第107話 大電撃

 ヨルムンガンドが発生させる電気が、上空にいる俺にまで伝わってくる。

 なんていうか父さんが使う電気マッサージ器のようだった。


 マイティバリアを展開した状態なのに、わずかに貫通してきているのだ。もし、結界魔法がなかったら、感電死しているかもしれない。


 でも程よい電気で体が軽くなった。

 それはかなり深いところまで素潜りをしたことで、水圧によって体のあちこちが凝っていたからだ。


「さあ、来い来い! ヨルムンガンド!」


 敵の動きは遅い。攻撃が来る前に、氷魔法ニブルヘイムだ!

 魔力を高めると、冷気が俺の周りに漂い出した。


「行けっ! ニブルヘイム!」


 巨大な地底湖が一瞬にして凍りついた。

 中で泳いでいたヨルムンガンドは氷によって身動きが止まった。ドロップ品に変わっていないので、このくらいの魔法では仕留められないことはすぐにわかる。


 俺はフランベルジュを握って構える。

 初お披露目だけど、うまく行くはず!

 標的は呆れるほど巨大だ。当たらないほうがおかしい。

 ヨルムンガンドの大きな頭を目掛けて、フランベルジェの剣先を向けた。


「疾風迅雷!」


 目視不能の速さでヨルムンガンドに詰め寄っていた。俺が固定スキルの名を叫んだ瞬間には、ヨルムンガンドの頭にいた感じだ。速すぎて、使い手すらおいていかれるのだ。

 これはもう瞬間移動に近かった。


 超高速移動による空気摩擦で発生した電気がフランベルジュに集まっていた。

 さらに、その移動によって得た力も合わせた刹那の剣撃としてヨルムンガンドに放つ。


 ニブルヘイムで凍らせた水面の氷は、散り散りとなって霧散した。

 遅れて凄まじい衝撃音が鳴り響いた。


 俺はしっかりとした手応えを感じた。ヨルムンガンドの頭に大きな傷を負わせることに成功したのだ。


「やった! 大ダメージだ……えっ」


 ぱっくりと開いた傷から、稲光が見えた。その瞬間、電撃が鋭い刃となって俺を襲ってきた。頭を狙っている!?

