第105話 すし詰め

 襲いくるワイバーンを俺の氷魔法ニブルヘイムで足止めしているうちに、仁子さんが道を切り開く。

 そうやって、どこまでも続く砂漠の上を進んでいく。


「どこに下への大階段があるの!?」

「仁子さん、危ない!」


 かれこれ1時間以上、空中戦が続いていた。

 終わりなき戦いに俺たちはもちろんのこと、視聴者たちも不穏な空気が漂い始めていた。コメントでは、見かねた人たちが一緒に下への大階段を探してくれるほどだった。


 配信者としては、視聴者との一体感が生まれてきて、とても嬉しいことだった。

 喜んでいたけど、ワイバーンたちは待ってくれない。


 分裂しないように仁子さんは気を遣って戦ってくれてはいた。だが、それでもワイバーンの増えるスピードに拍車がかかっていた。少しの肉片からでも、生まれてくるようになってしまっていたからだ。


 それでも手を抜いて、攻撃したのでは道は開けない。悪循環に陥ってしまっていた。


「くもくも、見て!」


 仁子さんの声で指差された方向を見ると、


「あそこから湧いていたのか!?」


 頭上の青い空からワイバーンが次々と生まれ落ちていた。

 まるで俺たちに降り注ぐ雨のようだった。


「凄い数だっ! もしかしてこのままだと、砂漠がワイバーン埋め尽くされるかも」

「身動きが取れなくなる前に急がないとっ!」


 ワイバーンによって、すし詰め状態にされる俺たちを想像する。

 配信動画として、取れ高となりそうだ。


「くもくも! 今はとんでもないことを考えていたでしょ!」

「あはは……そんなことはないよ」

「ワイバーンすし詰めなんて嫌だからね!」


 仁子さんに俺の心をまたしても読まれてしまった。

 また、顔にわかりやすく書かれていたのだろうか。今日、家に帰ったら、鏡の前で自分の表情を確認してみよう。


「ニブルヘイムで押さえ込んで!」

「アイヤイヤー!」


 俺は頭上から迫り来るワイバーンの群れを迎撃していく。といっても、凍らせて墜落させるだけだ。

 それにしても、風がさらに強くなっているな。巻き上がる砂が目に入ってきて、視界を奪っていく。


 この砂をどうにかしないと、大量のワイバーンと戦いにくいので困ってしまう。

 憎らしい砂を眺めながら、ワイバーンの動きを止めていると、砂の下から何かが顔を出していた。


 なんだろう?


「仁子さん、あれを見て」

「何かが砂の下に埋まっているわね」

「「あっ、もしかして!!」」


 物は試しだ。俺は炎魔法メルトを行使する準備をする。


「仁子さん、メルト行くから、気をつけて!」

「いきなり!?」


 仁子さんが避難するのを見届けたところで、魔力を込めたメルトを放つ。


「いっけぇー」


 メルトは圧倒的な熱量で、砂を蒸発させていく。俺もいい感じのサウナに入っている気分だった。キノコ雲が青い空を目掛けて、成長していった。俺の魔法は確実に進化をしている。

