらうよ」


 地底湖という動きづらい空間。それはモンスター側だって一緒のはずだ。

 俺が相手をするヨルムンガンドは水中で巨体を幾重にもくねらせて、帯電していた。

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