 身をよじって、なんと躱したけど、左腕の肘から下が切り飛ばされてしまった。


 マイティバリアをいとも簡単に貫通するほどの威力だ。

 すぐに距離をとって、アイテムボックスから中級ポーションを取り出した。

 流れるような動作で、蓋を開けて一気飲みだ。腰に手を当てている暇などない。


 ニョキニョキと左肘から斬り飛ばされた手が生えてきた。

 急激な再生のため回復痛が襲ってくるけど、グッと我慢だ。


「大丈夫、くもくも!」


 仁子さんがフェンリルと交戦しながら、俺に声をかけてきた。

 視聴者たちのコメントから、怪我した俺に気がついたようだ。


「もう治ったよ」

「さすがね。こっちはフェンリルの数が多くてもう少し時間かかりそう」


 仁子さんは魔剣グラムを振り回して、フェンリルを両断していた。倒した後はドロップ品に変わっていたので、一安心だ。フェンリルまで分裂していたら、さすがにやばかった。


 そしてグラムの扱い方がいつもと違っていることに気がついた。

 遠距離攻撃をしているのだ。俺が予想していたビームではなくて、衝撃刃だった。

 この技はもしかしたら、知床ダンジョンでファフニールを倒した際に会得したのかもしれない。


 華麗にフェンリルを三枚おろしにしているので、彼女の言うように近いうちに片付くだろう。


 問題は俺が戦っているヨルムンガンドである。

 切り裂いた傷口からは、今も鋭い電撃が飛び出たままだ。傷つけば傷つけるほど、ヨルムンガンドの守りは強固になっていく。


 安易に攻撃を繰り返したら、ハリネズミのようになって手がつけられなくなりそうだ。

 そんな状態で体当たりでもされたら、くもくもミンチの出来上がりである。


 遠隔で攻撃力のあるものといったら……すでに試したニブルヘイムは却下した。

 他にある氷魔法は1つ。


「アイシクル!」


 大きな氷柱を生成して、ヨルムンガンドのぶつけてみる。あまりにも大きさが違いすぎる。ヨルムンガンドにしたら、爪楊枝で突かれたような感じだろう。

 つまり、攻撃の「こ」の字にもなっていないのだ。


 大きさが全てを制するということを体現したようなボスモンスターだ。


 炎魔法ならメルトが効果があるかもしれない。それでも、地底湖のような限られた密閉空間で使ったらどうなるやら……。

 俺が死ぬことは問題ない。強いて言えば、死体が配信動画としてセンシティブに当たるかもしれないことくらいだ。


 まあ、死んでも蘇生のペンダントで蘇れる。


 しかし、仁子さんには死んでほしくはない。しかも俺の魔法によって、なんて絶対にダメだ。結界魔法のマイティバリアで俺の核を目指しているメルトを防ぎきれるかは、懐疑的だった。

 ヨルムンガンドの電撃すら貫通するのに、それを操るボスモンスターを屠るほどの威力で放たれるメルトに耐えられそうに思えなかった。

 マイティバリアの熟練度がまだまだ足りないのだ。熟練度を上げて、上の結界魔法を習得しておくべきだった。

 まあ、そんな時間はなかったので、難しい話だ。


「危険だけど、あの方法しかないか」


 俺は以前行ったように、傷口から内部にメルトを放つことにした。

 これなら、ヨルムンガンドの体が防波堤のようになって、外にいる俺たちの被害が低減されるはず。


 そうと決まれば、早速実行だ!


 

 俺はヨルムンガンドの体当たりや大電撃をかわしながら、もう一度フランベルジェを構えた。

 精神を一撃に集中させて、魔力を高めていく。


「電光石火、テイク2!」


 稲光のような音を立てて、一瞬でヨルムンガンドの胴体に近づいて、勢いそのままに一閃!

 まだまだ、本番はこれからだ! 溜め込んだ魔力で詠唱する。


「メルトっ!」


 至近距離で放った炎魔法メルトによって、俺はすごい速さで吹き飛ばされてしまった。

 外側でこの衝撃だ。内側では想像を絶することが起こっているはずだ。


 俺が見守る前で、ヨルムンガンドの腹部が大きく膨れ上がって、破裂した。

 圧倒的な熱量を感じる。これはメルトが燃えた後の名残だろう。マイティバリアでちゃんと守れている。

 強固な守りを持っているヨルムンガンドの内部で、メルトを使ったのは正解だった。

 腹部の内側で爆発したメルトによって、ヨルムンガンドにぽっかりと穴が空いていた。


「やった!」


 うまくいったぞ。

 これだけのダメージだ。巨体であっても、命にかかわるはず。

 額の汗を拭ったとき、ヨルムンガンドの腹部に空いた穴が光を帯び出した。


「嘘だろ!?」


 大きな穴を砲台がわりにして、無数の大電撃を放ってきた。それは全方位に及び、フェンリルと戦っている仁子さんの方にも向かっていた。


「仁子さん、危ない!」

「くもくもっ!?」


 既の所で間に合った。何重にも展開したマイティバリアで、大電撃の嵐と対峙する。

 やはり砲台によって放たれた大電撃は、より強力だった。マイティバリアが容易く破られていく。

 その度に再度マイティバリアを展開する、また壊されるの繰り返しだった。

 ヨルムンガンドの大電撃が収まった時には、数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどのマイティバリアを唱えていた。夢に出てきそうなくらいだ。


 魔力は結界魔法の使いすぎで枯渇してしまっていた。


「大丈夫、くもくも!」


 仁子さんは心配そうに言うが、俺は楽しんでいた。

 ここにきて、マイティバリアをたくさん使用したことで熟練度がカンストして、新しい上位の結界魔法を覚えたからだ。

 俺はアイテムボックスから、魔ポーションを取り出して飲み干す。よしっ、魔力が全開になった。

 そして、仁子さんを安心させるように頷いてみせた。

 大きく息を吸いながら、ヨルムンガンドを見据えた。


「さあ、リベンジだ」

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