第92話 歓迎会

 昨日は氷室さんの歓迎会となった。

 仕事から帰ってきた父さんが、とても彼女を気に入って、一緒にお酒を飲むことになったからだ。氷室さんはお酒にとても強くて父さんはびっくりしていた。

 その様子を見ていた母さんは嫉妬したようで、お酒が飲めないのに二人の間に割って入っていた。


 案の定、すぐに顔を真っ赤にして、酔っ払ってしまった。俺と仁子さんは暴れん坊になった母さんを相手するのに大変だった。

 ソファーに横たわっているうちに、暴れていた母さんはスヤスヤ寝始めた。

 それからは、俺と仁子さんも二人の輪に入って、歓迎会を仕切り直した。


 父さんは氷室さんに今の仕事はいつ頃辞める予定なのか聞いていた。

 引き継ぎがあるので一ヶ月ほどかかるそうだ。

 それでも、空いた時間をサポートしてくれるという。ありがたい話だ。


 今働いている会社は障害者雇用として入社したため、中級ポーションによって健常者となってしまったことにより、人事に話しが違うといろいろと言われているそうだ。

 それを聞いた父さんは非常識だと、とても怒っていた。

 俺は大人の社会は面倒なことがあるんだなという感じで聞いていた。中級ポーションで不自由な体が元に戻るのは良いことだと思っていたけど、そう思わない人もいるようだった。


 そういった話を聞いて、そのような会社にならないように努めなければいけない。高校生社長として責任重大だ。

 今後、氷室さん以外にも社員を増やしていくとなったら、社員同士の軋轢も生まれるかもしれない。大丈夫だろうかと不安になってしまう。


 そう思っていると氷室さんから太鼓判を押された。

 人手不足な世の中だけど、俺の会社に入りたいと言う人は沢山いるという。

 それだけ、勢いがあるそうだ。


 また、氷室さんのように実力のある元探索者を雇った方がいいともアドバイスをもらった。俺や家族が公安に守ってもらっているほどなので、社員ともなれば良からぬ者たちに狙われる危険性が高まる。


 そんな時に自分の身を守れる力があった方がいいと言う。さすがの公安も、社員にまで目を配らせるほどの人員はないという。


 仁子さんが、堅苦しい話はこのくらいにして楽しみましょうと言ったのをきっかけに、食卓に並んだ豪華な夕食を堪能しながら、楽しい会話を楽しんだ。

 しばらくして、酔いから覚めた母さんも加わって更に話に花が咲いた。


 気がついたら、22時を過ぎていたくらいだ。

 こんなに遅くなっては帰りの足もないだろうと父さんが心配していると、氷室さんが笑顔で言った。歩いて帰れますから大丈夫だと。

 話を聞いた限りでは、氷室さんの家はここから100Km以上離れていた。そんな距離を歩いて帰るのは無理じゃないかと父さんが言うと、氷室さんは元探索者なので容易いことですと返事をした。


 そう言って、玄関まで行くと、見送る俺たちの前でとてつもないスピードで走っていってしまった。

 うん、間違いない。あれはS級探索者に違いない。

 なんて思っていると、仁子さんが背中に竜の翼を生やして空中に飛び上がった。

 そして、元気よく夕食のお礼を言うと、あっという間に飛び去ってしまった。

 父さんと母さんは、そんな二人を見て唖然としていた。

 どうやら二人には住む世界が違うらしい。


 そんなことを思い出しながら、仁子さんの家まで歩いていると、黒塗りの車が俺の前に止まった。

 中から出てきたのは西園寺さんだった。


「おはようございます、東雲さん」

「お……おはようございます。どうしたんですか? 朝早くに?」

「氷室の雇用についてありがとうございました。彼女も喜んでいましたよ。元々は凄腕の探索者ですから、私も安心です」

「こちらこそ、ありがとうございます。動画配信のモデレーターもしてもらえて、すごく助かっています」

「彼女は私を庇って大怪我を負ってしまったので、ずっと後ろめたさがあったんです。でも、東雲さんのおかげで救われました」

「俺は大したことをしていませんよ。頭を上げてください」

  

