第72話 アップグレード
大階段を下りながら、西園寺さんに予め予習してきたことを確認する。
「この下から難度が一気に上がるんですよね」
「はい、A級探索者でもやっとでしょう。ですが、アメリカは世界比率で高い等級の探索者が多い傾向にありますから、この下でも日本とは違って人は多いですよ」
「他の国よりも探索者になる人が多いからですよね」
「アメリカンドリームに似たようなものですね。最近、移民がとても多いため、働き口のない人たちが探索者に流れ込んでいるみたいです」
「そういう探索者たちを集めたブラックギルドがあると聞きました」
行き場のない人たちが探索者になったのはいいが、装備もままならない場合が多い。
そこに目をつけた悪徳ギルドが、高い金利で装備を貸し出して、奴隷のように扱っているという話だった。
「そのことについては立場上ノーコメントにさせてください。まあ、日本でもブラックギルドはありますから……」
西園寺さんはため息をつく。
確か……借金をして返せなかったら、昔はマグロ漁船行きだったらしい。でも、今はダンジョン行きという話だ。
「今は誰でもダンジョンへ入れますけど、法整備が進めば、ライセンス制になるかもしれませんね」
「そうなると未成年はダメそうですよね?」
「はい! もちろんです!」
西園寺さんははっきりと答えてくれた。
今のうちにダンジョン探索を楽しんだほうが良さそうだ。
もし規制がたくさんできてしまうと、今の楽しいダンジョン探索が出来なくなってくるのかな……残念だ。
ショボーンとしていると、仁子さんが俺の方を叩いて言う。
「くもくもが思っているような規制する一方的な法案になるとは思えないわよ。だって、かなりの国会議員は、ギルドとつながりがあるからね」
「そうなんだ」
「大手ギルドはすごいお金生み出す打ち出の小槌だからね。コネとお金は使いようね」
「邪魔をしてくる団体とかいないの?」
「結局はお金の力が大きいからね」
資本主義様々である。俺もいざというときのために、いっぱい稼いでおいたほうが良いかも。
なんて思っていると仁子さんに笑われた。
「今一番、ダンジョン界を騒がせているくもくもが、気にすることでもないかもね。だって、君が探索者を引退して、アイテムの供給をすべて停止したら、大騒ぎどころじゃないわ」
「それは大変困ります!」
西園寺さんが引退という言葉を聞いて、あわわしていた。
それほど俺が発するとセンセーショナルな単語なのだろう。
「まだ引退はしないよ。だってまだ初めて一ヶ月くらいしか経っていないんだよ。もっとクラフトしたいし!」
それにアプリから通知された試練も気になっている。
このままで引退なんてありえない。
「なら安心しました」
西園寺さんは心底ホッとしているようだった。
彼女には生活面でいろいろと手厚くサポートしてもらっているのだ。ここまでしてもらっておいて、俺だけの意志で引退を決めるのは難しいだろう。
「そう言えば、くもくもさんの中級ポーションですが、国が本腰を入れようとしているみたいです」
「えっ、どういうことですか?」
「昨今の超高齢社会によって、医療費が増大しているでしょ。その問題解決として、中級ポーションを使えないかを検討しているようです」
「マジですか……でも回復痛がすごいですよ」
「それは他の薬を併用して緩和できないかを調べているようです」
「えっと……つまり、それって」
まさか国から中級ポーションの大量発注が俺にくるということかな?
西園寺さんは深く頷いた。
「見返りはちゃんとありますので、ご安心を」
「俺のアイテムで人を救えるのなら、嬉しい限りです」
LIVE配信中ということもあり、これ以上の話は後日となった。国から大量発注とは、個人で受ける案件だろうか。
高校生の俺には荷が重そうなので、取引の場には父さんも出席してもらおう。母さんは慌てふためくだけなので、お茶出しくらいの協力に留めておいたほうが良いだろうな。
さあ、第三階層だ。
「見てください! 透明なクリスタルに紫色が混じっています。さらに幻想的な光景になっています。ところどころでクリスタルが強く輝いており、上の階層よりも明るいです」
「綺麗! デートスポットになるんじゃない」
「ここのモンスターは強いですから、デッドスポットと呼ばれていますよ」
のんきな仁子さんに西園寺さんはツッコミを入れていた。
「あそこに見えるモンスターは、アイアントレントです。見た目通り、大きくてとても硬いです。近づくと茂らせた金属の葉を枝ごと振り回してきます」
「あの葉は尖そうですね」
「はい、あれによって多くの探索者がミンチになっています」
さらっと恐ろしいことを西園寺さんが言った。
囲まれたら危なそうだな。
なんて思っていると、パーティーからはぐれた探索者がアイアントレントに囲まれていた。
よく見ると、両腕がない……おそらくミンチになったのだろうか。
彼女は俺たちを見つけると必死に助けを求めてきた。
すぐに助けましょう!
