第127話 異変!?
夏の暑さは増すばかりで、ログハウスのエアコンも朝からフル稼働だ。
俺はのんびりと勉強中。
デスクでは氷室さんがパソコンの画面とにらめっこしていた。
「東雲さん! やりましたね!」
「どうしたんですか?」
「チャンネル登録者数が800万人を突破しました!」
「やった!」
俺はすぐにパソコン画面をのぞき込んだ。
二人で一緒になって、見ている側からチャンネル登録者が増えていく。
この調子なら、1000万人も夢じゃない!
「ライブも動画も順調に伸びています!」
「ショートの方はどうです?」
氷室さんがライブ配信で印象的なところをピックアップして、ショート動画を作ってくれていた。
「こちらも良い感じです。ショートからの流入がこのところ増えています」
「やっぱり夏休みだから」
「はい、この時期は特に増える傾向にあります」
「じゃあ、天空ダンジョンで、一気に1000万人越えも」
「ありえます」
やっぱり夢じゃなかった!
1000万人のダンジョン配信者になったら、俺は一体どうなってしまうんだろう。
間違いなく有名配信者の仲間入りだ。数ヶ月前まで、視聴者側だった俺にとって、まだ実感できない世界だ。
「そうそう、新しいショートを作ったんです。見てもらえますか?」
自信満々に見せてくれたのは、メルトでモンスターと一緒に焼き尽くされる俺の姿を集めた切り抜きだった。
「どうでしょうか! これは伸びると思うんです」
「話題性はありそうだね……」
「探索者の生死をかけた戦い! いいですよね」
たまにショートは氷室さんの趣味の世界になる。
普段はクラフトのショートを良い感じに作ってくれるんだけどな。
こういった遊び心は、必要なことだと思うので、俺はこのまま上げてもらうようにお願いした。
「では、さっそくアップしますね。ふふふ……これは伸びますよ」
不敵な笑みをこぼしながら、氷室さんはショートを投稿していた。
俺はそのショートをスマホで見守っていると、視聴数がうなぎ登りに上がって行くではないか!
「やりましたよ! この勢いは今までのショートを越えています!」
このままでは俺の窮地集がたくさん生成されてしまう恐れがあった。伸びるのは良いけど、そればかりの印象になってしまうのは良くない。
氷室さんにお願いしてほどほどにしてもらうことにした。
「そうですね。イメージ戦略が大事な時期なのかもしれません。わかりました、私の方で客観的に検討させていただきます」
「お願いします! それと、西園寺さんから連絡はありました?」
「まだですね。玲奈のことだから、今日中には連絡してくると思います」
「そのときは教えてください」
「はい、承知いたしました」
氷室さんは仕事に戻り、俺も勉強の続きだ。
西園寺さんから、俺の探索者ランクを決めるための試験参加をお願いされていた。
天空ダンジョンでは、ギルド間の協力戦となる。そのため、参加者はランクを申請する必要があったのだ。
俺はランク認定試験を受けたことがない。そのため公式では、ランク外だった。
他の探索者にはランク申請を求めておいて、俺だけ特別扱いは難しい。公的機関なら尚更だ。
そこでランク認定試験を受けることになったのだが……。
肝心の試験が行われる時期に問題があった。10月5日だったからだ。
そこまで待っていたら、完全に天空ダンジョンに参加できない。
結局、特別扱いでランク認定試験が行われることになったのだ。
試験日と試験会場についての連絡を待っているのだった。
「よしっ、今日のノルマを完了!」
しばらく集中して勉強に励んだ俺は、勉強道具を片付けて席を立つ。
「外出されるのですか?」
「かあさんにお使いを頼まれているんです」
「一緒に付いてきましょうか?」
「もう子供じゃないんで、大丈夫ですよ」
氷室さんがそう言うのには理由があった。それは今の俺にとっての悩みでもある。
ダンジョン配信者として有名になるに連れて、私生活に大きな影響を及ぼし始めたのだ。
街に出れば、握手やサインを求められたり、一緒に写真をお願いされたりと大忙しだ。
さらには探索者になりたい人たちから、アドバイスを求められたりもした。
日常生活で、ホッとできる場所がどんどんなくなっているような気がするのだ。
「東雲さんって、ダンジョン配信者の中でも親しみやすさがありますから、余計に人を集めてしまうんだと思います」
「それはうれしい話だけど。今は普通に買い物したいかな」
「有名になると、いろいろと弊害も出てしまうんですね」
俺が憧れた有名ダンジョン配信者たちも同じように苦労しているのだろうか。
そんなことを思っていると、ログハウスの玄関が開かれる音がした。
「お邪魔します!」
「おはよう、仁子さん」
「おはようございます」
「なに? 二人して朝から辛気くさい顔をして」
俺は朝から元気な仁子さんの顔を見て、閃いた!
「そうだ! 仁子さんだ! どうか悩める俺に救いを!」
「なに? なによ? 私を拝んでも何も出ないわよっ」
拝み続けていると、彼女にドン引きされてしまった。
俺は事情を話して相談した。
「なるほど、よく聞く話ね」
「仁子さんはどうなの?」
「学校に通い出したときには、いろいろとあったわね。でもそのうち静まるわ。たぶん私って、ちょっと近寄りがたいんだと思う。その点、八雲君は近寄りやすいわね」
「それが今問題になっているんだよ」
しばらく仁子さんは考え込んだ後、何かを閃いたような顔した。
「イメチェンするのはどう? もっと荒々しい髪型にするとか」
「仁子さんは、俺にそれを望んでいるの?」
「いや、どちらかといえば……そのままがいいかな」
なぜ、勧めたんだっ!?
もしかして、仁子さんは全然頼りにならない?
いや、待てよ。彼女の『我が道を行く』、この姿勢がいいのかもしれない。
仁子さんの真似をして、どーんと構えていれば、なんてことはないと思えるかも。
俺は深く頷いて言う。
「ありがとう、仁子さん! 頑張ってみるよ」
「えっ、なに? 解決しちゃった? いつ? 私、何もしていないよ」
「とても勉強になったよ。さすがは仁子さんだ」
「なんか褒められた。悪い気はしないけど」
俺は仁子さんにお礼を言いながら、母さんのお使いに行こうとするが、
「ちょっと待って、私も行くわ。現状をこの目で見ていないから」
「じゃあ、一緒に行こう」
「氷室さん、来たばかりですけど、八雲君とお使いに行ってきます」
「はい、お二人ともいってらっしゃい」
気持ちよく送り出してくれた氷室さんに手を振って、俺たちはログハウスを出る。
強い日差しと、むっとした湿度がすぐに襲ってきた。
「暑い……今の気温は何度なんだろう」
「41度ね」
「この調子だと昼頃には50度近くなるかも」
「どんどん気温が上昇していくわね。ねぇ、知ってる? 南極や北極の氷がすごいスピードで溶けているんだって」
「ニュースで昨日見たよ。もしかしたら東京が水没するかもしれないって」
「本当に水位が上昇したら、東京だけではすまないわよ」
影響は世界中に及んでしまうだろう。地球規模の自然災害とは、現実味のない恐ろしい話だった。
見上げた空は、雲一つない晴天。このところ、雨は全く降っていなかった。
田畑は干上がり、植えられていた稲や野菜は見る影もなく、枯れ果てていた。
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