第93話 朝の教室

 教室に入ると、探索者ではなく、高校生であることを改めて実感できる瞬間だ。

 俺はいつものように自分の席に直行する。座ると、友人がすぐに声をかけてきた。


「今日も片桐さんと一緒かよ。ああ、羨ましい」

「なら、帰りは一緒に帰るか?」

「お願いしたところだけど、片桐さんの迷惑になりそうだからやめておく。それにさ」


 友人は一呼吸だけおいて、真剣な顔になった。


「二人とも空を飛べるだろ。帰り方の次元が違うんだよ」

「それなら、俺が抱えようか?」 

「絶対にやめておく。男に抱えられるなんて嫌だし。それをクラスメイトに見られるもの嫌だ。それに、とんでもないスピードで飛ぶんだろ。この前、音速を超える衝撃を見たぞ」

「あれか……」


 早くダンジョン探索に行きたかったので、とても急いだ時だったはず。

 どうやら、その姿を目撃されたようだった。


「そんなスピードで抱えられたら、俺は空中分解する自信がある!」

「そのときは大丈夫! 中級ポーションにお任せさ!」

「なんで命懸けの下校をしないといけないんだよっ」


 中級ポーションの効果は絶大であることについて、友人はよくわかっていた。

 それは彼の父親が脳卒中で倒れたときに、後遺症なしに元通りに回復できたからだ。


「冗談だよ」

「俺から見れば、最近のお前はファンタジー過ぎてついていけないって」

「あはははっ!」

「笑うところじゃないからっ! それより、片桐さんはすっかりクラスになれたみたいだな」

「そうだな。俺とは違って、社交的だから」

「今ではクラスの人気者か……」


 友人がそう言いながら、目線をにぎやかな場所へ向けた。

 そこには仁子さんを中心として、クラスメイトたちが談笑していた。

 彼女は元々有名人だ。転校してきた当初は、彼女が纏うキラキラとしたオーラに声をかけたくても、なかなか勇気が出ない人たちが多かった。

 しかし、仁子さんの分け隔てなく接する人の良さから、ほとんどのクラスメイトたちが虜になってしまったようだった。


 俺も仁子さんを見ていると、友人が言ってきた。


「そういうお前も、最近人気らしいじゃん」

「えっ! どうして!?」

「ほら、この前さ、体育の授業の帰りに上級生の女子たちに声をかけられていたろ?」

「あれは……」


 俺のダンジョン配信を見てくれていたそうで、ファンになったとか言われたことだろう。


「最近、別人のようにカッコよくなったしさ。女子から声をかけられまくって、俺と同じように相手になれなかったころがなつかしいな」

「そんなことはないって」

「何を言う! 俺は知っているんだぞ。クラスの渡辺さんから、遊びに誘われているのを!」


 渡辺さんはこのクラスでもとても可愛くて、友人がずっと片思いを寄せている女子だ。

 たしかに彼女に遊びに誘われた。その時に友人もいて、血の涙を流さんばかりに俺たちを見つめていた。


「あれは断ったじゃないか」

「渡辺さんのお誘いを断るとは言語道断だ」

「お前はどうしてほしんだよっ!」


 そう言うと、友人はわかっていないなという顔をした。


「そこは遊びに俺も呼んでほしかったんだよ」

「ああ、そういうことか」

「だけど、お前には片桐さんがいるからな。他の女子と遊ぶなんて知ったら、大変なことになっていたかもしれない。うん、これでよかったのかもな」


 談笑していると、俺の背後からいきなり声が聞こえた。


「楽しそうね。何を話しているの?」

「か、片桐さん!」


 仁子さんの登場に友人はびっくりして戸惑っていた。そして、そのまま固まってしまった。彼女はその様子を見て、視線を俺の方へ向けた。

 俺の両肩を鷲掴みして言う。


「八雲くん、今日は私と用事があることを忘れないでね」

「わかっているって」

「あとダンジョン配信で有名になっているから、特に気をつけてね」

「どういうこと?」

「それは有名配信者となれば、お金をたくさん持っていると思われることも多々あるからね。たとえクラスメイトだとしても気をつけてね」

「う、うん」