そう思って、駆け出す俺の両脇には仁子さんと西園寺さんがいた。二人も同じことを思っていたようだ。
俺はアイアントレントが探索者に攻撃を加える前に、氷魔法アイシクルを発動。
氷柱を太い幹に当てて、攻撃を逸らす。
かなりの硬度だ。アイシクル程度では、ノックバックさせるのがやっとだ。
でも時間は稼げた。
仁子さんが大剣グラムで、アイアントレントを伐採していく。西園寺さんは、その隙きに探索者を抱きかかえて俺の方へ避難してきた。
「かなりの血を失っています。早く中級ポーションを」
「はい」
俺は急いでアイテムボックスから中級ポーションを取り出して、口に押し込んだ。
見た感じかなりの大怪我。ホラー映画で出てくるレベルだった。
その怪我も時間が逆再生するかのように、復元されていく。
「両手は治ったけど、意識が戻らない」
「脈はしっかりしていますから、安全な場所で休ませたらいいかと。では彼女を連れていきますね」
西園寺さんは、抱きかかえたまま大階段の方へ歩いていった。その先にはスティーブンさんとルドルフさんがいた。事情を話して、彼女を引き渡しているようだった。
戻ってきた西園寺に聞く。
「彼女をどうするんですか?」
「ダンジョンの外へ連れて行ってもらうように言いました。大手ギルドに所属している探索者のようですから、すぎに引き取り手が現れるかと」
「なら、良かったです」
視聴者たちもそれを聞いて安心していた。
スプラッタな怪我に、視聴者たちも大変驚いていたので、その気持ちはよくわかる。
「ダンジョン探索は危険なので気を引き締めて進みたいと思います!」
そう言って歩き出す俺に、西園寺さんは聞いてくる。
「片桐さんはどこへ?」
「ああ……それは」
仁子さんはアイアントレントの伐採が楽しくなったみたいで、先程の彼女の安全を確認すると、ノリノリで奥に進んでいったのだ。
「またですか!?」
「仁子さんはグラムを振り回したくて仕方ないようで……」
アイアントレントは肉厚で実に斬りがいがあるのだろう。
遠くで大木が倒れ込む音が響いてくる。
「あのグラムはすごい切れ味ですね。アイアントレントをあれほど綺麗に両断できるとは」
「ホワイトさんが持っている武器もすごそうですけど?」
「グラムには劣りますよ。それに長年使っていてガタがきています」
「なら、ちょっと見せてもらえますか?」
俺がリペアできるというと、西園寺さんは驚いた。
「そのようなことまでできるのですか?」
「はい。俺が持っているフランベルジュもファフニール戦でボロボロでしたら、リペアしたんですよ」
「なら、お言葉に甘えて」
どれどれ西園寺さんの武器を見てみよう。
◆竜骨の双剣のリペア素材
・ミスリル ✕ 1
名前からして強そうな武器だ。
フランベルジュを同じようにミスリル1個で直せるようだ。早速直そうとしたとき、アプリから通知が届いていた。
『アプリに武具アップグレードの機能が追加されました』
おや!?
アップグレードだって!
こんな機能が追加されたら試すしかないじゃないか。
西園寺さんに行ってもいいかと確認したら、承諾をもらえた。
◆竜骨の双剣のアップグレード素材
・ミスリル ✕ 10
では早速、アップグレード!
おおっ、竜骨の双剣が竜骨の双剣+になったぞ。
実際に手にとって見ると、剣身が魔力を纏っていた。
西園寺さんへ渡して、使い勝手を確認してもらう。
「どうですか?」
「すごく手に馴染んで良い感じです。それに魔力が高まったような気がします」
西園寺さんは試しに、こちらへ向かってくるアイアントレントに竜骨の双剣+を振るう。
グラムのようにスパッと伐採できた。
「これは……すごいです。新品になって……さらに攻撃力が格段に上がっています」
また俺はとんでもない剣を作り出してしまったのかもしれない。所持者が西園寺さんなら、悪用されることはないだろう。
西園寺さんも伐採が楽しくなったようで、仁子さんを追いかけて行ってしまった。
それだけ俺が作り出す剣には、振るわないといけない業のような物が込められているのだろうか……。
じゃあ、俺も二人に負けないように剣を振り回そう。
フランベルジュもアップグレードして、フランベルジュ+にして、俺も伐採輪に加わった。
第三階層の森林破壊は俺たちに任せろ!
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