第50話 東雲家
納屋でアプリから装備を解除して、私服に戻す。
そんな俺を見て、仁子さんが羨ましそうに言う。
「なにそれ! 超便利!」
「着替えはこの通り一瞬なんだ」
「アイテムボックスもあるし、すごいわ! 装備の着脱が一瞬でできるアイテムとかないの? もしあったら、大人気間違いなしよ」
仁子さんが言っていることはよくわかる。
通常ならダンジョンの入口であるゲートまで、装備を着ている必要があった。ほとんどの場合は、近場で装備を着替える施設が用意されていたりするけど、やはり持ち運びは大変のようだ。
だから、仁子さんは俺のようにすぐに私服になれない。
彼女はどこかに電話をしているようだった。
「今電話をして、着替えを持ってきてもらっているわ。このままで道を歩いて帰ると目立つでしょ」
「そうだね。とりあえず、着替えが届くまで家の中で待ってる?」
「ありがとう! 甘えさせてもらうわ」
俺は私服。仁子さんは探索者の装備で、納屋を出た。
そのとき、ちょうど母さんが家に帰ろうとしていた。
「あら八雲、お友達……?」
母さんは仁子さんの姿を見て首をひねった。
それは探索者の装備を着ているから、見るからに場違いの格好をしていたからだ。
困惑する母さんに向けて、仁子さんは笑顔で言う。
「先日はどうも、クラスメイトの片桐仁子です。今日は八雲くんと一緒にダンジョン探索をしていたんです」
「まあ、そうだったの。探索者の姿を間近で見るのは初めてだからびっくりしちゃったわ。もしかして、そのまま帰るの?」
「いえ、着替えを持ってきてもらっているところです」
俺は二人の会話に加わる。
「それまで家で待ってもらおうと思っているんだ」
そういうと母さんがハッと何かを閃いたような顔をした。そして俺に急接近して、耳打ちしてくる。
「ちょっと八雲! 仁子さんとはどういう関係なの!?」
「……探索者仲間だよ」
「また照れちゃって、はは~ん! 母さんはわかっちゃったわ。そうよね、八雲もそういう年頃だものね。母さん、応援しちゃう!!」
「俺の話をちゃんと聞いてる?」
「うん、うん。わかった、もうわかっているから」
おいおい、何もわかっていないどころか。暴走しているぞ!
母さんは満面の笑みで仁子さんを家に招き入れた。
「さあ、中にはいって! ちょっと散らかっているけど、ごめんね。仁子さんが来ると知っていたら、ちゃんと片付けていたのに……」
「いえいえ、お気になさらず」
俺を置いて、母さんは仁子さんを連れて中へ入ってしまった。
おいっ! ちょっと待ってよ~!!
追いかけて玄関からリビングに行くと、二人は既にめっちゃ談笑していた。
えっ、もう打ち解けあっているの!?
早すぎだろっ!!
棒立ちしている俺に母さんは言う。
「八雲、仁子さんにお茶をお出しして。私のもお願いね」
「……はぁ」
生返事で、冷蔵庫から冷たい麦茶を入れる。
それと二人が座っている前のテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
「「ありがとう!」」
息もピッタリだ。
母さんは、俺が探索者としてどうなのかとか聞いていた。
「八雲くんは、ダンジョン探索になくてはならない人になっています。今もその地盤をどんどん固めていますよ。彼はダンジョン神ですから、信者も増えてきているようです」
それは言い過ぎだよ。信者ってなに?
まさかチャンネル登録してくれている人たちのことかな?
