第128話 お使い

 俺たちは涼しさを求めた結果、魔法に頼ることにした。

 氷魔法ニブルヘイムを最小限に行使して、俺と仁子さんが入れるくらいの冷え冷え空間を作り出した。


「わあ、過ごしやすい!」

「温度はこのくらいで良いかな?」

「バッチリよ。ずいぶんとコントロールがうまくなったわね」

「毎日、精神統一して訓練しているからね」

「やっぱり八雲君は魔法の才能があるよ」

「仁子さんが褒めてくれるから、剣術と併せて頑張っているんだ」

「うんうん、良い心がけね。そのうち、最強の探索者になれるかもね」


 俺は『最強の探索者』という言葉に対して、ぶんぶんと首を振った。

 別に強さを求めているわけではない。アイテムクラフトやダンジョン探索するために、必要としただけだ。


「最強は目指していないんだ。だって、そんな力を手にしたら、面倒ごとに巻き込まれそうだし」

「言えてるわね。西園寺さんが、八雲君に頼りっきりになちゃうね」

「ありえそうで怖いね」


 現に天空ダンジョンではギルド間の協力探索をするために、俺の参加を求められたわけだし。この程度なら、俺としては問題ない。


 しかし、世界の命運がかかっているとか、多くの人命がかかっているとかをお願いされても、困ってしまう。


 俺は正義感あふれる勇敢な人間ではない。


 ダンジョン探索だって崇高な目的があって始めたわけでもない。親が反対しているのをわかっていて、こっそりとダンジョン探索していたくらいだ。

 そんな人間が偶然手に入れた力で、世界を救うのはおかしな話だ。

 もっと素晴らしい適任者が成すべきだし、ほとんどの人がそれを求めているはずだ。


 ということで、俺にとっては雲の上のような話だった。


「八雲君は、自分のペースでダンジョン探索しながら、アイテムクラフトがしたいのよね」

「それを配信して、視聴者と楽しみを共有したいんだ」

「今のところは順調ってわけね」

「そうなんだ。チャンネル登録者数が800万人を超えたし」

「当面の目標は1000万人ね」


 そうそう、俺ができるのはダンジョン配信者だ。

 そして今抱えている問題は……。


 うっ!


 俺は複数の視線によって体が固まってしまった。


「八雲くん、めっちゃ見られているよ」


 道の横から、近くの中学校の女子生徒たちが歩いてきたのだ。

 おそらく部活動のために登校している途中だろう。

 俺は特に中学生女子が苦手だった。ひたすらに勢いがすごいからだ。


 一人が俺の存在に気がついているのに、わざとらしく指さした。


「あっ」

「えっ、なになに!?」

「もしかして、くもくも」

「そうよ、絶対にそう」

「声をかけてみる?」

「ええ、あんたがいきなさいよ」


 そう言いながら、集団で接近してきた。これだよ、これ! いつも数で迫ってくるのだ。

 集団での押しの強さには、到底かなうはずもなく。


「仁子さん、逃げよう!」

「何を言っているの。ここはちゃんとした振る舞いができないと!」


 逃亡はすぐに却下された。

 そして仁子さんは押し寄せる女子中学生たちの前に立ち塞がる。


「彼は今忙しいから、ごめんね」

「ええっ、何それ? 私たちは後ろのくもくもに用があるの。おばさんは邪魔」

「……おば……おばさん!?」


 仁子さんはぷるぷると震えていた。

 いけない! 彼女の頭の角がぎらりと光ったように見えた。


 俺は仁子さんの手を取って、走り出す。


「ごめん、俺たちは用事があるから、さようなら!」

「あっ、待って!」


 後ろを見ると、彼女たちが追いかけてきていた。陸上部なのだろうか。

 なかなかの走りっぷりだ。

 しかし、俺の方が速い! 一気に突き放して、見えなくなったところで抱えていた仁子さんを下ろした。


「ふ〜、結局逃げちゃった」

「おば……おば……」


 仁子さんはまだショックから立ち直れていないようだ。

 恐れを知らないとはこのことだ。女子中学生恐るべしだ。


 俺はアイテムボックスから、中級ポーションを取り出して、仁子さんに飲ませる。

 効果があれば良いけど……。


 彼女は一気に飲み干して言う。


「くぅ〜、油断をしていたわ」

「……落ち着いた?」

「なんとか堪えたわ。でも次は絶対に許さない!」


 ちょっと落ち着けていない感じだった。

 仁子さんであっても、対応が難しい人がいるんだなと思った一件だった。

 彼女には悪いけど、俺が抱えていた悩みが軽くなったような気がした。


「仁子さん、街に着いたらアイスを買って食べよう」

「気が利くじゃん」


 冷たいものを食べれば、熱くなった気持ちも収まるかもしれない。それに猛暑の中で食べるアイスはとても美味しいのだ。


 街に着くと、親子連れから握手を求められてしまった。

 仁子さんと一緒に笑顔でこたえていると、瞬く間に人だかりができてしまった。


 すべての人に対応していると、お使いする時間が無くなってしまう。

 俺は仁子さんの行動を見よう見まねしながら、なんとか乗り切った。


「ふぅ〜、すごかった」

「八雲君、人気者ね」

「仁子さんこそ」

「普段はここまでじゃないのよ。やっぱり八雲くんがいるから声をかけやすいのかも」


 小さな街だ。繰り返しているうちに、みんなが俺に慣れてくれる日が来ることを待とう。


「仁子さん、ありがとうございます。これをお納めください」

「うむ」


 俺は約束と勉強させてもらったお礼にソフトクリームをごちそうした。

 やはり暑い日はこれに限る。


 日陰のベンチに座って食べていると、またしても注目されていた。


「さすがにアイスクリームを食べているときには来ないみたいね」

「ちょっと落ち着けないけどね」

「慣れるしかないわね。さっきの対応、すごくよかった」

「仁子さんの真似をさせてもらったんだ」

「先生って呼んでもいいのよ」


 仁子さんはベンチでふんぞり返っていた。


「先生」

「何かな?」

「アイスクリームが溶けて、服に付いているよ」

「なっ!? そういうことは早く言いなさい」


 ハンカチを渡すと、彼女は慌てて拭いていた。

 先生タイムはあっという間に終了して、俺たちは本来の目的である。

 お使いのため、スーパーを訪れていた。

 年季の入った古びた佇まいだが、品揃えには定評がある。


「何を買うの?」

「これが頼まれたリスト」

「うむうむ、この材料から推測するに、今日の晩ご飯は酢豚ね」

「大当たり!」


 さっそく、野菜売り場にいくと、あまりの価格高騰にびっくりしてしまった。


「にんじんが1本300円!?」


 この前まで150円もしなかったはずだ。

 ピーマンもたまねぎも同じく値上げされていた。

 天候が野菜にとって悪いとニュースで言っていたけど、ここまで影響が出ていたのか……。

 おれたちが野菜をじろじろと見ていると、店員のおばさんが教えてくれた。


「きのうの仕入れで、値段が急上昇したのよ。ごめんなさいね」

「猛暑の影響ですか?」

「日本全体というか、世界全体の影響みたいね。おばさんも詳しいことはよくわからないけど」


 猛暑だけの問題ではなく、野菜が育ちにくくなっているそうだ。

 原因は不明だそうだ。


 買わないわけにもいかず、俺たちは頼まれたリスト通りに買い物を済ませた。

 レシートの記載された金額はいつもの倍くらいになっている。

 野菜はだんだんと値段が上がっていた。ここにきて大きく値上がりした感じだった。 

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