 深々と下げられた頭に俺はびっくりしていた。

 それほど、氷室さんに彼女が言ったように負い目があったのだろう。

 

 道のど真ん中で大人の女性に頭を下げられる高校生男子。

 側から見られると微妙な絵面だった。


 それでも西園寺さんが職務中に、お礼だけを言いに俺の元へやってくるとは思えなかった。


「どうされたんですか?」

「話が早くて助かります。実は本日、大手ギルドの会合がありまして」

「俺に参加してほしいってことですか?」

「はい。学校が終わってからの途中参加で構いませんので……いかがでしょうか?」


 今までそのような依頼を西園寺さんから受けたことがなかった。

 何か特段の切羽詰まった要件があるからだろうか?


「理由を教えてもらえますか?」

「タルタロスギルドだけと故意にしているのが問題となっていまして」

「仁子さんからは、俺のサポートとして大手ギルドに要請した際に、タルタロスギルドだけ手を上げたと聞いていますけど」

「その通りです。今更ですが、東雲さんに取り入ろうとしているみたいです」


 その要望を通すために、西園寺さんに大手ギルドたちが詰め寄っているようだ。


「よろしければ、東雲さんの意思表示をしてもらえると助かります。こちらから、言っても本人の会いたいのいってんばりでして……」

「わかりました」

「本当ですか!?」


 西園寺さんはほっとした顔をしていた。様子を見るに相当困っていたらしい。

 会合の場所は東京だった。それならダンジョンポータルを使って、新宿ダンジョンを経由していけばいいだろう。

 俺の快諾に西園寺さんは笑顔になって言う。


「新宿ダンジョンにお迎えに上がります。あと、この資料を時間がある時に目を通しておいてください。会合で参加する大手ギルドの情報をまとめてあります」

「ありがとうございます」

「私は準備がありますので、これで失礼させていただきます。現地でまたお会いしましょう」


 資料が詰まった分厚いファイルを俺に渡すと、西園寺さんは俺に一礼して車に乗り込んだ。

 俺は走り去る車を見送った。


「相変わらず忙しそうだな」


 もらったファイルを試しに開いてみる。

 おおっ! すごい!!

 クリムゾンギルドの情報だ。ここはタルタロスギルドと同じくらいの大手ギルドだ。

 そこのギルド長の名前はもちろんのこと、幹部たちの名前と写真が並んでいた。

 しかも、戦闘スタイルや性格、趣味、家族構成など事細かに記載されていた。


 歩きながら読むのはよくないことだが、思わず見入ってしまうほどの情報量だ。


 これは日本の大手ギルド辞典と言っていいほどの出来だった。

 公安で調べた情報なのだろうか……このようなものをもらって良かったのかなとも思ってしまった。でも、西園寺さんからなので、問題はないのだろう。

 念のため、他の人に見られないようにしておいた方がいいかもな。


 なんて思っていたら、背後に気配を感じた。


「何見ているの?」

「うあっ! 仁子さん!」

「なにをびっくりしているのっ」


 俺が見ていたページを仁子さんが覗き込んできた。

 隠そうとしたけど、すでに手遅れだった。


「えっ! これって私のプロフィールじゃん! なんで八雲くんが持っているの!?」

「実は……これは」


 俺は仁子さんに事情を話した。今日、西園寺さんからの依頼で大手ギルドとの会合に参加することや、その大手ギルドの情報を彼女からもらったことなどについて包み隠さず伝えた。


「そういうことか! なら良し! 八雲くんが私の個人情報を食い入るように見ていたから、びっくりしちゃった」

「ごめん。ページを捲っていたら、たまたま目に入って」

「もう済んだことよ。それよりも早く学校に行きましょ」


 仁子さんはそう言って先に行ってしまった。

 俺は彼女を追いかけながら、記載されていたことを思い返していた。


 仁子さんの母親は、十年前に高難度のダンジョンの探索中に行方不明となっている。彼女が母親について全く俺に話さなかった理由に関係しているのかもしれないと思った。

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