まあ、チャットの書き込みが熱烈な人たちが多かったのは認めるけど、信者ではないだろう。
それに俺が活動する前からダンジョン探索はうまく回っていたはず。
クラフトしたアイテムを供給したら、探索者の需要とうまく合致しただけなんだが……。 ダンジョン探索が楽になったのは間違いないが、それで信者化するだろうか。
「八雲! 神にならないでって言っているのに、人間に戻りなさい!」
「俺は勝手に祀り上げられているだけなんだって。自らダンジョン神って名乗ったことはないよ」
「はあ……大丈夫からしら、人様に迷惑をかけていない?」
「いないって、仁子さんもそう思うよね」
「はい、迷惑はかけていません。これは自信を持って言えることです。今日は八雲くんに命を救われましたし」
「あら、そうなの八雲! すごいじゃない」
仁子さんが多くの人命を俺が救ったことを力説すると、途端に感心し始めた。
「さすがは私の息子ね。でも危険な時は逃げなさいよ」
「わかっているよ」
会話は仁子さんのことに移った。
どうやら理由はわからないけど、仁子さんの母親は既に亡くなっているようだ。
男手一つで育てられたという。彼女がしっかり者のわけがわかったような気がした。
「この前に家庭訪問で使われた屋敷は、仁子さんの家なのよね」
「はい、広いので便利に使っています。探索者として稼げるようになれば、あのくらいの屋敷なら一括で買えますよ」
「あらまあ、すごいわね。そういえば、公安の西園寺さんが見せてくれた八雲の資産評価書って本当かしら。母さん、あれを見て気を失っちゃった……今でも信じられないのよね」
「間違いないかと思います。でも八雲くんは現金で売りつけるようなことをしていませんから」
「俺はダンジョン探索がもっと発展してほしいと思っているから、別にお金儲けのために探索しているわけじゃなし」
「八雲くんは他の探索者とちょっと変わっているんです」
仁子さんは俺を見ながら言う。
お金儲けが目的だったら、俺は沖縄ダンジョンの最下層でフェニックスを狩りまくっていることだろう。
そして、金の価値が市場で供給過多になるまで換金し続けるだろう。
いや、価値がある限りひたすら売りまくる。
「俺はダンジョン探索をして、誰も見たこともないアイテムをクラフトしたいんだ」
「そういうことみたいです。見返りを求めずに、めちゃくちゃ有用なアイテムを次から次へと提供し続けて……八雲くんがダンジョン探索を始めてから、この業界は彼に振り回されっぱなしですよ」
「ダンジョンを大混雑させているのは……まあ認めるよ」
俺がダンジョン探索を始めたことで、公安まで暗躍しているしな。
「それに今日、私たちを助けた際にも見返りを求めなかったんです。聞くところによると、他のダンジョンでも同じようです」
「人助けにそういうのを必要なの?」
「はい、これです! 八雲くんはそういう人なんです」
母さんは溜息を大きくついた。そして、仁子さんの手を取って言う。
「八雲のことをお願いね。仁子さんだけが頼りだわっ!」
「安心してください。はい、任されました!」
勝手に一件落着していた。
母さんは仁子さんをめっちゃ気に入ったようで、夕ご飯を一緒に食べることになってしまった。
仁子さんも家族で食べるようなことがあまりなかったようで、母さんの誘いに喜んでいた。
そして、ニコニコの仁子さんが思い出したように、母さんに報告するのだ。
「そういえば、八雲くんが天使になったんですよ」
「なっ、なんですって!! 八雲、どういうことなの! ダンジョン神でしょ、どうして天使になってしまったの! 母さんに見せなさい、早く!」
「わ、わかったから、ちょっと離れて」
ステータスをギア3にする。
俺の頭の上が光り出した。天使の輪が現れたのだ。
母さんは口に手を当てて、驚いていた。
「どうなっているの、これ? 触れって大丈夫?」
「光の集合体みたいで、触れることはできないよ」
「本当に天使だわ……ありがたや~、ありがたや~」
「息子に向かって拝まない! 御利益がないから」
天使の輪を見たら、とりあえず拝んでおこうという流れは何なんだ!
この天使の輪にはそういう力があるのだろうか……。
俺が天使になってから、終始母さんのテンションが高かった。
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