第51話 とある日常
目を覚ますと、今日の朝もいい天気だった。
昨日は仁子さんと一緒に東雲家で夕ご飯を食べることになった。後から帰宅した父さんは、突然来訪者にびっくりしていた。
夕ご飯では私服に着替えた仁子さんが、俺のダンジョン探索についての話にとどまらずに、日本のダンジョン情勢までも教えてくれた。
日頃、そのようなこととは無縁だった両親は、感心しながら聞いていたのを覚えている。
少しだけダンジョンへの考え方が変わったように見えた。
俺はあくびを一つ。その理由は夜更かしだ。
仁子さんと一緒に勉強することになり、競争するように頑張っていたらあっという間に時間が過ぎてしまった感じだ。
仁子さんが帰る時、父さんが夜遅くに女の子一人で家に帰るのは危険だと言っていた。しかし、彼女はS級ランク探索者。
多分大丈夫だろうと思っていたら、仁子さんは問題ないことを父さんに伝えていた。
そして、空を飛ぶようにジャンプして帰っていった。
見送った両親は口をぽかんと開けたまま、しばらく玄関から動けずにいたのが忘れられない。
ベッドから下りて、制服に着替える。そして通学カバンを手にとって、自分の部屋から出た。
リビングには父さんと母さんが既にいた。父さんはテーブルに新聞を広げて、熱心に記事を読んでいた。
俺は通学カバンをソファーにおいて、母さんの手伝いをする。といっても、出来上がった料理の配膳くらいだ。
「父さん、何読んでいるの?」
「海外でダンジョンを軍事利用しようとする動きがあるみたいなんだ」
「マジで!?」
「ほら、探索者は常人では考えられないほどの力を持っているだろ。昨日の仁子ちゃんにはびっくりだ!」
「彼女は探索者の中でも特別だよ」
「S級探索者というだっけ?」
「うん。みんながそうなれるわけじゃないけどね」
「それでも常人以上になれる可能性がある。軍人をダンジョンで訓練をしているようだ。それとは別に、ダンジョンから得られる資源を使って、兵器開発にも利用されているようだ」
「物騒な話だね」
すべての国にダンジョンが発生しているから、悪用しようとする国が現れてもおかしくはない。
そういった国からはダンジョンを取り上げることができるといいが、未だ人類はダンジョンをコントロールできずにいた。
それどころか、知床ダンジョンのように突然出現するダンジョンに驚かされるばっかりだ。
父さんは俺の肩に手をおいて言うのだ。
「ダンジョン神、なんとかしてくれ」
「できればやめさせたいけど、俺にはそこまでの力はないよ」
「二人とも、食卓で世界の話をしてもどうしようもないでしょ! 早く、食べなさい!」
「「はい」」
東雲家の法は母さんだ。
従わなければ、ご飯を作ってもらえない。
ご機嫌を損ねると、俺と父さんはカップラーメンか、レトルト食品を食べることになる。
黙々と朝ごはんを食べ終わった俺に、父さんが聞いてくる。
「いつものあれ、頼めるか」
「ああ、あれね」
あれとは初級ポーションのことだ。父さんは毎朝1本飲んでいた。そして元気よく出社するのが日課となっていた。
俺はアイテムボックスから、中級ポーションを取り出した。
「ん? いつものとは色が違うな」
「わかっちゃう! これは中級ポーションといって、父さんがいつも飲んでいるのよりも、効くよ」
「それはすごそうだ。では、早速」
父さんは腰に手を当てて、中級ポーションを一気飲みした。
仁子さんとまったく一緒の飲み方だった。
そして、なんと急に苦しみ出した。
「うううううう……うおおおお……」
「ど、どうしたの!?」
俺はびっくりして慌ててしまう。母さんも、突然の父さんの苦しみ様にあわわしていた。
父さんは倒れ込み、床の上でのたうち回る。
「八雲、これは……どういうことなんだ。腰が……腰がっ!!」
父さんのその声と共に、バギッバギッという骨が動く音が聞こえた。
それは数分続いた。その間、父さんは額から脂汗をかいていた。
骨が動く音が収まり、父さんはしばらくの間、ぐったりしていた。
「父さん、大丈夫?」
その声に反応して、父さんは華麗に立ち上がった。
「八雲! 腰が治った!!」
父さんはヘルニア手術を何度もしているほど腰が悪かった。もう元に戻らないと医者から言われていたほどだ。
それが治ったというのだ。
「軽い、なんて軽い体なんだ!」
「お腹はでっぷりしているよ」
「それは言うな。それにしてもすごいぞ。母さんも飲んでみろ!」
「いやよ! さっきみたいに、もがき苦しむんでしょ」
「大丈夫だ。死にはしない。俺を信じろ!」
父さんはノリノリで俺から中級ポーションを受け取ると、嫌がる母さんに飲ませた。
案の定、母さんも床に倒れ込んで、もがいていた。
それを父さんはにっこり顔で眺める。
「もう少しの我慢だ。肩こりが酷いって言っていたじゃないか。すぐに良くなるからな」
「きゃあああああ! 肩が……肩がもげるっ」
母さんも骨がバギッバギッと動く音が聞こえる。
二人とも相当体に無理をさせてきたんだなと、俺はジミジミ思った。
息も絶え絶えの状態で母さんは立ち上がって、父さんに怒るが……。
「もう、なんてことをするの! ……えっ、ちょっと待って……体が羽が生えたように軽いわっ!」
「ほら、言っただろ。すごい効果だって」
「20代の体が戻ってきたみたい」
「八雲のおかげだな」
一時はどうなるかと思ったが、両親の体の悪いところが改善されてよかった。
今回のことで一つわかったことがある。
中級ポーションはその効果の強さゆえ、痛みを伴う場合があるみたいだ。
俺はそれを回復痛と名付けた。
「父さん、明日はどうする。初級ポーションに戻す?」
「いや、中級ポーションにする。これ以上バキッバキッしないと思うし、今の状態を維持したいからな」
「母さんはどう?」
「私は父さんが飲んでから決めるわ」
よほどトラウマになったのようだ。
中級ポーションによる整骨は、巷にある整骨院とはレベルが違う。強制的に骨を動かし、本来あるべき姿に治療するのだ。
両親の年齢で、これほどもがくなら……高齢者の方だと、耐えきれるか不安である。
次の動画配信する際には、中級ポーション使用時の注意事項として啓蒙しないとな。
両親を実験台にしてしまったが、良い教訓となった。
強すぎる回復効果のため、少々の弊害があるということを知った。
もし、上級ポーションを手に入れたら、両親に飲ませるべきか迷ってしまう。床の上でのたうち回るくらいですめばいいけど……。
その時はまず父さんと相談しながら、決めよう。
おっと、そろそろ登校時間だ!
仁子さんとの待ち合わせに遅れるわけにはいかない。
「行ってきます!」
二人ともまだ自分の体を確かめていた。よほど嬉しかったようだ。
朝からテンションの高い両親に見送られて、俺は家を出た。
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