第8話 大繁盛

 新宿ダンジョンから家に帰った俺は、夕食で両親に初級ポーションをオレンジジュースと偽って飲ませた。

 父さんがコップに入った初級ポーションを見ながら、どこのメーカーのジュースかと聞かれたのでこう答えた。


「手作りだよ。オレンジを絞って、少し水で薄めて砂糖で甘さを整えてみた」

「上手く作ったものだな。八雲は飲まなくていいのか?」

「俺はもう飲んだ」

「そうか」


 父親は嬉しそうに初級ポーションを飲みきった。


「どう?」

「味か? 美味しいぞ」

「体が軽くなったりしない?」

「オレンジジュースで元気になるわけが……」


 父さんが急に眉間にシワを寄せた。なにか体に異変があったのか?

 初級ポーションを飲ませたのは失敗だったかも……。

 なんて思っていたら、父さんのシワが消えていった。


「確かに体が軽いな。仕事の疲れが久しぶりにとれたようだ」

「何行っているのよ、お父さん。オレンジジュースで仕事の疲れがとれるわけないわよ」


 母さんはまだオレンジジュースを飲まずに、父さんの様子を見て笑っていた。

 しかし父さんは本当に元気になったと母さんに力説し始める。それでも母さんは信じられないようだ。

 俺は母さんにも勧める。


「せっかく作ったんだから、母さんも飲んでよ」

「八雲は料理とかしないのに珍しいこともあるのね」


 母さんはなんだかんだ言って、嬉しそうに飲んでくれた。


「あら! まあ! なんてこと」


 母さんは肩に手を当てて、不思議そうにしていた。


「肩こりがなくなったわ! 体の調子も良いみたい」

「そうだろ、オレンジジュースで体調が良くなるなんてな。八雲はジュースづくりの天才かもな」


 父親は微笑んで、俺のことを褒めてくれた。ちょっと親孝行できたので嬉しかった。

 両親の顔のシワが少なくなった感じがする。だからだろうか……若返ったようにも見えた。

 もしかしたら、このまま毎日飲んだら本当に若返ったりしてな。


「八雲、もしよかったら、また作ってくれないか。栄養ドリンクよりも、このジュースの方が元気になる」

「なら私もお願いしようかしら」

「わかったよ。飲みたいときは前日に教えて」

「なら、そのときは小遣いをやらないとな。材料費がかかるだろ?」

「えっ、いいの! やった」


 父さんと母さんは夕食中、ご機嫌だった。ここのところ二人は仕事が忙しいとよく口にしていたから、初級ポーションで少しでも疲れがとれたのなら良かった。


 自室に戻った俺は、撮影した動画を確認した。そして、アプリの自動編集機能を使って良い感じに投稿動画が出来上がった。

 今回の動画は、販売ゴーレムをクラフトするシーンをメインにしっかりと編集した。単調なモンスターとの戦闘は早送りにして仕上げた。あらためて観ると、かなりのモンスターを倒したんだなとしみじみ思う。


 スタンダードソードはそれなりに重い武器なので、振り回していると筋トレをしているようだった。

 これからダンジョン探索を続けていけば、そのうち俺はムキムキボディになってしまうかもしれない。

 線が細い体付きとよく言われるので、もし筋肉が付いたら高校のクラスメイトが驚くかもな。


 チャンネル登録者数が1になったことで、俺のステータスが上昇した効果はダンジョンの外でも健在だった。

 納屋から家に入る時に走ったのだが、以前の自分の体とは思えない性能だった。

 このままチャンネル登録者数が増えていけば、オリンピック選手顔負けの力を得てしまいそうだ。


 高校の体育授業では控えめにしておくべきだろう。うっかり世界新記録を達成してしまうと大変だ。

 変に悪目立ちすれば、理由を聞かれてしまうかもしれない。そうなれば、ダンジョンに行っていることが両親にバレかねない。

 そうなったら、父さんが怒りの雷をたくさん落として、ダンジョンポータル禁止になるだろう。それだけは避けたかった。

 

