第71話 対人戦
屈強な探索者を散々殴り飛ばした仁子さんが満面の笑みで、俺たちのところへやってきた。
「みんなノリがいい人たちばかりよ」
「血の気が多いといいったほうが良いかも」
「戦って思ったんだけど、アメリカって銃社会なのにみんな持っていないね」
仁子さんの指摘に俺も周りの探索者を見てみる。
確かに銃を所持していなかった。
その疑問に西園寺さんが答えてくれる。
「モンスターに銃を使うとなれば、場合によっては対戦車ライフルくらい必要となりますからね。対人用の銃ではモンスターの前では豆鉄砲ですよ」
「ダンジョンの資源から作成した武器の方がいいってことですか?」
「くもくもさんや片桐さんの武器を見れば一目瞭然ですね。探索者としての力が十二分に発揮できる武器なら、現代兵器も凌駕しえると思います」
西園寺さんの言う通りだ。
初級ダンジョンのモンスターの硬度なら、銃でもなんとかなりそうだ。しかし、上級ダンジョンならそうはいかないだろう。
それにこのように探索者が密集した場所で銃の乱射をすれば一大事である。
探索者の力とダンジョン製の武器があれば、モンスターを倒せるのだから、銃は必要ないと思う。
西園寺さんはそのようなことを踏まえながら言う。
「銃社会のアメリカでも、探索者が所持することは稀ですね。誤射もありますし、持ち込む探索者は忌避されている感じですね」
「思ったよりも平和そうで良かったです」
「いろいろと根回ししましたからね。比較的探索しやすいと思いますよ」
西園寺さんからお墨付きをもらった。
アメリカ側から派遣されたスティーブンさんとルドルフさんもいるし、この探索は楽しめそうだ。
なんて思っていると、その二人が近づいてきた。
陰ながら見守ってくれるはずなのにどうして?
よく見ると後ろにいかつい男を引き連れていた。
西園寺さんに通訳してもらうと、
「彼はダンジョン神をよく思わないギルドのトップみたいです」
「なんでそんな人を連れてくるんですか?」
「それは……」
西園寺さんは言いにくそうに口を開いた。
「くもくもさんと一戦交えてたいみたいです」
「タイマン勝負ってことですか!? そういう物騒なのは嫌いなんですが……」
俺は仁子さんと違って平和主義なのだ。
モンスターと戦うのはクラフト素材を集めるためであって、戦いを好んでいるわけではない。
渋っていると、その男は俺にもわかるように挑発してきた。差別用語も連発している。
さすがにスティーブンさんとルドルフさんも彼の態度に怒り出す始末だ。
それよりも怒ったのは仁子さんだった。
「くもくもがやらないなら、私がやるわ!」
これは困った。別に俺はそのくらいで怒りはしない。
なんか言っているなという感じだ。
しかしこのままでは仁子さんが彼と戦って、血の雨が降るかもしれない。
とてもまずいような気がする。
アメリカの大手ギルドの長と、日本の大手ギルドの長の娘が戦うと今後の禍根となってしまうかもしれない。
ここは相手がご所望しているとおり、どのギルドにも所属していない個である俺が出たほうが良いだろう。
「わかりました。戦いましょう。そのかわり武器はなしです。いいですか?」
「えっ、いいの? くもくも! そういうの嫌いでしょ?」
「そうなんだけど、面倒くさいことになるまでに早めに処理するよ」
彼に戦う意向を伝えると、鼻で笑われながらいつでもかかってこいと言われた。
俺は西園寺さんに彼の能力を確認する。
「あの人はS級探索者ですよね?」
「ええ、かなり名の知れた探索者です。まあ強いですよ」
「それが聞けて安心しました。一発で決めます!」
ステータスをギア6にして全開!
周りの探索者が俺の変化にびっくりしているが気にしない。
そのまま間髪入れず、挑発してきた男に一瞬で近づく。
拳に力を込めて、ニヤけた顔に叩き込んだ。
メリメリっという音がするけど、止めることなく拳を振り切った。殴った後に思ったのだが、俺は差別用語を使われて内心で怒っていたようだ。
男はダンジョンのクリスタルの壁にめり込んで、動かなくなった。なんだか、スッキリした感じだった。
復讐は何も生まないというが、スッキリはする。
そしてその気持ちを持って、新しい未来に踏み出すのだ!
視聴者たちもスッキリしたようで、とても喜んでくれている。
それに比べて、仁子さんと西園寺さんは驚いていた。
「くもくもって怒ったらすごいんだね」
「私も意外でした。彼は生きているのでしょうか?」
スティーブンさんが確認に行ってくれたら、気を失っているだけという。やはりS級探索者は丈夫だな。
気を失った彼のギルドメンバーに抱えられて、脱兎の如く逃げていった。
「これで一安心ですね」
「いやいや、一歩間違えたら国際問題だったよ。今度は私に任せて、くもくもは対人戦は禁止ね」
「片桐さんの言う通りです。肝が冷えました」
なんかやっちゃいましたか的な感じで倒してしまったのがまずかったみたいだ。
彼にも活躍の場を設けてあげるべきだった。
反省、反省!
それでも俺がアメリカのS級探索者をワンパンで倒したことで、周りの探索者から盛大な声援をもらえてしまった。
「すごい人気かも」
すると仁子さんが首を横に振る。
「違うって、くもくもの見た目が天使になっているから、人気なんだと思う」
そう言われると確かに俺を見て、お祈りする人までいる。
「御利益はないんだけど」
「見た目が見た目だから、見る人によっては神の使いに見えるのかも」
「確かにそうですね。直に見ると、神々しいさがすごいです。御利益、御利益!」
「やめてください。ホワイトさん!」
スティーブンさんとルドルフさんまで俺にお祈りする始末だ。
しばし周りから祈られる俺。
こんなことをするために、ワシントンダンジョンに来たわけではない。
やれやれ、周りにいた探索者たちがいなくなって、やっと一息つける。
「海外のダンジョンだと勝手が違うね」
「まあ、くもくもは有名人だから」
「そっか……もうそんな領域にいるのか」
新宿ダンジョンで、初めての実況で緊張していた頃が懐かしい。
「言動には注意することね。どこで揚げ足をとられるかわからないから」
「仁子さんがいうと重みがあるね」
「そうよ。私は日々気をつけているんだから! でもあの人は殴られて当然だったと思う。私もスッキリしたし」
西園寺さんはそれを聞いて、笑っていた。
「ですが、これでくもくもさんが、並のS級探索者より強いことがはっきりしましたね。アメリカにも十分に伝わったと思います」
「ファフニールを倒したんだから、当たり前よ」
仁子さんはあの戦いによって、ファフニールの力を得た。
もし彼女が戦っても、似たような結果となっていたことだろう。
「お二人はどんどんお強くなっていきますね」
「まだホワイトさんには遠く及ばないわよ」
「あはは、ご謙遜を」
仁子さんにそう言わせるとは、西園寺さんは相当強いのがわかる。
まだ本気で戦っているのを見たことがないし、アプリの鑑定はモンスターしか使えないから、今のところ未知数だ。
「では、どんどん進んで行きましょう!」
「「はい!」」
俺たちが歩くと、探索者たちがレディファーストのように道を開けてくれるので、サクサク進める。
これも大手ギルドの長をワンパンで倒した効果なのかもしれない。
「下への大階段が見えてきました。次は第3階層です!」
視聴者たちに向けて、元気よく俺は実況をした。
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