第129話 特製ドリンク
俺たちはスーパーから出てすぐに、出待ちしていた人たちに囲まれてしまった。
どうにか最低限のファンサービスでくぐり抜けて、待ちを脱出。家への田舎道を歩いていた。
「私の予想を超えた人気っぷりね」
「うん。苦労しているんだ」
「たぶん類を見ないスピードでチャンネル登録者数が増えているからかも」
「ちょっとしたブームになってるとか?」
「そうそう、それよ! その内、テレビの出演依頼がくるかもね」
お断りします!
ダンジョン配信だけで十分だ。
俺が必死に首を振っていると、仁子さんに笑われてしまった。
「八雲君なら嫌がると思ったわ」
「仁子さんはどうなの?」
「私も嫌ね。探索者で十分。ダンジョン配信には八雲くんに出させてもらっているし、これ以上はいいかなって」
「もしかして自分の配信するのが面倒とかだったりして」
「よくわかったわね」
豪快な彼女のことだ。毎日のように配信動画を考えたり、視聴者たちに気をつかったりするのは性に合わなさそうだ。
「そうだ。配信で思い出したけど、千葉ダンジョンでの販売状況はどうなの?」
「もうすごいよ! 飛ぶように売れている」
「やっぱりステータスが4倍の効果は絶大ね」
すでに人気となっている千葉ダンジョンが、俺のせいでさらに大混雑させてしまった。
それでもミラクルキャンディーは探索者にとても有効なアイテムなので、ゲットしようとする者がたくさんいる。
「最近のダンジョンは、おかしなことが多いから、何かあったときの保険として手に入れる人が多い感じだよ」
「そうね。千葉ダンジョンだって、本来はモンスターの湧きがすくない過疎ダンジョンだったわけだし」
「みんな恐れているかもしれない。探索中にダンジョンが様変わりしたら、誰だってびっくりすると思うし」
何かあったときに、ステータスを4倍にできるミラクルキャンディーがあれば、助かる可能性が高くなる。
そういった保険として所持する人もいれば、純粋なパワーアップアイテムとして求める人もいる。
ダンジョンで湧くモンスターが強くなっている傾向もあるため、それに対抗する手段として、求められていた。
そんなことを考えていると、仁子さんが申し訳なさそうに言う。
「パパにミラクルキャンディーをたくさん渡してよかったの?」
「あれは香辛料の材料との交換だから大丈夫だよ。一人で集めるにはどうしても、限界があるからさ」
「なら良かった。タルタロスでもミラクルキャンディーが大好評なの。あれを食べると、上のランクのダンジョンへ挑めるでしょ」
「4倍の強さになれるからね」
「それによって、メンバーの育成がとても早くなったのよ。いつもよりも強いモンスターを倒して、たくさんの経験値が貯まるってわけ」
ミラクルキャンディーがギルドメンバーの育成で役に立っているとはな。
タルタロスギルドにはいつもお世話になっているので、喜んでもらえて良かった。
「鋼牙さんに言っておいて、いつでも香辛料の材料と交換しますって」
「わかった。パパが大感謝すると思うわ」
俺はスマホのアプリで、千葉ダンジョンに置いた販売ゴーレムの売り上げを確認する。
ヤバすぎる! もしかしたら、中級ポーション並の神アイテムを作り出してしまったのかもしれない。
自動クラフトしたミラクルキャンディーを販売ゴーレムに供給するが、あっという間に売り切れになっていた。これが自動クラフトの生産個数を増やす必要がありそうだ。
設定を調整して、需要と供給のバランスが良くなるようにした。
「大変そうね」
「まあね。配信で販売ゴーレムで売り出すって言った以上、ちゃんとしたいんだ」
まだ需要が安定するとは思えないので、しばらく監視しながら調整をしていこう。
そろそろ家が見えてきた。
夏の日差しも十分浴びたので、俺たちは早歩きで家の門を通る。
「仁子さん、ログハウスにいて。俺は買ってきたものを家の冷蔵庫にいれるから」
「わかったわ。氷室さんに戻ってきたことを伝えておくね」
「お願い!」
玄関のドアを開けると、家の中はサウナだった。
うああ……むんとする。これはニブルヘイムの出力を上げて、家の中を冷やしてやろう。
「出力アップ!」
良い感じに冷えたぞ。
これは母さんによく頼まれる八雲エアコンだ。
エアコンをつけて、冷房が効くまで時間がかかってしまう。それを一瞬にして解決するのが八雲エアコンだった。家が冷えてから、エアコンを使えば電気代の節約になって母さんもにっこり。一石二鳥の八雲エアコンは東雲家で大人気だ。
俺はリビングへ行き、キッチンの側に置かれた冷蔵庫を開けた。
「野菜はここに。豚肉は上か」
料理をするようになって、冷蔵庫の配置はすべて頭に入っている。
とりあえず、母さんが取り出しやすいようにしてみた。
「これでよし」
おつりとレシートをテーブルの上に置いて、家を出た。
よしよし、これでお使い終了である!
仁子さんたちのところへもどろう。隣に立てられたログハウスのドアを開けると、仁子さんが飲み物を片手に待っていてくれた。
「お疲れ様。はい、これを飲んで」
「ジュース?」
「私が作った特製ドリンクよ」
ちょうど喉が渇いていたのでありがたい。
俺は一気に飲み干した。
「これ、飲みやすいね」
「でしょ」
あれ、なんか体の疲れがきれいさっぱり無くなったぞ。
この感覚には覚えがあった。
「もしかして、中級ポーションが入ってる?」
「当たり。あれってすごく甘いでしょ。夏向きにアレンジしてみたの。レモンと炭酸水で割ってんだ」
「すごく美味しかったよ! 俺も真似させてもらおうかな」
「いいわよ。美味しく飲める割合を教えてあげる」
玄関で教わっていたら、氷室さんが顔を出してきた。
「お二人とも、中でお話になったらどうですか?」
「「は〜い」」
仁子さん特製ドリンクがあまりにも美味しかったので、つい玄関で話し合ってしまった。
落ち着いて話すなら、エアコンが効いている部屋の中が一番だ。
ソファーに向かい合うように、仁子さんと座る。
彼女は机の上にあったメモにドリンクの作り方を書いてくれた。
「はい、八雲君」
「ありがとう!」
「そんなに気に入ったなら、次の探索でドリンクを用意しようか?」
「えっ、いいの!? ありがとう、仁子さん」
「任せておいて」
彼女は実に得意げだった。この調子なら、いろんな種類の特製ドリンクを飲ませてもらえるかもしれない。期待が膨らむ!
「東雲さん、少しよろしいですか?」
「どうしましたか、氷室さん」
「玲奈から、ランク認定試験日の連絡が来ました」
「えっ、いつですか?」
「一週間後の月曜日です」
これで天空ダンジョンまでに認定が終わりそうだ。
一週間後か……。朝のトレーニングをよりハードにして、良い結果を出すぞ!
やる気満々になっていると、仁子さんが氷室さんに声をかける。
「八雲君って、どうみてもランクS級だけど、やる意味があるんですか?」
「公的機関の認定ですから、どうしても必要なことなのです」
仁子さんからランクS級認定をいただいてしまった。俺はそれゆえに、失敗が許されないプレッシャーを感じていた。
だから今できることをすべてやって、鍛え抜いた状態で挑もう。俺の全力をランク認定試験にぶつけてやるっ!!
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