 細かな灰が降り注ぐ中、真下には巨大なクレーターが姿を現した。

 視聴者たちは、俺のメルトの威力が上がっていることに興奮していた。

 コメントが次々と書き込まれており、「ダンジョン神はついに核を手に入れた」と盛り上がっていた。


 俺は下を見ながら、視聴者たちが言う威力にはまだまだ程遠いと思った。

 理由は巻き込まれたワイバーンを倒しきれなかったからだ。


 やはり細胞を一つも残さずに消滅させるには火力が足りない。それどころか、細かくなったことで、ワイバーンが大量に分裂しようとしていた。

 その前に、俺たちは下へ進む。


「やっぱり、下への大階段は砂で隠れていたんだ」

「急ぎましょ!」


 メルトによって焼け爛れた大階段に降り立った俺たちは、ワイバーンが再生する前にな中へ飛び込んだ。

 その後に続いて、何かが激しくぶつかる衝撃によってダンジョンが大きく揺れた。たぶん、数えきれないほどに増殖したワイバーンが起こしたものだろう。


「間一髪だったね」

「本当にすし詰め状態になることだった。今のところ、ワイバーンは大階段へ来られないみたいだね」

「通常ならモンスターは階層を跨げないの。でも……」

「例外はあるよね。ワシントンダンジョンで起きたし」


 ワシントンダンジョンでは下の階層から移動してきたモンスターに出会った。この場合、上の階層から下へとなるけど、起こらないとは言い切れない。

 第4階層でギチギチになっているワイバーンが堰を切ったように、第五階層に流れ込んできたら、俺たちは今度こそすし詰めになってしまうだろう。


「善は急げね」

「今日中に制覇しよう! 明日、どうなっているかわからないから」

「アラスカダンジョンがワイバーンダンジョンって改名される日は近いかもね」

「俺たちがいる間はやめてほしい」


 俺と仁子さんは早足で階段を降りながら、後ろから聞こえてくる音にビクビクしていた。

 それにしても、この大階段はいつもよりも長いな。どこまで続くんだろう。

 すでに第3階層から第4階層につながっている大階段を下ったときの4倍の長さを移動していた。


「長すぎ! 仁子さんはこんなに長いのを経験がある?」

「初めてよ。このダンジョンはおかしいことばかりね」

「さっきのワイバーンもびっくりしたし、第5階層に向けて気を引き締めていこう!」

「そうね。倒せないモンスターって、厄介だったから次は私の拳が効くのもいいわ」

「あっ、そうだ。仁子さん、これいる?」


 俺はアイテムボックスから魔剣グラムを取り出した。

 彼女は階段を降りながら、しばし悩んで受け取った。


「攻撃特化でいくなら、これが必要ね」

「大型モンスターには、相性がいいし。いざとなったら、グラムを捨てて拳に切り替えてもいいし」

「えええっ、そんな粗末なことはできないわ。このグラムはすでに国宝級なのよ」

「そうなの?」

「くもくもはあいかわらずね。自分のことに無頓着なんだから。私がグラムを手に入れてから、見せてほしいとギルドにやってくる人や、買い取りたいという投資家、実業家がたくさんいるの」

「でも国宝級ってどういうこと」

「それだけじゃなくて、国がこの魔剣を国宝認定しようとしているの。もちろん、そうなったら、探索で使えなくなっちゃうじゃない。申し出は断固拒否をしたし」

「そんなことがあったんだ。知らなかった」


 勉強とダンジョン探索ばかりしている俺の知らないところで、魔剣グラムをめぐってそのようなことになっているとは……。


 仁子さんが以前言ったように、俺がクラフトする特別な武器を安易に人に託すべきではない。しっかりと管理してくれる人を見極める必要がありそうだ。

 今のところ、仁子さんや鋼牙さんくらいしか提供していないから大丈夫だろう。


 真剣に考えていると、仁子さんに笑われてしまった。

 

「さっきのメルトはすごい威力だったね」

「ほら、天空ダンジョンが現れたから、もっと強くなりたいと思って」

「もしかして隠れて鍛錬していたの?」

「まあね」


 鍛錬といっても、メルトを連発していたわけではない。

 あれはダンジョン内でしか使えない魔法だ。家のまわりで、あのような危険極まりない魔法を使えば、翌日には大ニュースになってしまう。テロ認定される恐れだってある。

 朝のニュースに俺が少年Aとして映し出されたら、両親は泣いて悲しむことだろう。もちろん、永遠に探索者は禁止される。


「勉強の合間に、瞑想して魔力のコントロール力を高めていたんだ」

「それでこの短期間で、あの威力とは……くもくもは魔法の才能があるんだね」

「仁子さんの格闘センスには敵わないよ」

「私だって、まだまだこの魔剣グラムの力をすべて引き出せていないわ」


 縦横無尽に魔剣グラムを振るっていた彼女の口から出た意外な言葉だった。

 これ以上の扱いなんて、どのようなものだろうか。

 グラムからビームでも出たりするのかなと思っていると、第5階層が見えてきた。

 長く続いた大階段とも、これでおさらばである。

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