第83話 モデレーター
中級ポーションの回復さえあれば、睡眠なしでもいける。
今のところ2日寝ていないけど、普段通りだ。
これを期末テストまで続けられるかは試してみないことにはわからない。
でも、もし可能だったらダンジョン探索に革命が起きるはず。なぜなら、通常の探索では数日間に及ぶことが多々ある。
その間の休息場所をダンジョンに設ける必要が出ている。
実力者揃いの大手ギルドのタルタロスであっても、知床ダンジョンの第一階層でキャンプを設営していたくらいだ。
しかし、中級ポーションさえあれば、不眠不休の探索者の誕生である。
父さんも最近は疲れ知らずで、24時間仕事ができるなんて冗談交じりに言っていた。
効果がやばすぎて、西園寺さんが国外への持ち出しを禁止したいと言っていたな。
確かに悪いことに利用されたら嫌だし、その方が良いだろう。
まずは規制に関してはおまかせして、それでも駄目なら俺の方で所持制限をかけたら良いだろう。
今流通している俺がクラフトしたアイテムはすべて管理下にあるのだ。その機能や効能を即座に失わせるのもスマホアプリのクリック一つで可能だ。
俺は各アイテムの流通状態をアプリで確認すると、想像を超えた人たちに行き渡っていた。
すごいな。予想通り、中級ポーションの売れ行きは大好調!
役に立ってくれることを祈りつつ、アプリを閉じる。
さてと、もうすぐ休憩時間が終わるなと思っていると、西園寺さんからSNSに連絡が届いた。
なになに……おおおっ!
マジか! こんなにも早く俺の要望に答えてくれるなんて、仕事早すぎだろっ!
ダンジョン配信活動や事務などをサポートしてくれる人が見つかったという。
一体どのような人なのだろう。
顔合わせをしたいから、学校が終わってからどうですかと聞かれた。
それほど時間は取らせないとも書いてある。
なら、問題ないだろう。顔合わせが終わってから、アラスカダンジョンへレッツゴーだ。
また顔合わせには、西園寺さんは忙しく同席できないという旨のお詫びで締めくくられていた。
その人の名前は氷室氷彩(ひむろひいろ)さんというらしい。
西園寺さんの紹介なら、きっとしっかり者のような気がした。
学校からの帰り道、仁子さんに西園寺さんから届いた連絡の内容を伝えた。彼女は、しっかりと面談しないとねと息巻いていた。
「その人って女の人?」
「たぶん名前からして、女性のような気がする」
「ふ~ん、そうなんだ」
「会ってみないことには話が進まないから」
「どんな人なんだろうね」
仁子さんの家に寄ってから、二人で俺の家に向かった。
遠目から家の前に人が立っているのが見える。
スーツを着こなしており、長い髪を結わえている感じがとても仕事ができる人に見えてしまう。
近づいていくと、向こうも気がついたようで、一礼された。
なんだか待たせてしまったのが申し訳なくなって、駆け寄って声をかける。
「氷室さんですか?」
「はい」
泣きぼくろが印象的な美人だった。
年齢は西園寺さんと同い年くらいだろうか。
そんなことを思っていると、仁子さんが割って入ってきた。
「ちょっと待って、彼女は探索者よ。だって、魔力を感じるし」
「えっ……本当だ!」
西園寺さん! そのくらいの情報はください!
探索者が事務仕事? 違和感があるんだけど……。
驚く俺に氷室さんは微笑んだ。
「私は元探索者ですよ。今は引退しています」
このまま立ち話も悪いので俺の秘密基地であるログハウスに案内する。
元探索者だけあって、ログハウスの木材がアイアントレントのドロップであることをすぐに言い当ててしまう。
「これほど集めるのは大変だったのではないですか?」
「そんなことはないわ。すぐに集まったわよ」
俺が答える前に仁子さんが言ってしまった。
いつも前に出てくる彼女だけど、今日は特に前に出ている。
「片桐さんも手伝っていたのは知っていますよ。西園寺から聞いています」
「西園寺さんとはお知り合いなんですね」
まあ、そうだろうな。どのくらいの知り合いなのかは、中に入って聞くことにしよう。
俺は氷室さんを手作りのテーブルと椅子の前まで案内した。
「どうぞ、座ってください」
「ありがとうございます」
「よいしょっと、では始めましょうか!」
「仁子さん?」
「雇用者である八雲くんはど~んと構えていて。あとは私に任せなさい!」
えっ、後は任せろ!?