 生返事のように答えると、仁子さんが俺の耳元で囁いた。


「渡辺さんがそうみたいよ」

「えっ」


 俺が問いかける前に仁子さんは自分の席に戻っていってしまった。

 友人には聞こえていなかったようで、首を傾げていた。


「どうしたんだ?」

「いや、なんでもないさ」


 誤魔化していると、授業が始まってしまった。

 まさか渡辺さんがお金目当てで、俺に接近してこようとしているなんて、友人には言えなかった。そんなことを知ったら、彼女への理想像が崩れてしまい、友人が傷つきそうだったからだ。


 この闇はそっと胸の内にしまっておこう。

 そんなことを思っていると、友人が久しぶりに一緒に帰ろうと言い出した。


「悪いっ、今日は用事があるんだ」

「えっ、そうなのか……またダンジョン探索か?」


 俺が言おうとする前に、仁子さんが答えていた。


「ごめんなさい。先約があるの」

「片桐さんと!? 二人はいつも一緒だな」

「ダンジョンにはいかないけど、探索者絡みでちょっとな」

「そんなことをしていて、高校生としての職務は大丈夫なのかよ?」

「期末テストのことか? しっかりと準備をしているって」

「マジかよ!? ダンジョン配信はほとんど毎日しているだろ……どこにそんな時間があるんだよ」


 友人はびっくりしていた。ダンジョン配信にかまけて、勉学を怠っていると思っていたようだ。それはナンセンスだ。

 俺は決め顔をして、友人に言う。


「それは全く寝ていないからだ。もう一週間くらいは寝ずに勉強をしている」

「嘘だろ……そんなことができるのか!?」

「可能にする理由はこれだ!」


 俺はアイテムボックスから、中級ポーションを取り出してみせた。


「これを飲めば、睡眠が不要になるくらいに回復する。一緒に不眠不休で勉強する?」

「無理無理! そこまでは絶対にできないって! なんて恐ろしいことをしているんだ」

「大丈夫だって、今のところ副作用は出ていないから」

「これから出たらどうするんだよっ」

「その時はちゃんと睡眠をとるよ」


 友人は言えないような顔をしていた。そしてお前の探索者的な考え方にはついていけないと言われてしまった。

 残念ながら、中級ポーションによる不眠不休で勉強する仲間は得られなかった。

 仁子さんにはすでにお断りされているので、俺は一人で行うことになりそうだ。

 決意に満ちた俺を友人は不思議そうな目で見ていた。


「すごいやる気だな。まさか学年一位でも狙っているのか?」

「……」


 俺は無言で頷いた。


「マジかよ! でも本当に取ったら、お祝いとして何か奢ってやるよ」

「その言葉を忘れるなよ」

「もちろん。今まで俺と競り合っていたくらいの成績だからな。急にそこまで良くなるとは思えないし。もし一位を取ったら、盛大にお祝いしてやるよ」

「楽しみだな」

「もう一位を取った気になっている!? 片桐さんはどう思います?」


 その問いに仁子さんは、ニヤリと笑った。その目線は俺に向けられていた。


「残念だけど、学年一位は私のものよ」

「えええっ、片桐さんも狙っているのっ?」

「もちろんよ。八雲くんとはライバルなの」

「そうなの?」

「いや、勝手にライバルにされているんだよ。こっちは学年一位を取らないと、探索者を続けられないのにさ」


 両親との約束で探索者を続けるには、学年一位を取らなければいけない話を友人にすると笑われてしまった。

 そして、俺の肩を叩きながら言うのだ。


「応援しているから、頑張りたまえ!」

「本気で応援してくれているのか?」

「ああ、だって中級ポーションで父さんを救ってくれたし、くもくもには探索者を続けてほしいって、心から思っているよ。でもあまり日にちがないな。力不足かもしれないけど、何か協力できることがあったら、なんでも言ってくれな」

「ありがとう!」


 よし、今日の授業も集中して頑張るぞ!

 俺は鼻息を荒らして意気込む。それを見た仁子さんと友人に笑われてしまった。

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