 あれこれ考えながら動画編集は完了した。後は『投稿』ボタンを押すだけだ。


「お願いしますっ! 投稿っ!」


 あわよくば、まずはチャンネル登録者数10を目指したい。

 あと9人か……道のりは長そうだ。


「あっ、そうだ。販売ゴーレムの売上を見てみよう」


 アプリの『販売ゴーレム』を選んだ。

 おおおっ! もう在庫が0になっている。そして、すべてを売りきったため、販売ゴーレムはダンジョンからアイテムボックスへ回収されていた。

 10個しか持たせていなかったからな。需要の方が多かったのかもしれない。

 誰が買ってくれたのかがわかるといいな。

 なんて思っていると、『販売履歴』ボタンがあった。


「これで買った人がわかるのかな」


 押してみると、ちゃんと買った人が表示された。


◆販売履歴

6月14日 18:51 2個 蓬田廉太郎

6月14日 18:45 8個 吉本隼人


 購入者は二人。吉本さんがほとんど買っている。

 できれば、たくさんの人に買ってもらえるようにしたい。


 ピロン!


 ん? スマホにアプリ通知が届いたぞ。

 なになに……。


 『販売ゴーレム』の販売指定に細かい設定ができるようになったことのお知らせだった。

 ダンジョンアプリは、俺の思考を読んでいるかのように機能を追加してくる。

 なんてユーザーフレンドリーなんだろう。使い勝手が良すぎる。


 追加された機能を使って、できるだけ多くの人に買ってもらえるように設定してみた。

 購入上限は1人1個までとする。そして一度買ったら、一週間は購入できないとした。


 よしっ、初級ポーションを10個売ったことで、販売ゴーレムが1体クラフトできる。

 更に初級ポーションも20個クラフトだ。


 これで販売ゴーレムが2体になった。

 各販売ゴーレムに10個ずつ持たせて、前回と同じように新宿ダンジョンのボス部屋の前に設置した。


「さて、すぐに売れるかな」


 アプリの『販売履歴』を見ると、先程は俺が新宿ダンジョンから納屋に帰る前に売り切れたことはわかっている。

 本来ならポーションを作る場合、希少な素材と入手が難しい魔導器が必要となるから、おいそれとはできない。

 それが新宿ダンジョンのドロップ品で交換できるなら、悪くはない交換条件なのだろう。


 俺としても販売ゴーレムが量産できて、かつ初級ポーションも量産できるので、良い取引条件だった。


「おいおい……かなりキツめの販売制限をかけたのに、飛ぶように売れるぞ」


 探索者たちはポーションに飢えている。販売履歴から秒刻みで売れていることがわかる。

 我先にと販売ゴーレムに探索者が群がっている様子が目に浮かぶ。


「どんどん売りまくるぞ!」


 自室でスマホの画面を見ながら、ポチポチと操作するだけで、クラフトからダンジョンに販売ゴーレムを置いて売出しまでができてしまう。

 そのため、夢中になって売りまくっていたら……更に素材がたくさん集まって、クラフトした販売ゴーレムが100体を超えていた。

 もう販売ゴーレムを作らなくてもいいかもしれない。


 初級ポーションを購入するために必要な素材を見直すことにした。


◆初級ポーション 1個 

【購入に必要な素材】

 ・ブルースライムのコア ✕ 100


 この交換条件なら、初級ポーションを1個売れば、20個クラフトができる。

 もし、上手く行けばより多くの探索者に初級ポーションを買ってもらえると思う。

 問題は買い手が納得してくれるかだ。


「売れなかったら交換条件を引き下げればいい」


 恐る恐る販売ゴーレムで売り出してみる。

 今回から、販売ゴーレムを設置する場所は最下層から1層のゲート付近に変えている。

 その方がブルースライムのコアを集めて、すぐに交換できると思ったからだ。


 結果は……爆売れだった。

 売れすぎて困る。

 需要は留まるところを知らなかった。


「今日はこのくらいにしておこうかな」


 24時間のコンビニ対応は、高校生には厳しい。

 勉強もしないとな。両親に黙ってダンジョン探索をしているので、負い目もある。

 学業は疎かにして、両親が悲しむ顔は見たくなかった。


「初級ポーションを飲んで頑張ろっ」


 机に座って勉強だ。

 本日のダンジョンショップはこれにて閉店!

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