まだ俺は氷室さんをログハウスに案内しただけなんだけど。
「氷室さん」
「はい、何でしょうか?」
「元探索者だったという言うお話ですが、なぜ引退されたんですか?」
「それは負傷したからですね。昔、西園寺とはパーティーを組んで探索していたんです。そこでモンスターからの不意打ちを受けてしまい、両足を失ってしまったんです」
おっと、重すぎる話が飛び出してきた!
俺は反応に困ってしまって仁子さんの方を見る。
仁子さんもそんな話が出るとは思っていなかったため、戸惑っているようだった。
どよ~んとした重たい空気が立ち込めてくる。
どうするこの空気と思っていたら、氷室さんが困る俺たちに声をかける。
「いろいろと大変でしたが、今はこのとおり足を取り戻しました。これも東雲さんのおかげです」
「中級ポーションですか?」
「はい。西園寺からもらった時は半信半疑でしたが、足が生えてくるところはすごかったですね。その縁もあって、今は一般企業で事務をしているのですが、恩返しの意味も込めて東雲さんのサポートをしたいと思っています」
「務めている会社を辞めてですか?」
「はい、そう考えております」
仁子さんが唸っていた。
今勤めている会社を辞めてまで、サポートしてくれるとは彼女にとって本当に良いのだろうか……。
うううっ、判断に困る。
悩める俺に氷室さんはきっぱりと言った。
「心配ご無用です。足を失って絶望していた私に第二の人生を与えてくれた東雲さんには感謝をしてもしきれません。探索者としては、お二人に劣りますが何かあった時は自分自身で身を守れます。西園寺からは最近、東雲さんの周りで良からぬ者たちが彷徨いているとお聞きしています」
確かに公安に守られている生活をしているのは確かだ。
雇うとなると、俺の情報を把握している彼女は危険になるだろう。
となれば、元探索者という利点が出てくるわけだ。
西園寺さんはそこらへんも考慮して、氷室さんを紹介してくれたのだろう。
しかも、企業では事務をしてきたことで、実務経験は言うことなし。
仁子さんも納得しかけている感じだった。
でもまだ聞きたいことがあるようだ。
「氷室さん。ちょっと質問です」
「はい」
「八雲くんはダンジョン配信者です。そこらへんも見地もありますか?」
「恥ずかしながら、以前はダンジョン配信をしておりました。東雲さんほど伸びてはいませんでしたが……。ですのでモデレーターとしてもサポートできますよ」
「すごい!」
「ちょっと八雲くん! まだ早いわ。ブランクがあるんだから、ちゃんとできるかはわからないわ」
「なら、モデレーター権限を渡してやってみてもらうのはどうだろう」
氷室さんはすぐに快諾した。
すでに俺の配信動画はチェック済みのようで、書き込み欄がたまに荒れていることを危惧していた。
「リスナーの選別はチャンネル登録数が大きくなれば必須です。中には悪意を持って荒らしてくるものも増えてきます。ちょっと言いにくいのですが、片桐さんへの書き込みはかなりキモい物が見られます」
「……ですよね」
俺も気になっていたんだ。どうにかしないとと思っても、戦いながらでは、流し見るのが精一杯だった。
「私は気にしないわよ」
「いえいえ、片桐さんはわかっていません。あなたは、女性人気もありますから、あのような書き込みを放置すると、リスナー全体に悪い影響を及ぼします」
「モデレーターとして、うまく管理してくれるってわけね」
「綺麗に一掃します。また、SNSを立ち上げて、宣伝の幅を広げていこうと思います。くもくもチャンネルのブランド化ですね。すでにダンジョン神となられた東雲さんですが、ここで手を抜くのは勿体ないです。登録者数1000万人に向けて、体制を整えていく必要があります」
そこまで考えてもらえて俺としては嬉しかった。
よしっ、決めた!
「なら、まずモデレーターの権限を渡します。これからアラスカダンジョンへ行きますので、書き込み管理のサポートをお願いできますか?」
「八雲くんがそういうのなら、私はもう何も言うことはないわ」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
俺はスマホを取り出して、氷室さんのアカウントをモデレーターとして登録した。
彼女のアカウント名は「クマちゃん」だった。
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