第152話 同時進行
大階段を駆け上がった先には、もちろん仁子さんはいない。
うん。俺の後ろにあるのは先ほど上がってきた大階段だ。
指定時間になったら、今度は駆け下りてどうなるのかを確認する。
この第六階層で一番空間がねじ曲がっているのは、大階段だ。
果たして、二人で同時に違う方向から空間のねじれに突っ込んだ場合、何が起きるのだろうか。俺はとっても気になっていた。閉じ込められているというのに、ダンジョンの不思議にわくわくしている自分がいた。
スマホのストップウォッチの開始時間は刻々と迫っていた。
タイミングはぴったりで大階段に入る必要がある。少しでもずれたら、この検証は失敗だ。ミスしても時間はあるのでやり直しすればいいと思う。
でも仁子さんはちゃんとする人だ。俺もいい加減なことはできない。
ストップウオッチをじっと凝視して、ひたすら開始時間を待った。
30秒前…………20秒前…………10秒前! いよいよだ!
9……8……7……6……5秒前! 緊張で心臓がバクバクしてきた。
4……3……2……1……0!! 俺は完璧にタイミングを合わせて、大階段へ飛び込んだ。
一気に大階段を駆け降りていると、突然足元が大きく縦に揺れた。
「うあっ!」
足を踏み外してしまい、大階段を転げ落ちてしまう。
「ぎゃあああぁぁ」
止まることなく、大階段から飛び出した。5、6回転くらいしたところでダンジョンの壁にぶつかって止まった。
痛すぎる……この一言に尽きる。
顔面から転けたから、鼻血まで出ているし。せっかくのどうなるか試したのに、何が何だかわからないまま終わってしまった。
ポケットに入れていたティッシュを取り出して鼻を拭きながら、周りを見渡した。
「ん?」
ダンジョンの様子が違うぞ! 今までいた第6階層の入り組んだ構造と違うのだ。
もしかして、移動できたのか!? ということは、大階段を下へ降りていたので普通に考えれば、ここは第7階層——最下層になる。
俺はスマホのアプリを確認した。相変わらず、機能が制限されている。ダンジョンポータルも使用不能だった。
仁子さんはどうだったのだろう。俺と同じように移動できたのなら、第5階層へ行けたはずだ。もし、そこから先はループしていないのなら、うまく脱出できることになる。
問題は俺の方だ。また大階段を使って上がってしまうと、またループしている第6階層に逆戻りだ。
うん。困った。
せっかく最下層へやって来られたわけだし、ダンジョン探索をして心を落ち着けよう。
ここにはボスモンスターがいるはずだ。事前情報を知っている仁子さんとは別れてしまったし、果たしてどんなボスモンスターなのだろう。
素手で倒せるだろうか。仁子さんほどの硬い拳があればな。
ダンジョンの通路は広々としており、大人の男が六人並んで歩けるほどだ。見渡しも良くなって、モンスターがいたらすぐに見つけられそうだ。
噂をすればなんとやら、黒い牛がいた。大きさは牧場にいる牛と変わらない。見た目も普通の牛と変わらない。尻尾をフリフリしながら、床に生えた光苔を食べている。
草食の大人しいモンスターなのかもしれない。邪魔しないように、そっと通り過ぎよう。
抜き足差し足で近づくと、俺の気配に勘づいたようだった。
モンスターが顔をこちらへ向けた時、ゾッとした。真っ赤な8つの目が俺を睨んでいたからだ。俺は反射的に目を逸らした。危険だと本能が警告してきたからだ。
「うっ!」
警告は正しかった。俺の左手が石化したからだ。
もし、ずっとあの八つ目牛を見続けていたら、全身が石になっていただろう。
状態異常を引き起こす危険なモンスターだ。こういったモンスターが現れるダンジョンは、通常なら危険情報が探索者に向けて啓蒙される。
俺も探索者として、危険情報は毎日チェックしていた。それなのに樹海ダンジョンにはそのような情報はなかった。
不人気なダンジョンだが、すでに探索済みであり、モンスター情報は開示されているはずだ。
考えられるのは、やはり樹海ダンジョンの異変によって、発生したモンスターとなる。
仁子さんは大丈夫だろうか……心配だ。
俺は目を瞑りながら、襲ってくる八つ目牛を蹴り上げた。体の重量があるから、足音がはっきりしており、動きが手に取るようにわかった。これも日々の鍛錬のおかげだ。
それほど硬くないモンスターだったので、しっかりと骨をへし折ることもできた。
念の為、かかと落としで止めを刺す。ドロップ品に変わったところで目を開けた。
「ふぅ〜」
石化していた左手が元に戻っていく。ずっと石化状態だったら、どうしようとか思っていたが杞憂だった。
回復した左手を握ったり開いたりする。痺れがまだ残っている感じだ。
石化の後遺症だろうか。できる限り、状態異常は受けないようにしないと。
気を取り直して、通路の奥へと歩いていく。スマホのマッピングが使えないので、第6階層と同じように地図を描きながら、行く先を決めた。
「順調順調!」
通路の奥から蹄の音が聞こえてくる。またしても八つ目牛だ。
しかも、その音から複数頭であることがわかる。逃げるべきか、それとも戦うべきか。
思案した俺は戦うことを選んだ。結局、手書きでマッピングしながら動き回るのだ。
逃げたところで、また鉢合わせになる。
ならば、先制攻撃で手早く片付ける方がいい。
それに目を瞑った実践訓練ができるいい機会だ。このチャンスを逃すなんてもったいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます