第82話 夜空

 お腹いっぱいでいい気分だ。

 タルタロスギルドの会合はどうなるんだろうと緊張していたけど、和やかに親睦会まで楽しめてよかった。


 別れ際にも、お土産までもらってしまった。

 帰りは新宿ダンジョンからポータルか、来たときと同じように空を飛ぶかを仁子さんに聞いてみた。


 彼女からは、空一択だった。

 夜風に当たりながら、飛んで帰るのは気分がよくていいそうだ。

 俺は帰宅時間が少し遅くなることを両親に連絡する。


 空を飛んで帰るから、遅くなるというと、飛行機に気をつけてねと母さんから返事があった。


 そこまでの高度には上がるつもりはないので、心配無用と言っておいた。

 空を飛ぶ仁子さんは上機嫌だ。


「明日のアラスカダンジョンが楽しみね。準備は万端?」

「防寒装備ももらったし、バッチリだよ」

「知床ダンジョンみたいなボスモンスターがいるのかな?」

「おそらくいると思う。予想の範囲だけど」

「ファフニール戦では活躍が思うようにできなかったから頑張らないと」

「十分に活躍していたともうけど……」


 ファフニールとの戦いでは、彼女の一押しがなかったら倒せなかった。

 彼女が言う活躍は、たぶん魔剣グラムを振り回して、ボスモンスターを一刀両断することを考えているのだろう。


 俺も負けないように頑張らないと、配信者としての立場がない。


「そういえば、仁子さんも装備を防寒仕様に変えるんだよね」

「寒さには耐性があるけど、見た目を八雲くんと合わせた方が良いかなと思ってね」

「ありがとう! アラスカダンジョンの寒さを視聴者に伝えるのも大事だからね」


 やはり形から入らないとね。

 果たして仁子さんの格好はどのような感じなのだろうか……気になる。

 装備を聞いていたら、明日までの秘密だという。


「できればアラスカダンジョンは明日中には片付けたいところね」

「まあね……5階層だから一日で終わると思うんだけどね」

「長引くと期末テストの方に影響が出るでしょ?」

「胸を張って大丈夫とは言い難いけど、できることはしているから、あとは結果を祈ることにしているんだ。今、チャンネル登録数が波に乗っているからね」

「ここで休憩するわけにはいかないってわけか」


 元々勉強とダンジョン探索を両立すると父さんと約束した。勉強が追いつかないから、ダンジョン探索を控えるのでは、両立しているとはいえない。


 帰って風呂に入ったら、机に向かって頑張ろう!


「なら、急いで帰らないとね。飛んで帰るのに付き合ってもらってありがとう!」


 そう言って、仁子さんはスピードを上げた。

 俺としては彼女と一緒に行動できるのは楽しいので、気にしていない。


「八雲くん、置いていくわよ」

「ちょっと待って」

「待たないわよ!」


 更にスピードを上げていく仁子さん。

 本当に置いていかれそうだ。

 彼女を追いかけていると、自宅がある町が見えてきた。


 かなり本気で飛んだので思いの外、到着が早かった。

 空中で仁子さんとお別れをして、


「今日はありがとうね。また明日!」

「うん、また明日!」


 彼女の後ろ姿を見送った。

 今日はいい経験をさせてもらった。今後も会合に参加させてもらえるようになったので、俺の知らない話が聞けるのはありがたい。

 新たに現れた浮島にはとても興味がそそられる。

 バリアみたいなもので上陸できないというが、果たしてダンジョンポータルからは入れるのだろうか。


 気になった俺は自宅に帰らずに、ログハウスに直行した。

 そしてダンジョンポータルにアクセスするが……。


「それらしいものがない」


 どのようなダンジョンでもいけると思っていたポータルでも、駄目なところもあるようだ。

 アラスカダンジョンを攻略したら、次は浮島に……なんて考えていたが、話はそう簡単では無いようだ。


 現れたばかりだから、無理なのかな。

 時間を置くといけるようになるかもしれない。

 定期的に監視しておこう。


 それでは自宅に戻ろう。俺が家に入ると母さんが出迎えてくれた。ちょっと心配そうな顔をしていたので、タルタロスギルドに招待された内容を簡単に報告する。


 それを聞いた母さんは胸を撫で下ろした。


「仁子ちゃんが付いてくれているから、大丈夫だと思っていたけど、よかったわ。父さんもリビングで待っているから詳しい話を教えて頂戴」

「うん。わかったよ」


 リビングに行くと父さんが、珍しくビール瓶を飲んでいた。いつもは缶ビールなのに。


「東京から空を飛んで帰ってきたのか?」

「急いで帰ってきたよ」

「母さんに連絡してからだから……飛行機よりも速いな。探索者はみんなそうなのか?」

「飛べるのは俺が知る限り、俺と仁子さんくらいかな」

「体の方は問題ないのか? 天使みたいな姿になっているが」

「今のところ大丈夫だよ」


 そう言うと父さんは苦笑いした。


「俺も人のことは言えないけどな、こんなに若返ってしまったからな。八雲がダンジョン探索を初めて、いろいろと環境が大きく変わってしまったな」

「迷惑かけている?」

「そんなことはないさ。母さんなんて、若返って喜んでいるくらいだ」


 最近の母さんは、とても元気だ。

 俺にはよくわからないけど、ホルモンバランスが良いとか言って、ノリノリだった。

 なので、夕食に一品多く用意されていることもよくあって、俺と父さんは大喜びだ。


 そんな母さんが俺に聞いてくる。


「親睦会では何を食べてきたの?」

「それは……」


 どうしよう。母さんに三大珍味を堪能してきたなんて言ったら、この親不孝者といわれてすねられる恐れがある。


「美味しいものを食べさせてもらったよ。特に酢豚が美味しかったかな」

「八雲は酢豚が好きね」

「あっ、そうだ! タルタロスのギルド長からお土産をもらったんだ」


 そう言ってアイテムボックスから、包を母さんに渡す。

 中には東京で買える限定の有名お菓子が入っているみたいだ。

 母さんは驚くべきスピードでお菓子を受け取ると、満面の笑みでお茶を用意し出した。


「でかしたわ。さすがは私の息子ね。これを食べてみたかったのよ。父さんと八雲も食べるわよね」


 返事をすると母さんは台所へ行ってしまった。

 残された俺は、父さんがいるソファに向かい合うように座った。


「タルタロスギルドとはどうなった?」

「最近ダンジョンで異変が起こっているようだから、協力関係となったよ」

「相手はギルドという会社みたいなものだ。個人の八雲がたった一人でちゃんと対応できるのか?」

「一応、ギルド長が直々に間を取り持ってくれるから大丈夫だと思う。何かあったらすぐに俺たちに知らせるんだよ」

「ありがとう、父さん」

「ダンジョンのことは素人だから、詳しいことはよくわからない。でも、無理だと思ったらちゃんと逃げるんだぞ。八雲は普通の子供なんだ。それを決して忘れてはいけないよ」

「わかったよ」


 今までステータスアップや、容姿の変化で昔の自分を忘れつつあった。だけど、父さんに改めて言われて、身が引き締まるようだった。

 普段は寡黙な父さんなので、ここぞというところで言われてると言葉に重みがある。


 母さんがお菓子とお茶を持ってきて、父さんの隣に座った。


「八雲、私からも聞きたいことがあるのよ」

「何? タルタロスギルドとは今以上に協力関係になったよ」

「違う、違う! 私が聞きたいのは仁子ちゃんとのことよ」

「ええっ、何を急に!?」

「私はすごくいい子だと思うのよね。頭の角もチャームポイント出し! 八雲はどう思っているの?」

「いきなり言われても……困るし」

「最近、ずっと二人でいるでしょ。それ以外を見たことがないくらいよ」


 母さんは俺ににじり寄ってくる。


「仁子ちゃんのことで、何かあったら、相談に乗るわよ!」

「自分でどうにかするから! そろそろ風呂に入って勉強をしないと!?」

「コラっ、逃げるな!」


 母さんはすぐにそういうことに首を突っ込んでくる。

 そういうことはデリケートなことなので、そっと見守ってほしい。

 風呂場で服を脱いでいると、母さんがドアを開けてぬっと顔を出した。


「八雲……教えなさいよ。母さん、気になって寝られないでしょ」

「もう勘弁してくれ!」


 母さんの仁子さんを気に入っているようで、どうしても俺とくっつけたいようだった。

 そんなことは、俺だけではどうにもならないって!

 このことは絶対に仁子さんに知られてはいけない。

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